魔法使い、読書をす
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ウトウトとしていた僕の頬に何か柔らかい感触が触れた。頬をなぞったそれは首から鎖骨、心臓の辺りに移動した
「…」
目を開けるとリリスが僕の心臓に手を当てていた。敵意もなくされるがままにされていたけれど、一瞬。ほんの一瞬唇が歪んでいたのを目にした
「グッスリと眠られていたのですね」
「どうしたのリリス」
心臓の位置にある手が離れていく、それを僕の手で触ると少しばかり冷たく、食事の準備だけをしていないことが分かった。恐らく外出していたのだろう。買い出しか、いや手の凹みや疲労度からその線はなかった
「大丈夫、死んでないよ」
「…、はい」
幼い頃からあまり変わっていない。嘘をつくのに少しばかりの躊躇いを見せる優しい子、それでも時折見せる芯のある強さ。それが少しばかり羨ましいと思う
僕の触れていた手が彼女の頬に触れる。彼女の行動を真似て頬をなぞる。5本の指もみあげを掻き分け人差し指が耳たぶに軽く触れる。呼吸が少し速い、頬が少し濡れている、頬の筋肉が少しだけ疲れている。泣いていたのかな
「聞いてもよろしいでしょうか」
「うん」
「どうして子供の体に?」
「この身体には意図した部分と
意図してない部分があるんだ
これは意図してない部分───」
魔力は10代、体力は20代、知識は30代が限界点とされている。知識は後々に補填が効くものの魔力はそうはいかない。この身体は人造人間の構想段階での僕の魔力が固定されていることの表れだった
幾ら転生をしようとも魔力の根本の部分を変えることはできないということだ───眼の色も魔力の絶対量もこれ以上の変化はない
「───ホムンクルスは僕の身体を
基本にして作ったから魔力量を
受けられるだけの器にだけはなった感じかな」
「なるほど、子供からやり直したいとばかり」
「否定はしないよ
子供の頃にやりたかったこともあるしね」
◆
「豪勢だね」
「どうぞお召し上がり下さい」
「いただきます」
机に並べられた皿に盛られたパスタ料理は僕の好物のものだった。加えてバランスのいい料理の献立は非常に好ましい
「どうでしょう、味の方は」
「美味しい、とても美味しいよ」
「勉強をした甲斐がありました」
「勉強?弟子入りしたとかではなく?」
「料理の本を読みそれを参考にして作りました」
「へぇ、リリスには料理の才能もあったんだね」
食卓を囲むなんていつぶりか、すら忘れる程に穏やかで楽しい食事をした。リリスが居なければ今も何処かしらで血に塗れていたかもしれないと考えると何処か肌寒いものを感じた。暖炉があるというのに───この手は洗い落とせない、ぬぐい払えないほどに血に塗れているというのに
「食後に読書などはいかがですか?」
「是非」
◆
本ひいては紙といえば戦乱真っ只中において軽量、丈夫、処分が楽かつ再利用の効く素材として前線にて大量に投下されていたことがある
そのせいで本を含む紙製品は種類品質問わず前線へと送られた。清潔であれば包帯代わりの止血や先の気取られないための物理的な伝令として、或いは燃やせば薪や着火剤としての役割と紙があれば戦場へと言われる程に重要物資で、魔法による氷点下での前線維持がされなかったら歴史書も含む多くの50年で全て灰となり、ひとつも残っていないと言われる程だ
「こちらがワタシの書庫にございます」
それでも数は減って、書き手も減って、材料も減って、そのせいで値段は高騰し、一冊で家が買えるとさえ言われる程になっていた
「おぉ…」
文化の失われていく歯止めとなったのが活版印刷なる技術だったが、品質はお世辞にも良くはなかった。技術もまた未熟ゆえにインク潰れによる誤字、破損による脱字など、歪な歯止めに戦争の恐ろしさと愚かさを見た
◆
「凄いな」
そんな代物が今整頓され、壁の様に並ぶ本棚に収められ、下へ下へと永遠と続く程に保管されている部屋にいる。灯りがなければ遥か下層を見ることすら叶わない程の『地下大図書館』がそこにあった
「保護図書館としての造りか
個人で所有するものじゃないだろうに」
「気に入っていただけて何よりです」
壮観ながらひとつの懸念点がある恐る恐る近くの本を手に取り、開いてみる
「リリス、これは手書きか」
「いえ、活版印刷で間違いありません」
恐ろしく綺麗な文字で書き上げられた本に全身の血が沸き立つ感動を覚える。これがあの活版印刷なのかと目を疑う
「これでは手書きが不要ではないか」
隙間が均等かつ、文字の大きさも合わせてあり、紙の端から端へと連なりを見せるそれは軍隊の行進が如く一糸乱れぬ姿だった
「それがこの数か…」
「アベル様」
思わず見入っているとリリスに声をかけられた
「どうしたのリリス」
「最下層の方にて今の時代について知るのに
相応しい本がありますので優先して
読んでいただけると幸いです」
「分かった。ありがとう」




