62 シャンティのお説教
久々の投稿です。遅くてごめんなさい。
並々ならぬ覚悟を決めて、シャンティはリャーナの前に立っていた。
笑み一つない無表情で目つきも冷ややかだ。つまり、興味のない他人に見せる、シャンティの平時の顔である。それを、最愛の妹に向けていた。
いつもとは違うシャンティの雰囲気に、リャーナはすでに涙目だ。こんなシャンティは初めてだ。いつだってシャンティはリャーナに優しく笑いかけてくれるから。
その上、シャンティの背後には怖い顔をしたマーサが仁王立ちで控えている。マーサには何度も怒られたことがあるから、リャーナはマーサの機嫌が悪いことを察知していた。ますますショボンと肩を落とす。
「リャーナちゃん。私がどうして怒っているかわかる?」
シャンティの平坦な声に、リャーナはピクリと怯えた様に身体を震わせる。そんなリャーナの怯えた様子に、シャンティはピクリと眉を上げたが、優しい言葉を掛けることはなかった。
リャーナたちのいる魔術開発部は異様な緊張感に包まれていた。マルクはいつもとは違うマーサやシャンティの様子に驚いていただけだが、マーサやシャンティとは初対面のヨハンナとジョットは、平民とはいえ、ドーン皇国では知らぬ者はいないほど有名な2人に、緊張のあまり身体がカチカチに固まっていた。特に伝説の『宵闇の魔女』の迫力には、恐怖すら感じていた。ピリピリイライラした魔力の圧を感じるのに、まったく魔力が漏れていないのも怖い。どれだけ魔力制御に長けているのか。それだけでも、マーサの術者としての腕前が分かるのだ。
基本的にリャーナに甘い2人が、ここまで怒っているのには理由があった。リャーナがフロスと交わした約束を、また破ったからだ。『新しい魔術陣を報告する(広める)際は、フロスに相談してから』と。リャーナが分離の魔術陣を開発した時は、同席して一緒にはしゃいでいたシャンティも、フロスからこっぴどく怒られた。その時に、リャーナの開発した魔術陣を不用意に公表する事は、リャーナが得られるべき利益を害することになると、シャンティは骨の髄までフロスに叩き込まれた。
その時のフロスの説教がシャンティの中にいまだ生々しく残っているため、シャンティは怒っているのだ。シャンティにとって、フロスの凍える様な説教よりも、リャーナに被害を与えてしまうかもしれない事の方が怖かった。リャーナがまた傷つく方が怖かった。だが、いくらシャンティやマーサがリャーナを守ろうと思っても、現実的に、四六時中リャーナの側に付き添うことは出来ない。そのためにも、リャーナ自身に自衛の意識を持ってもらわなくてはいけないのだ。
だからシャンティは、心を鬼にしてリャーナを叱ることにした。それでたとえ嫌われたとしても。嫌われてシャンティの心情的に、この世の終わりが来るとしても。それがリャーナの安全に繋がるのだったら、シャンティは血の涙を呑んで、リャーナを叱ろうと思ったのだ。
本当は叱り役は母であるマーサに押し付けるつもりだったのだが、『お前がやった方がリャーナちゃんには効くよ』と、マーサに指示された。シャンティにとっては死より辛い役目だったが、マーサの命令には逆らえなかった。いつもはデロデロに甘いシャンティが叱れば、リャーナにもキツイお灸になるだろう。
「……お、お姉ちゃん?」
プルプル震え、涙目で見つめてくるリャーナに、シャンティは内心、ぐふっと吐血する。だがここで甘い顔を見せてはいけない。我慢だ。
「ど、どうしてフロスさんや私たちに相談する前に、新しい魔術を他の人たちに見せちゃったのかしら?」
ちょっと声は揺れてしまったが、十分に威厳を保ったまま、シャンティは聞いた。
「あ、あの、それは。ジーランド古代魔術は新しい魔術ではなくて、昔の魔術を再現しただけだから、フロスさんとの約束を破る事にはならないと思ったの!」
拳を握って一生懸命弁明するリャーナに、シャンティはデレッと表情を緩ませた。
「そう! それじゃあ約束を破ったことにはならないわね」
「シャンティ」
途端に、マーサのピリリとした声が響く。シャンティは慌てて背筋を伸ばし、厳めしい顔に戻す。
「ん、んほんっ。リャーナちゃん。たとえ古代魔術の再現でも、有益な魔術陣なら、一言、フロスさんに相談すべきではないかしら?」
自己評価の低すぎるリャーナの性格を考え、フロスはどんな小さな魔術でも報告するように言っていた筈だ。リャーナ本人は、有益な魔術陣を無防備に周囲に晒している事に、全く自覚がないのだ。
「は、はぁい、ごめんなさい……」
フロスの忠告を思い出し、再びしょぼんと落ち込むリャーナ。その小っちゃな声の『はぁい』も可哀そう可愛いと、シャンティの胸を容赦なく撃ち抜く。
ジョンボリしていたリャーナだったが、オズオズと何か言いたげにシャンティを上目遣いで見た。それだけで全てを許してあげたくなる可愛さだったが、シャンティは頬の肉を噛み締めて耐えた。
「ど、どうかしたの? リャーナちゃん」
「あ。あのね、お姉ちゃん。古代魔術陣はリーソ教授やフェリントン教授と一緒に再現したものなの。私一人で再現したものじゃないから、フロスさんへの報告は必要ないんじゃないかなぁ」
あんなに凄い教授たちと一緒に再現したのだ。リャーナなんてオマケみたいなものだ。古代魔術陣の再現で何か利益が発生するのなら、リーソ教授とフェリントン教授が受け取るべきだろうと考え、リャーナはぱあぁっと顔を輝かせる。
そんな、表情がコロコロ変わる愛らしいリャーナに、シャンティは鼻の下を伸ばす。
「そうね! それならフロスさんへの相談は必要ないわね!」
「シャンティ」
再び、マーサのピリリとした声が響く。先ほどよりも重みの増した声に、シャンティは「ひぃっ」と喉の奥で声を漏らした。
「ん、んおほんっ。リャーナちゃん。そうすると、リャーナちゃんはリーソ教授やフェリントン教授の大事な研究成果を漏洩して、利益を害したことになるわ」
シャンティの鋭い指摘に、リャーナは真っ青になった。
「そ、そんな。漏洩……? 私、どうしよう……」
狼狽えるリャーナに縋るように見つめられ、とうとうシャンティのお説教モードは吹き飛ぶ。
「大丈夫よ、リャーナちゃん! 教授たちの利益は私が守るわ。うふふふふ。こんな事もあろうかと、記憶を消す薬を作っておいたのよぉ」
懐からやたらと禍々しい色の薬瓶を出したシャンティが、ぎろりと周囲を見回す。
「古代魔術に関わった関係者全員にこれを服用させれば、何もなかったことに……、うぎゃっ、痛ぁっ!」
ごつい杖にポカリと頭を叩かれて、シャンティはたまらずしゃがみ込んだ。その背後には、マーサが恐ろしい顔で立っている。
「このバカ娘。妹への説教一つ、まともに出来ないのかい。しかもまた、こんな物騒な薬を作って……」
マーサはシャンティから禍々しい色の薬瓶を取り上げ、自分の収納袋にしまった。『これも暗部行きだねぇ、喜ばれそうだよ』と、物騒なことを呟いている。
「うぁぁぁぁ。母さん、私には無理ようぅ。リャーナちゃんを叱るだなんてぇ。こんなにこんなにこんなに可愛いのにぃ。リャーナちゃんを害する元凶の方を始末するほうが百倍簡単じゃなぃぃぃ」
リャーナに抱き着いて頬擦りしながらおいおい泣くシャンティを、マーサは容赦なく引っぺがした。そしてジロリとリャーナを睨む。リャーナの背がぴゃっと伸びた。
「リャーナちゃん。色々と言い訳をするんじゃないよ。約束を守れなかったのは事実だろう?」
「は、はい……。ごめんなさい」
マーサの厳しい言葉に、リャーナは深々と頭を下げた。どういう理由であれ、フロスとの約束を違えてしまったことには違いないし、リーソ教授やフェリントン教授にも迷惑を掛けてしまったのだ。全面的に自分が悪いと、リャーナは心から反省していた。
「マーサ殿。教授たちからは古代魔術陣の研究について、了承を得ている。古代魔術陣の利益についても、『必要ない』と仰っていて……」
マーサの怒気にプルプル震えるリャーナに、それまで気配を消していたマルクが、見かねて声を掛ける。マルクはドーン皇国に滞在中のフライ教授とアース教授を通じて、カージン王国にいるリーソ教授とフェリントン教授に古代魔術陣の研究許可を取っていた。手紙だったら数日かかるはずだが、教授たちには即座に連絡を取り合える方法があるらしく、それも大変気になったのだが、とりあえず、古代魔術陣の研究許可を貰えた。研究許可のついでに利益配分の相談もしたかったのだが、『ジーランド古代魔術を再現したかっただけなので、利益には興味がない、リャーナ君の好きにしたらいい』と利益放棄ともとれる回答を貰ってしまった。その代わり、ドーン皇国で新たに再現出来た古代魔術があれば、気になるので情報を共有して欲しいとだけは言われたが。
「リャーナ嬢が、魔術陣の利益にあまり興味がないとは思っていたが……。師である教授たちがあの態度ならば納得できるな」
魔術陣の開発で齎される利益や名誉よりも、知識欲の方が強いのだとしみじみ呟くマルクに、マーサはピシャリと告げる。
「マルク殿下。それは結果論というものですよ。今回はたまたま教授たちが無欲でいらっしゃったから、リャーナちゃんは許されたのです。共同開発の魔術陣を他の開発者に無断で公表するなんて、本来ならば許されない事です」
「う、まあ、それはそうだな……」
マーサの厳しい言葉に、マルクは納得する。一般的な研究職の魔術師にとって、自分の開発した魔術陣の利益は、大事な収入源なのだ。魔術陣が共同開発の場合は、厳密に利益配分の契約を設けるのは当たり前だ。他の共同開発者の許可なく公表すれば、自分だけでなく共同開発者の利益まで減じさせてしまうかもしれない。
事の重大さにようやく気付いたリャーナは罪悪感でペソペソと泣いているし、シャンティはそんなリャーナを見て号泣しているので何とか取りなしてやりたかったが、マルクも古代魔術の再現に興奮して魔術研究所を巻き込んでしまった手前、強くは出られなかった。
「まぁ……。これからフロスさんがいらっしゃるから、また厳しく叱られるとは思いますけどね」
共同開発の魔術の利益配分などは、利益管理人フロスにとっては専門分野だ。その分、マーサ以上に厳しい理詰めの説教をされるだろう。フロスと直接交渉をした事があるマルクは、気の毒そうな視線をリャーナに向けた。
「全く、下の娘たちは、ウチの人そっくりで困りますよ」
「うん……? ダルカス殿のことか?」
マーサが呆れて言うのに、マルクは首を傾げる。マーサの夫ダルカスは、礼儀や規則に厳しい男だ。そんなダルカスに似ているのなら、シャンティもリャーナも、しっかりしていそうだが。
「ウチの人の二つ名をご存知でしょう? 『お人好しのダルカス』ですよ。困っている人がいれば、報酬なんて二の次で助けちまうんだから。自分がS級冒険者だという自覚がないんですよ。冒険者ギルドからは何度も無報酬での活動を注意されて、懲罰も受けているんですから」
冒険者として、無報酬で討伐や護衛をすることは、他の冒険者の働きを無価値なものにしてしまう。依頼者にしてみれば、他の者の依頼は無償で受けたのに、自分の依頼は受けてくれないのかと不満が募る。ダルカスはその性格故に、困った人を見ると考えるより先に身体が動いてしまって、ただ働きをする事が幾度となくあったらしい。
マーサが妻になってからは厳しく管理していたので、ダルカスは無報酬で仕事を受ける事はなくなったらしいが。ただ働きと懲罰金のせいで、結婚した当時はS級冒険者だというのに殆ど貯蓄がなく、カツカツの生活だったという。
ブツブツと不満げに呟くマーサに、マルクは気づいた。不思議だったのだ。マーサたち同様、騎士団に出仕している筈のダルカスだけが、なぜこの場に呼ばれていないのか。いたとしても全く説得力がないからだろう。マーサに『アンタは同席しなくていいよ』とでも言われたのかもしれない。
師匠どころか父親代わりのダルカスも同類だと、リャーナへの教育は手を焼きそうだと、マルクは内心溜息をついたのだった。
★「転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います~4」アース・スター ルナ様より発売中!コミカライズも
★コミック「転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います」①~③発売コミックアース・スターで連載中です!
★逃げたい文官~奪われ続けてきた不遇な少女は隣国で自由気ままに幸せな生活を送ります~
オーバーラップノベルズf様より、②巻発売中
初回配本限定特典の特別書き下ろしにて、サラナとコラボ中です★
★追放聖女の勝ち上がりライフ 書籍 1~2巻 ツギクルブックス様より発売中!
★「平凡な令嬢 エリス・ラースの日常」1~3巻ツギクルブックス様より、書籍販売です。コミカライズ「モーニング・ツー」で連載中です!




