魔法使い、引っ越す
◆◇◆◇◆
アースリア魔術学園の入学式を翌日に控えた日のこと。僕は自宅の窓辺にある椅子に腰かけて、外の景色を眺めていた
「(この景色も今日で見納めか)」
「アベル様」
「おはようリリス、準備は大丈夫そうだね」
「私は問題ございません」
現在、拠点をランゴバルド領にある自宅から王都ミッドガルドのアースリア魔術学園の保有する学生寮に移す準備をしている途中である
◆【距離が距離なだけに入らざるを得なかった】
馬車による移動で半日の距離。ここランゴバルド領から王都までは距離があり過ぎる為、学園に通うためには生活の拠点を王都ミッドガルドに移す必要があるとのことだった
「…名残惜しいですか?」
リリスに問われた僕は「そうだね」と短い返信を窓の外の景色を眺めながら言った。2階から見える景色の時間と共に変化する様はとても美しいものがあった
「夏季休暇の時期にまた
戻ってくることになりますよ」
「そうなんだ」
また、戻って来れるなら「いってきます」とだけ告げよう。カーテンを引き、鍵を掛ける。戸締りも、これで最後だ
◆【ほぼ手ぶらで馬車へと向かう】
足音が近づいてくる。この慌ただしさも今日が一区切りとなると不思議な気持ちになる
「おーい!師匠!おわっ!」
「テッドさん、手を使いましょう」
テッドさんの蹴りが扉に当たるより先に扉を開けて転けそうになるテッドさんを支える
二年間、様々なことを学び、教え合いをしたものの、彼のこの扉を静かに開ける作法ばかりは終ぞ身に付く気配がなかった
「早く行きましょうよー
馬車が行っちまうッスー!」
「個人契約の馬車は勝手に行ったりしませんよ
それより、その荷物は何ですか
家具は向こうに備え付けのものが
あると思いますよ」
テッドさんは大きな鞄を背負っていた。その大きさといったら人ひとりが入れそうな程だ。入れたとして衣服にしては量になり、大きいものでもレガリア位だろう
「よくぞ聞いてくれました!」
「まさか家具を本当に…」
「な訳ないでしょう。これは」
鞄から取り出したものは『菓子箱』だった
「これはランゴバルト領名物!
『雪玉まんじゅう』ッスよ!」
「(ここに名物があるなんて知らなかった)」
2年以上も生活をしていたというのに何故目にすら入らなかったのな不思議でならない。『名物』と呼ばれているならよっぽどのことがない限り目に入りそうなものなのだが
「こちらはランゴバルド公爵自らが
考案した新しい名物にございますアベル様」
「なるほど…。学園で商売でも?」
「違いますよ!これは学園でできた
友達に配るんです!」
「ひとついただいても?」
「勿論っス」
◆【白皮に包まれた、こし餡の茶菓子】
「(美味しい。けど雪玉要素は?)」
「凄い数ですね。これだけの量を配るのは
大変ではないでしょうか」
「心配ないッスよ。リリスさん!
なんと言ってもオレ、学校で友達100人
作るつもりでいますからね!」
「大変なのには変わらないのではないですか?」
「うぉお!友達100人待ってるっスよぉ!」
本人がやる気なため、特に気にする必要はないか
◆【馬車の元へ】
「アベル様、お荷物をこちらへ」
「ありがとうリリス」
リリスに荷物を預けて馬車へと乗り込む、馬が嘶き、馬車が動き始める。暫くすると2年住んでいた家が随分と遠くに見えていた
ランゴバルト領からの本格的な別れ、馬車の窓に一羽の鳥が降り立つと辺りを見渡し、飛んで行った。快晴の空、長らく積もっていた雪は溶けきり、青々とした木が家の隣でこちらを見送っていた




