学園教師、恋煩いに悩まされる
◆◇◆◇◆
久しぶりにひとりになったジムの中は何処か寂しさを感じた。って何を考えているんだ私は?───いや、そうだ。初めて共感を得られた鍛練仲間が居なくなってただ寂しいだけだ
「…」
誰に何の言い訳をしているんだ私は───こういう時はバーベル上げを…
◆【バーベルスタンドに手を乗せた】
「いや、たまには…な」
ひとりでやる気になれないな。今まで気にすることなどなかったというのに───安全性において、ひとりでやるべきではないと何故か思い止まった
「今日はランニングマシンでもやるか」
思えばバランス良く鍛えることは大切だ。アンバランスなのはあまりにも見栄えが…見栄え?
「ん〜っ!」
何故だ。何故どの機器を使おうにも『あの子』の顔がチラつくんだ
◆【何をするにも行き詰まる放課後】
学生寮の管理者の部屋で教師服を脱ぎ、肌を露わにする。シャワー室で鏡に映る自分のプロポーション───身体の全体のバランスを確認する
「…」
鍛えた四肢は引き締まり、6つに割れた腹筋は自慢だったが何故か不安に駆られているのは何故だ───身体の均整は取れているはずだというのに
◆【長めのシャワー】
「…」
トレーニングの時間を講義の"あれやこれ"に回すことができたおかげで手持ち無沙汰となってしまった
窓の外から見える景色が暗いものでないのは久しぶりなものを感じる。夕焼けって何でこんなに綺麗でため息が漏れるものなんだろうか
「…これ」
夕焼けが街の防壁、彼方の山に被さる頃に感じていた不安が落ち着きを見せたため、机の上の整理を始めると『エリザ君』から渡された『アベル君』の『お茶菓子』の箱が目に入った
「砂糖菓子はあまり好まないのだがな」
生徒からの贈り物ということで受け取ったものの、日頃から甘いものを食べない私にとってただの『綺麗な箱』だった
「アベル君も子供ということだ…」
そうだ。少し可愛い顔をして、体が引き締まっていて、魔術が洗練されていて、何事にも興味を示すただの少年だ───決して、けっして『気になってなどいない』
「…しかし、悪くしてしまう前に食べる他ないか」
見つけてしまった箱。そのまま捨てるのも忍びなく、蓋を開けて中身を改めると『コーヒー』のいい匂いがしてきた───そのうちの1枚を摘み上げ、徐に口へと運ぶと苦味と酸味、さっぱりとした風味が鼻を抜けた
『アーモンド』の乗ったクッキーも食べたものの
「…甘過ぎ、ない」
塩味や微かな甘味は感じた。過度な私の『苦手』な甘ったるいものではなかった
◆【湧き上がる恋しさ】
蓋を閉める。身体の芯から熱が込み上げてくる。珈琲クッキーを食べたせいだろうか、全身の血流が加速して動悸が止む気配がない
おかしい。絶対、おかしい
心臓の近くを握る。息が苦しい、何故か涙が出る───知らない。分からない。覚えがない
◆【動悸が治らず】
夜が更けた。窓の外はすっかり真っ暗になり、街の灯りが星のように見える。静寂とは裏腹に、激しい動悸と熱が眠気の妨げを続けている
アベル君から貰ったお茶菓子の箱を閉じても、あのコーヒー味のクッキーの、ほろ苦くもさっぱりとした風味が口の中に残っているような気がしている
いや、きっと気のせいだ。身体の芯から込み上げてくる熱も、加速する血流も、そして何より、胸のあたりを締め付けるような息苦しさは…
「やめろ…違う」
何度繰り返しても、この結論にしか至らない
私にとっての学園生活は、生徒たちとの交流は、あくまで教育者としてのそれであり、個人的な感情を挟むことなどなかった
講義の時間も放課後の時間も、優先すべきは自己的な充足だった。それ以上の何かを求めることもなかった。なかったというのに
なのに、今日に限って、ジムでの一人きりの寂しさが脳裏をチラつく、バーベルに手をかけようとしても、手を止めてしまう
ランニングマシンにさえ、アベル君の走る姿がチラついて運動どころではなかった
逃げ込んだシャワーでも、鏡に映る自分の身体のバランスを確認しても、自信が湧かない。生まれない───そこにあるはずのないアベル君の視線が気になって仕方がない
◆【枕に頭を打ちつける】
無意識に視線が箱に向いた
「何で…」
エリザ君を通して渡してくれた、あのお茶菓子も、伝えてすらいない『砂糖菓子はあまり得意ではない』ことにさえ気を向けられていた
そこに何故か『心臓が高鳴った』
『気になってなどいない』そう思おうとすればするほど、胸の奥で疼くような感覚が強くなる───そう自分に言い聞かせるほど、その言葉の裏に隠された、見たくもない自分の本心が露わになる気がして怖くなった
◆【布団を頭から被る】
「歳の差を考えろフェディーア…
それに生徒と教師だ」
まるで他人事のように分析してしまう
涙が滲む───どうしようもなく惨めだ
「…」
布団から顔を出して天井を眺める。眠れない
ベッドに潜り込んで、瞼を閉じれば、アベル君の見てもいない筈の『お茶菓子』を真剣に選んでいる横顔が浮かんでしまう
身体の芯から湧き上がる熱がさらに強くなる。これは、運動不足によるものだ
◆【浴槽に湯をためる】
再び逃げ込んで捻る
「…はぁ」
蛇口から勢いよくお湯が浴槽へと柱を建てた
立ち昇る湯気───浴槽に湯を張るのはいつぶりだろうか。徐々に満たされていく浴槽の底を眺めていると心が少し落ち着いてきた
「…っ、ふぅ」
首筋から背を抜け、腰のあたりで寝巻きが汗を吸う。服を1枚ダメにしてしまった。汗で張り付いて気持ち悪い
◆【洗濯籠に服を突っ込んだ】
お湯にゆっくりと浸かって頭を落ち着ける。ごちゃごちゃと考えていたがいざ思考をまとめると
何というか。色々考えていても結局のところ───優しくされて嬉しかっただけだろうという結論に至った。何をそんなに"ムキ"になることがあったのか
そうだ。同年代の同僚と比べて『大人びた』様子の彼の優しさが沁みるのは当たり前のことじゃないか。彼は優しいんだ
使っていなかった浴槽はお世辞にも綺麗なものではなかった。今後は綺麗にしてから浸かることにしよう───今は『怠惰』に浸りたい
「ふふ、お茶菓子のお返しも
考えなければな…」
お湯に浸かると思考が楽になったな。もう少し身体を温めるとしよう
◆【フェディーアは調子を取り戻した】




