5 放課後の「兄弟」喧嘩
あの日以来、学園での授業を終えた後に王太子であるクロヴィスはこのアンティークショップに芸術を学ぶという名目で、幾度か訪れていた。
しかしその目的は遺跡攻略に向けた訓練である。地下のギルド拠点には魔法用の訓練場がある。
そこには、光の魔道ペンが空中に描く青白い残光と、バチバチと激しく弾ける紫色の雷光があった。
「――違う。遅ぇよ殿下。俺が図面を描き終えてからガイに渡すまで、コンマ三秒だ。あんたはその『間』に魔力を流し込まねぇと、融合の熱量で魔方陣ごと自爆するぞ」
リンが厳しく言い放つ。クロヴィスは肩で息をしながら、乱れた前髪を乱暴に掻き上げた。
「……言われずとも分かっている! だが、お前たちの速度が異常なのだ! リンの図面が見えたと思ったら、もうガイが魔力を注いでいるじゃないか!」
「あはは、殿下、頑張って! コツはね、リンを信じることだよ。あいつの描く線は絶対に裏切らないからさ」
ガイが笑いながら、クロヴィスの背中をパンと叩く。
その遠慮のない仕草に、クロヴィスは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに毒気を抜かれたように息を吐いた。
「……フン、馴れ馴れしい奴だ。……おいリン、もう一度だ。次は『俺』が合わせてみせる」
不意に出た一人称に、リンとガイは顔を見合わせた。王太子としての「私」という鎧を脱ぎ捨て、対等の仲間として、あるいは少し背伸びをしたい年下としての本音が漏れた瞬間だった。
「……ほう。随分ましな顔つきになったじゃねぇか。いいぜ、俺の速度についてこられるならな」
リンがニヤリと不敵に笑う。普段、組織の中では最年少としてエレオノーラたちに顎で使われているリンとガイにとって、自分たちより年下で、しかも危なっかしいクロヴィスは、どこか放っておけない存在――「手のかかる弟分」になりつつあった。
「何が『ましな顔つき』だ! 私は一国の王太子で……」
「はいはい、口を動かす前に手を動かす。いくぞ!」
リンのペンが空を裂き、幾何学模様が浮かび上がる。
クロヴィスは必死に食らいついた。二人の圧倒的な技術を間近で見るたび、悔しさと同時に、今まで感じたことのない高揚感が胸を満たしていく。
「――今だ、クロヴィス!」
リンが初めてその名を呼んだ。
「おおおおおっ!」
クロヴィスの『紫電』が、ガイの魔力、そしてリンの術式と混ざり合う。一瞬、訓練場が黄金色の光に包まれ、三人の魔力が美しい正三角形を描いた。
「……ふぅ。今のは、悪くなかったんじゃないか?」
汗だくで座り込んだクロヴィスが、生意気そうに、けれどどこか嬉しさを隠せない様子で二人を見上げた。
「ま、及第点だ」
リンが光の魔道ペンを懐に収めると、ガイが弾んだ声で提案する。
「よかったね、殿下! ご褒美に俺がお菓子作ってあげるよ」
その言葉を聞いた瞬間、リンの目が「金」の輝きを宿して鋭くなった。
「ガイ、一番頑張っているのは俺だな? もちろん、俺の分もあるんだろうな? ……いいか、滅茶苦茶高い食材を揃えて最高級のスイーツを作れ。支払いはもちろん、こっちの『王家の裏予算』持ちだがな」
リンが親指でクイッとクロヴィスを指す。
「う、裏予算??えっ、あ、ああ……構わない、……金はいくらでも出すが。……本当にガイが作るのか?」
クロヴィスは、流れるように自分の財布をあてにされたことに呆れつつも、どこか楽しげに首を傾げた。
「うまいよ、俺の手作り!」
静寂の中、少しだけ年の離れた三人の笑い声が、薄暗い地下室に溶けていった。




