3 静寂の裏の密談
「……今の、何かしら?」
「地震? いや、すぐ収まったみたいだけど」
王太子の魔法。そしてその攻防。続いた小さな震動。
学園の廊下では生徒たちが小首を傾げたものの、目の前の騒動の中の一つの出来事として受け取り、再び穏やかな喧騒に戻っていた。
だが、不可視の緊迫感にリンだけは、冷や汗を流していた。
「地震じゃねぇよ。……おいガイ、この場を『固定』しろ。範囲は俺らと王太子様、ついでにあっちの公爵家の令嬢サマまでだ、一般人に気づかれるな」
リンが「光の魔道ペン」を恐ろしい速さで走らせる。
「了解! 『見えない壁』……はい、設置!」
ガイが瞬時に反応し、リンの描いた空中の図案を具現化する。彼らを中心に半径十メートル、音も震動も遮断される不可視の結界が展開された。
「な……なに、今の連携は!?」
普段感情を見せることのないセシリアが、知的好奇心を押さえきれず、思わず声をあげ、詰め寄ってきた。
「あなたの構築速度も異常ですが、隣のあなた! 今の複雑な魔道数式、一瞥しただけで完全に同期させたわね? 魔法学の常識では、簡単な数式を読み解くだけでも最低でも数分はかかるのよ! あなた方がやっていることは、もはや魔法ではなく『奇跡の乱用』だわ!」
「はは。俺ら、これでもプロなんで」
ガイがいつもの笑顔でさらりと言ってのける。
「ところで、どうしたの?リン」
「この揺れは、……異常だ」
リンがなにかを警戒していることは理解したが、いまいち全貌が見えずガイは首をかしげた。
「嫌な魔力が、何処かから漏れだしてる…みてぇな…」
「リンでも説明できないことってあるんだねぇ。それって、さっき殿下の側の白壁に一瞬だけ浮き出てた変な文字とか、関係あるかな?」
リンが、は?とガイを凝視する。
「なにが見えてた、今すぐ書き起こせ!」
愛用のペンをガイに押し付ける。
「えーっと、確かこんな感じの?」
ガイは一度目にしたものを瞬時に記憶する。それは網膜に画像として認識しているだけなので、意味などは全く理解しないが、完全に再現することが可能だ。
受け取ったペンで、さらりと空中に自分の見た物を書き出した。
「そのペン、あなたの特別な魔道具ではないの?」
セシリアの問いに、リンは不敵に口角を上げた。
「あんなもん、その辺の雑貨屋で売ってる、ママに怒られないための『消える落書きペン』だ。……ほら、できたぞ」
リンが顎で示す先。ガイが書き終えたのは、幾何学的でありながらどこか生物的な不気味さを孕んだ文字列だった。
「これは……」
リン、そしてクロヴィスとセシリアが、浮かび上がった光の文字を凝視する。
「星、廃墟……くそ、読みづれぇな。専門外だ」
リンが知識を総動員して眉間に皺を寄せる横で、クロヴィスが顔を蒼白に染めてその文字に手を伸ばした。
その脳裏に、王家の書庫で「禁書」として保管されていた古い文献の記述が蘇る。
「数千年前に存在したと言われる、古代都市で使われていた文字だ。現存する資料はほぼない。……間違いない。この地下には、王家が数千年前に封印したはずの『星喰いの廃墟』が眠っている。学園は……その起動のための巨大な回路装置だったんだ」
クロヴィスの告白に、リンが小さく舌打ちをした。
「……あんたのさっきの雑な雷魔法が、その『装置』とやらを刺激したんだな」
「……恐らくは。…この私が国を危険に晒したというのか」
その言葉にセシリアが、きつい眼差しを向け声を上げた。
「全くその通りです。そもそも、この事態とは別に、一体どういうおつもりであんな危険な魔法を、あの場で使おうとなさったのか、真意をお尋ねしようと思っておりました。あれは大事にならなかったのではなく、そちらのお二人に大事にならないように「収めていただいた」だけです。なにを考えているのですか!」
ほんの少し前であったなら、婚約者からの苦言など、到底受け入れられなかっただろう。
しかしクロヴィスは一度深く目を閉じ、呟いた。
「すまない、短慮であり、恥ずべき行いであった」
それから迷いを捨てた瞳で目の前の「名もなき青年たち」に向き直った。
彼は王太子としてのプライドを捨て、一人の責任ある人間として、潔く頭を下げた。
「お前たちが何者なのか、明かしてもらえないだろうか。先ほどの実力、そしてヴァランシエール侯爵家から直接リリアーヌ嬢の護衛を任されているという点……。考えても、ただの学生ではないのだろう」
リンはガイから返却されたペンを指先で一回転させ、少し思案した後に、この騒動の中、全く動じずに、ただ静かに佇んでいたリリアーヌへと向き直った。
「お嬢様、どうします? 俺ら、正体明かしちゃいます?」
問われたリリアーヌはといえば、おっとりと微笑みながらこう答えた。
「まずは、お姉さまに報告ではないかしら?」
「「はぁーい」」
二人の護衛の声が綺麗に重なった瞬間である。




