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閑話休題 お姉さまの魔法講座

 さすがに訓練後の汚れた王太子をお返しするわけにもいかない。


 訓練後、クロヴィスは地下に備えられているシャワー室で体を洗い流し、身なりを整えることになっていた。


 支度を整え、地下から伸びる階段を上がると、そこはアンティークショップ『星屑の天球儀(アストラル・オーブ)』の最奥にある、特別来賓用の応接室であった。


 ただでさえ、選ばれたものしか入店を許されない店の最奥である。秘匿性の高さがいかほどかは推して知るべきだ。


 表への店舗へ繋がる扉のその手前で「俺らはここまで」と言って、ガイとリンはクロヴィスを送り出した。


 高級感のある店舗に相応しい品位がないと、エレオノーラに立ち入りを禁止されているとのことだ。


 そして、今。


 侯爵家の経営する店に相応しい豪奢なソファーに腰を下ろし、クロヴィスはエレオノーラと向かい合っていた。


 手元には温かいハーブティが置かれている。

 特別な魔法が施されているカップは、いくら時間が経とうがその中の温度を一定に保つ。もてなし一つとっても、他とは一線を画す店であることが伺えた。


「あの2人だが……」


 おもむろに口を開いたが、なんと問えば良いのか分からずクロヴィスはいい淀む。


 エレオノーラはうっすらと微笑み、テーブルに置かれた豪奢なインテリア用のランタンに手を伸ばすと、クロヴィスに掲げて見せた。


「『魔道ランタン』ですわ」


 魔力を封じた魔法石をエネルギーとした、スイッチを押すだけで明かりがともる生活魔法道具の照明器具である。


「殿下は魔法の発動条件はご存知でいらっしゃいますよね?」


 エレオノーラの話の意図が分からず、訝しげに、しかし「ああ」とクロヴィスは頷いた。


 魔導士は生まれつき自分専用の魔方陣を自分の中に持っている。これが「属性」といわれるものの根幹だ。


 魔法はその魔法陣を魔力で製図し、さらに魔力を込めることで発動される。


 知識としてはクロヴィスも理解していることだった。


「『魔方陣を魔力で製図する行為』とはこのランタンのようなものなのです」


 エレオノーラがクロヴィスの目の前にランタンを置いた。


「魔導士はこのランタンを生まれながらに持っていて、利用したいときはスイッチを入れるだけです」


カチリと小さな音ともに、明かりが灯る。


「仕組みや構造を考えたり、ましてや自ら設計してランタンそのものを作ろうなどとはいたしません」


 彼女の話によると、リンにはその生まれながら持つべき「魔方陣」が無いらしい。


「だからこそ、あれは『魔方陣の設計』を習得したのですわ」


 カップの中のお茶はまだ温かい。クロヴィスは、それに手を伸ばした。


「ただ、誠に残念なことに持ち前の魔力も殆どありませんので、せっかくランタンを設計しても形にするだけの力を持たないのです」


 魔方陣は「魔力で製図されたもの」である。ただ書き上げただけでは意味をなさない。


「あの子が完璧にランタンを設計したとしても、灯せるのは豆電球程度の光ですわ。……滑稽でしょう?」


 コロコロと鈴を転がすように笑う彼女に対し、クロヴィスはどう反応すべきか迷い、ただ温かいカップを握りしめた。


「そこで、ガイです。あの子の中にはランタンが無いのです。けれど、目の前にある設計図を『見たまま』に具現化する魔力だけは、誰よりも多い…」


 エレオノーラは、まるで最高級の宝石を自慢するかのように目を細める。


「リンが描く数万行の図面を、ガイがその膨大な魔力で組み上げる。そうして出来上がるのは、太陽のような輝きを放つ大魔法……」


 その美しさを思い出して、うっとりとエレオノーラは呟いた。


「…ふふ、もっとも、同じことができるペアが現れたら、二人の価値なんて暴落してしまいますわね」


「それは、私が聞いて良い話か?」


 いかにも、なんでもないことのように語るメカニズムを自分が聞いてしまって良かったのだろうか。


 そんな疑問が思わずクロヴィスの口からこぼれ落ちた。


「あら」と、エレオノーラがまた笑った。


「あれだけの複雑な数式を瞬時に組み上げられる魔導士も、チラッとみただけで完全に再現できる膨大な魔力を持つ魔導士も、なかなか現れるものではないと思っておりますのよ」


 短いような長いような話の間、手元のお茶の温度が変わることはなかった。

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