魔法使い、200年後に驚嘆す
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この世界の歴史は長くも浅い、人類と魔族の単純な抗争から戦争、殺し合いを書くのに分厚い一冊をこさえなければならないほどに
紐解けば、差別や迫害のごった煮である。何とも愚かなことだろう。それ故に押し進められた進化の過程がそこにはあった。争うことで生まれた利益と研究がある。何とも皮肉な話だ
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「おぉ…これがスライムの人工内膜」
「不純物がないので人体への害が
ほぼ無力化されています」
「ほぼ?」
「1日に一度筈し、眼を休めなければ
支障をきたす程度ですが」
「1日!破格だなぁ」
どんな変性魔法も、幻惑魔法も1日とは早々持たせられない。それを魔物の素材で実現に至るとは、思いつきもしなかった
「アベル様。よろしければ場所を変えませんか?
近くにワタシの用意した家がありますので」
「そうだね」
200年の歴史かぁ、存分に堪能したくなった
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「…リリス」
「はい」
外に向かう途中、吹き込んでくる気温から察するに今は雪が降る季節だろう。200年で間隔がズレたのか、決戦時の気候とはまるで違った。時間の微妙な変化までは予想してなかった。これも研究対象かな
「これは魔法ですか」
「冬の遠征時に編み出された防寒魔法
体温を一定に保ってくれる」
魔力の親和性が高い人造人間と琥珀眼はそれ自体が魔力触媒になる。本来研鑽を必要とする琥珀眼の不利な部分を上手く補完できていた
「…」
「リリス?」
リリスが浮かない顔をしていた。調整を間違ったのだろうか
「これ無駄になっちゃいました」
「?」
リリスがバスケットから取り出したのは長く幅の短い糸束だった。糸は一本というより3、4本を束ねた柔軟性を持つ代物で丹念に織り込まれていた
「それは?」
「マフラーという防寒具です
首に巻いて体温を保つためのものでして
アベル様にと」
「僕に?」
「はい、ですが魔法がありますので」
「つけてみたいな、僕」
「え?」
魔法もいいけど、経験に勝るものはない。良い面、悪い面も見るだけ、聞くだけでは分からない。持ってみて、触ってみて、使ってみて、初めてそれの良さにも気がつく、これも戦争で培った知識だ
受け取ったマフラーなるものを観察する。他国の衣装にも似たそれの付け方を間違った僕をリリスが笑い、正しい付け方をしてくれた
「襟巻きだったんだね」
「そうですね、首だけは不便ではないですか?」
「ううん、とてもあったかい」
魔法を解いても不思議と体温が上がって、寒さは感じなかった
歩くうちにやがて外に出ると吐く息が白く染まり、一面の銀世界が僕たちを出迎えた。降り積もったばかりの雪は"キラキラ"輝き、足跡ひとつない様子だった
「さぁ、行きましょうかアベル様」
彼女が差し出した手を僕は握り返す。彼女の手は雪と同じ白さだったが暖かかった。当たり前といえば当たり前ながらその暖かさが妙に心地よかった
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「村ができてるけど、リリスが?」
「さぁ、どうでしょうか」
200年前には存在しなかった村───魔王が消えたことで活動圏が広がったのだろうか。しかし、別段土地が豊かというわけでもないながら栄えているこの村の統治者はさぞ聡明なのだろう
そんなことを考えていると大きな屋敷が見えてきた。恐らく村の統治者の家宅だろうか
「到着しました。あそこに見えます建物が
アベル様のために用意した家となっています」
「…えっと、やっぱりリリスが村の統治者じゃ?」
「あ、申し訳ございません、ワタシとしたことが」
不意に僕は担ぎ上げられた。そうして小さくなった背丈の視界では遮られていた【降り積もった雪】で見えてなかった木造家屋が見えた
「おぉ、アレのことだね」
「はい」
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リリスに連れられ家に入った。先の統治者の家宅と違いログハウスの様な見た目のそれは保温性に優れているのかとても過ごしやすかった
内装は馴染みのある様子で落ち着きが感じられた。前の時もこういう家が欲しかったと少し寂しくなった
「アベル様、靴を」
「え?脱ぐの」
「はい、200年後は急な戦闘は起きませんので」
「そっか」
「代わりにこちらを」
靴を脱ぎ、差し出された屋内用の靴らしきものに履き替える。休んでいても襲撃があれば迎撃、奇襲を受ければ脱出と脱ぐ暇がなかった差に少し驚いた
外の光を照り返す木の床、触り心地の良い木造りの机、暖炉を囲む大きな柔らかい椅子は絨毯を踏みしめていた
「(凄く、綺麗な縫い目だ
技術者の力量が一目で分かる)」
進めば進む程に不思議なもの、初めて見るものが増えていく、この大きな柔らかな椅子の触り心地と布の継ぎ目は凄く緻密な仕事を思わせた。ふとわずかな魔力の流れを感じ見上げると部屋全体が照らされた。暖炉の火や外の太陽のものとは違うものだった
「魔法に近いけど、何だろう」
「アレは灯光と呼ばれる照明器具です」
「照明器具?魔道具のこと?」
「そうですね。正式には魔術道具ですが」
「魔術…魔術かぁ」
「あまり驚かれないのですね」
「え?」
「魔術のことです」
「…そうだね。驚き過ぎて言葉が出ないや」
200年。それが齎した文明の結晶、照明器具。これの指し示す技術力の向上にとても感動し、言葉が出なかった。魔法と言えば戦争の道具とまで言われていた時を考えるととても凄い技術だ
「自分で魔法を唱えなくてもか」
「その代わりにこちらのスイッチを押すことで
魔力の供給の切り替えが可能です」
「おぉ!」
「ですが短い間隔での切り替えは
暴走の危険がありますので気をつけてください」
「そっか」
不意に聞こえてきた子供の声に外を見ると雪の上をはしゃぎながら雪玉を投げ合う光景を目にした。前なら…いや、考えるのはよそう
「発光、懐かしいですね」
「え?ってうわ!」
僕は無意識に周囲を照らす魔法を行使していた。長年の癖はどうにも体が変わっても残ってしまう様だ。いちばん初めに取得した魔法だ
「本当に、懐かしい」
「?」
「今、食事の支度をしますので
自分の家だと思って、ゆっくりとくつろいで下さい」
「ありがとうリリス」
台所へと向かうリリス。僕は触れていた柔らかい大きな椅子に腰をかける、沈んでいく感覚は死ぬ時と比べとても穏やかで睡魔が襲ってきた。今回の入眠は少しばかり穏やかなものになった




