学園教師、しどろもどろになる
◆◇◆◇◆
アースリア魔術学園に勤めるフェディーアは、自他共に認める美人教師として評判だ
彼女の教える授業は、分かりやすいと生徒たちにも上々の評価で得ている。フェディーアの能力は学園からも高く評価されており、27歳という若さで学年主任にポストを与えられることになっていた
品行方正。才色兼備
◆【それがフェディーアという人物である】
とある日、王都の西区画に借りたアパートから出勤してきたフェディーアは、職員室前の廊下を歩いていた
「リリスくん。ちょっといいかな」
◆【謎の新人教師、リリス】
探していた人物を見つけたフェディーアは、足早に近づいていく。その人物は今年の春からアースリア魔術学園で働くことになった新任の教師である
学園理事長の推薦によって鳴り物入りで学園に入ってきたこと以外、その詳細の全てが謎に包まれている人物だ
「この前、頼んでおいた資料なのだが…」
「はい。それに関しましては
今朝のうちに提出しておきました」
「すまない。何時も助かるよ」
学園に入ってきた当初こそは、縁故採用に対して批判する声も少なからずあった。しかし、今となっては誰しもがリリスの能力を認めて、一目を置くようになっていた
もちろんフェディーアもその1人だ。フェディーアにとってリリスの存在は、何から何までソツが無さ過ぎて不気味にすら感じられたくらいであった
◆【不躾教師カントル】
「おはよう。リリスくん」
リリスと一緒に職員室に入ると、いの一番に体育教師のカントルがこちらに向かって声をかける
「おはようございます。カントル先生」
「いやあ。相変わらずに美しいですなあ
どうですか?今夜あたり中央区画に
美味しい麦酒を出す店があるのですが」
「申し訳ありません。今日は遠慮しておきますね」
カントルからの誘いを受けたリリスは、そそくさと逃げるように自分の席に戻っていった
◆【フェディーアの憂鬱】
こういうことは過去に何度もあった。気に入った女性を見つけては手当たり次第に声をかける性分のカントルは、リリスにターゲットしていた
「ガハハハ! いやぁ、手厳しい
今日も振られてしまいましたか!」
「…」
フェディーアは心配していた。こうも連日カントルからのセクハラを受けてリリスが参ってしまうかもしれないと
フェディーアは、先輩教師としてリリスのフォローに回ることにした
「カントル先生。あまり彼女を
執拗に誘うのは止めて頂けませんか」
「おやおや。これは珍しいですな
フェディーア先生の方から
声をかけてくれるなんて」
注意を受けたカントルは、特に悪びれる素振りを見せずにフェディーアの体を上から下までなで回すように凝視する
「もしかしてフェディーア先生
妬いているのですか?」
「…はあ?何を言っているんですか?」
「惜しいですなあ。フェディーア先生も
素材は良いですし、もう3歳ほど若ければ
オレのストライクゾーンに
入ったのですけどなあ」
「…」
◆【勘違いしてんじゃねぇぞカス】
あまりに一方的な発言を受けてフェディーアは唖然としていた
「大丈夫です。焦らなくてもその内きっと
フェディーア先生の前にも
素敵な人が現れますって」
憐れむような表情でカントルは言った。
◆【手が出なかったのが奇跡だ】
授業が終わって放課後のこと
ストレスを抱えたフェディーアが真っ先に向かった先は、学園地下に設立されたトレーニングジムだった
片側40キロあるバーベルを一心不乱に上げる
「…?」
静かなジムの中、彼女が上げるバーベルの音ともうひとつ、近くで規則正しく靴音を響かせる音がした
先程まで半ばヤケになりながら上げていたバーベルをそのままにフェディーアは靴音の方に注意を向けた
そこにいたのはランニングマシーンを使ってトレーニングを続ける生徒の姿があった
◆【フェディーアの感心】
入学試験の時にも見かけた変な被り物をしている生徒だった。校則では規制されていないためそれ程気にはなっていなかった
しかし、試験で見せた魔術を非常に理解している立ち回りがいたく気に入っていた
加えて、最近の学生たちは運動を嫌ってか、体力トレーニングを疎かにする傾向があるものの、かの生徒に関してはその例に当てはまらないようでジムでよく見かけている
◆【不思議な少年】
美しいフォームでの走法。細身ながら余分な筋肉をつけない適度な運動方式。悪戯に負荷を掛けるのではなく決まったメニューがあることが分かる時間管理
汗ばんだ身体にスポーツウェアが張りつき、鍛え上げられた肉体のラインがハッキリと現れるとその非の打ちどころのなさに思わず視線が固まった
「(入学する前から日常的に
トレーニングを積んでいたのだろうな)」
クールダウンに差し掛かったその生徒を見ていたフェディーアだった
◆【ズルリッと何かが手から滑り落ちた】
「なっ!?」
迂闊だった
バーベルを置いてから鑑賞すれば良かったところをフェディーアは何故かバーベルを上げ続けた姿勢で注意を疎かにしてしまった
バーベルが手から滑らせ、身体目掛けて落下を始めた。バーベル本体の20キロに加えて両側40キロの総重量100キロが腕を伸ばした先からの落下は幾ら防御魔術と言えど怪我は避けられない威力だ
◆【それでも防御魔術で衝撃に備えた】
しかし、その衝撃が来ることはなかった
「大丈夫ですか?先生」
「…、…!?」
◆【件の生徒が補助に入っていた】
バーベルがスタンドに戻されると安全は確保された
「補助なしでは危険ですよ?先生」
「あ、あぁ」
フェディーアは不思議だった。少年の筋肉は確かに洗練されている。だからこそ洗練こそされていても体格から考えて平然とバーベルを上げられる太さをしていないこともまた事実だった
「ア、アベル君?」
「はい、アベルです」
フェディーアは一体何処に、その細身な体の何処にそれほどまでの筋力が蓄えられているのか不思議でならなかった
しかし、フェディーアがそれを言語化することはできなかった
「あ、あの…。あ、あ、あ…」
感謝の言葉も出てこなかった
◆【アベルがジムの外に出ていった】
「あぁ…」
己の不甲斐なさにフェディーアはため息を吐く、自分がここまで口下手だったのかと、心底自分を嫌悪した
「はい、先生」
「え?」
声を掛けられフェディーアが視線を上げるとアベルが飲み物を差し出していた
「お疲れの様ですので休憩をしましょう」
◆【ジムの外の休憩場】
「何かありましたか?」
「み、見ていたのか?」
「はい、この時間にジムを使うのは
僕と先生くらいですので。すみません」
「いや、何、私の方こそ」
口が回らずフェディーアはよりパニックになっていくが飲み物を口に運び、心を落ち着けると
「その…な、なんだ…。あ、ありがとう…」
「はい」
ようやく感謝の言葉口にできた
「次バーベルを上げる時は補助をしますね」
「い、いいのか?」
「怪我をされても困りますし」
「いや、その、今回のは、たまたまで」
「その油断が命取りになりますので
嫌でなければどうでしょうか?」
◆【フェディーアはジム仲間を手に入れた】
勿論のこと、純粋な腕力でアベルが現在の肉体スペックでバーベルを上げられたとしても勢いのついたそれをフェディーアが無傷の状態で助けるのは厳しかった
助かった要因は様々。そのひとつはフェディーアの視線を感じていたアベルがそれを興味によるものであることを理解していたこと
ふたつ、日頃から魔力を練り上げているアベルによる瞬発的な『膂力強化』によるものだった
【反証】をしていたおかげでアベルは『身体強化』『膂力増強』による強化ができ、軽々とバーベルをスタンドに戻すことができた
もし反証をしていなかった場合、アベルはバーベルの片方を持ち上げ、ジムの損傷を考慮しないフェディーアの安全確保を最優先にしていたことは言うまでもない
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