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53 古代魔術陣の作成者

『可哀想なマルクに、励ましのお手紙を』と募集したくなるぐらい、苦労性なマルクです。

 自分がいない時に限って、どうしてこんなに凄い事が起るのだろう。

 皇太子マルクは、林檎木箱の机の前で、膝を突いて項垂れていた。

  結界魔術陣の時は、リャーナはカージン王国にいなかったのだから仕方がないにしても。収納魔術陣とか、付与魔術陣とか、分離の魔術陣とか。一番インパクトのある初披露の場にはいつだって自分はいないのだ。

 マルクがジョットからの知らせを受けて、慌てて魔術開発部に戻ってみれば。林檎木箱の机を囲んで、ジョットとヨハンナが興奮気味に検証中だった。目をキラキラさせて、もの凄く楽しそうだ。自分は話が長い大臣に辟易しながら会議をしていたのに。あんな長いだけで実のない会議、いらないだろう。報告書で5行で終わることを1時間もかけて話しやがって。


「あ、あのぅ。マルク殿下? 申し訳ありません。仕事中に他の魔術を使っちゃって……」


 憮然としているマルクに、リャーナが躊躇いがちに声を掛けてきた。結界魔術陣の改良(仕事)以外の事をしていたのを咎められると思ったのか、不安気な顔をしている。


「いや、リャーナ嬢。結界魔術陣以外の魔術も試して構わないんだ。ここは新たな魔術を開発するために作られた部署なのだから」


 マルクは慌てて表情を繕ってそう告げる。一朝一夕に結界魔術陣の改良が出来るはずがない事は、マルクだって分かっている。補佐のヨハンナとジョットも、まずは結界魔術陣の構造を頭に叩き込むところから始めているぐらいなのだから。むしろ他の魔術の開発をして、小さな功績を挙げていた方が魔術開発部の存在意義が上がるというものなのだが。


「しかし幻の魔術陣と言われる『固定』と『防護膜』か。また凄い物を出してきたな、リャーナ嬢」


 マルクは驚き半分、呆れ半分というところだ。マルクが確認する限り、『固定』と『防護膜』の魔術陣は全てジーランド古代語で構築されている。細かく検証してみなければ確定はできないが、多分、古代魔術の『固定』と『防護膜』で間違いないだろう。


「マルク殿下、凄いっす、この机。火魔術でも燃えません」


「私も氷魔術を打ち込んでみましたが、弾かれました」


「執務室内では止めなさい。よく部屋が無事だったな?」


「ちゃんと加減したんで大丈夫っすよ」


「私はちょっと失敗して、床が凍り付きましたが溶かしました」


 悪びれもせずに答えるジョットとヨハンナに、マルクは呆れる。加減していたとはいえ、室内で魔術を使うなどありえない事だ。この2人もいつもなら絶対にやらないだろう。しかもヨハンナは失敗しているし。それぐらい、2人とも未知の魔術に興奮していたということか。


「『固定』も『防護膜』も、何度か魔術をぶつけると効力が薄れていきますから、掛け直しが必要です。それ以上は止めたほうがいいですよ」


 リャーナの説明に、マルクは頷く。


「ふむ。結界魔術陣よりも脆いのだな」


「ただ、消費魔力はそれほど多くないので、ジーランド王国時代も掛け直すのを前提で使用していたのではないかと思われます」


 マルクは『固定』と『防御膜』の魔術陣を再現して林檎木箱の机に掛け直す。確かに、魔力の減りはあるが大した量ではない。これなら、砦や外壁などの大きなものにも数人掛かりなら簡単に駆け直すことが出来るだろう。


「なるほど。この消費魔力なら掛け直しも可能だな」


「はぁぁぁ? マルク殿下、再現できたのですか? 私はまだ魔術陣の解析も終わってないのに? 初見で? 」 


 さらりと『固定』と『防御膜』の再現に成功したマルクに、ヨハンナは叫び声をあげる。

 

「当たり前だ。目の前に完成された魔術陣があるんだ。再現など簡単だろう?」


「ううう。殿下も魔術に関しては天才(変人)だった。そりゃあ、殿下はジーランド古代語も読めますものね? ううっ。私は辞書があっても6割ぐらいしか分からないのにぃ」


「6割も読めるのなら優秀な方だぞ? 魔術師の中には、全く読めない奴もいるからな」


 マルクはじろっとジョットの方を睨むが、当のジョットは綺麗な笑顔でスルーした。ジーランド古代語なんてマニアックな言語を、最初から1ミリも覚える気は無いのだ。いっそ清々しいほどだった。

 そもそも、魔術師にとってジーランド古代語は必須言語というわけではない。古代魔術に興味があるマニアックなごく一部の魔術師ぐらいしか習得していないのだ。


「リャーナ嬢は、どこでジーランド古代言語を学んだのだ? 学園か?」


「はい! 言語学のフェリントン教授に教えて頂きました」


「言語学者のハリス・フェリントン教授か。ジーランド古代言語がまで研究されているとは知らなかったな」


 カージン王国王立学園の著名な教授の名を聞いて、マルクは唸る。ジーランド古代言語は専門家がおらず、古代魔術の解読はなかなか研究が進んでいなかったのだが、魔術の専門家以外が古代言語を研究しているとは思わなかった。


「フェリントン教授は、言語にならなんにでも興味を持たれるので……」


 リャーナは苦笑する。ハリス・フェリントンは、子どもみたいに目をキラキラさせて、物凄いマシンガントークで言語研究の素晴らしさを語る、大変エネルギッシュな老人なのだ。リャーナも学生時代は教授の元、様々な言語を叩きこまれた。リャーナが周辺5か国の言語を習得できたのも、彼の厳しくも情熱的な指導があったからだ。大抵の生徒は指導に付いて行けずにせいぜい貴族の平均と言われる2か国語の習得ぐらいでとどまっていたが。


「それにしても、『固定』と『防御膜』か……。ううーん」


 マルクが困った様に顔を顰める。魔術を前にしてマルクがこんな顔をするのは珍しい。いつだって魔術(好物)の前では上機嫌なのに。リャーナは『固定』と『防御膜』の魔術陣に何か問題があるのかと不安になった。


 リャーナの不安そうな様子に、マルクは慌てて笑みを浮かべた。


「リャーナ嬢。『固定』と『防御膜』の魔術陣は素晴らしいものだ。この魔術陣については、魔術師ギルドでの検証が必要になると思うが、これが本物だと証明されれば、大変な功績だぞ」


 マルクの表情が和らいだことにリャーナはホッとしたが、首を傾げた。


「功績ですか? でも『固定』と『防御膜』の魔術陣は、古代魔術陣としては一番基礎的なもので、ジーランド王国の書物には良く載っていますし、それほど珍しいものではないですよ?」


「いや、リャーナ嬢。『固定』と『防御膜』の魔術陣は『失われた魔術陣』として長く研究されているものだぞ? 再現不能とまで言われていた魔術陣だぞ?」


「え?」


 リャーナは驚く。だって、『固定』と『防御膜』の魔術陣は、ジーランド王国の魔術書には基本の魔術陣として必ず載っているものだ。遥か昔に滅びた国の魔術書だから、そりゃあページが欠けていたり、インクが滲んでいたり、虫食いだらけになっていたりして、なかなか一冊の魔術書で魔術陣の全てが載っているものは無かったが、それでも何十冊か魔術書を集めて足りない部分を繋ぎ合わせれば、魔術陣の全ての綴りを再現する事は出来た。


「理屈を言えばそうだが、その繋ぎ合わすことがまず難しい。そもそもジーランド古代語の解読自体が進んでいないし、時代によって言葉が違ったり、書き手によって表現が変わっていたりする。それを一つ一つ照合して、繋ぎ合わせていくのにどれほどの時間がかかるか……」


 遠い目をするマルクに、リャーナは『固定』と『防御膜』の魔術陣を再現した時のことを思い出した。フェリントン教授とリーソ教授とリャーナで、学園にあったジーランド王国の魔術書をありったけをかき集め、フェリントン教授がジーランド古代語を拾い上げていく横でリャーナとリーソ教授がどんどん魔術陣を構築していった。何百という古代語の組み合わせを試しては構築を繰り返し、発動の条件を取捨選択していくことでようやく条件が一致して成功したのだ。


「ちょっと時間がかかりましたが、とても楽しかったです!」


 リャーナの言葉に、マルクとジョットとヨハンナは引きつった笑みを浮かべる。そんなひたすらトライ&エラーを繰り返す研究を楽しいといえるのはリャーナぐらいだ。いや、多分、嬉々として一緒に繰り返していた教授たちも同類なのだろう。


「……リャーナ嬢。もしや、他にも再現に成功した魔術陣があるのか?」


「ええっと。それほど数は無いです。魔術書にあまり載っていない魔術陣はそもそもスペルが足りなくて。確か、12個ぐらいです」


「12個ぉ?」


 想定していた以上の数に、マルクは頭を抱える。リャーナには出会った頃から驚かされてばかりだったので耐性は付いていたつもりだったが甘かった。


「……どうしてそんなに再現しておいて、魔術陣を公表しないのだ」


 呻くように言うマルクに、リャーナはオロオロと弁明する。


「その、ジーランド古代語の研究自体がそもそもマイナーですし。たとえ古代魔術陣を再現したとしても、それほど大したことないと思っていたんです。『固定』と『防御膜』の魔術陣も、強度があるものではないので、汎用性が低いかなぁと思っていて。私も机の強度を増すためぐらいにしか使っていなかったですし。他の再現した魔術陣も、何の役に立つのか分からないものも多くて! リーソ教授は沢山の魔術陣を開発しているんですけど、使い道がなくてお蔵入りしている魔術陣も多くって、そういうものの内の一つかな、というぐらいの認識しかなくてですね……」


 そういえばリーソ教授の開発した魔術陣に、水の中で息が出来る魔術陣も広められることなくお蔵入りしていたことを思い出し、マルクは頭が痛くなった。そんな魔術陣があると知って、アクアアントの研究をしているタープシー伯爵家は、水中で生活するアクアアントの記録を取るのが楽になると、本気で喜んでいたのだ。もっと早く知りたかったと、泣いて悔しがってもいたが。


 それにしてもどうしてこの師弟は、自分たちが作り出したものを無頓着に扱うのか。マルクは、リーソ教授のお蔵入りしているという数多の魔術陣を、部屋の隅々まで捜索して調べたい衝動に駆られた。絶対に他にも何か重要な魔術陣を溜め込んでいるに違いない。


「では、『固定』と『防御膜』の魔術陣は、リャーナ嬢だけでなく、教授たちとの共同研究ということになるのだな」


「そうですが……。本当にこれが功績といえるのでしょうか? 書物にあった魔術陣を再現しただけですし」


 マルクの言葉に、リャーナは半信半疑だ。どこまでも無自覚なリャーナに、マルクは苦笑する。


「リャーナ嬢。その言葉はここだけの発言に留めてくれ。その書物にある魔術陣の再現を専門に研究しているのが、我が国の魔術研究所だからな」


 魔術研究所の魔術師たちは、自分たちが長年研究していた魔術陣がとっくの昔に再現されていたという事実を冷静に受け止められるだろうか。しかもこんな身近に、再現した当の人物がいるのである。

 

 リャーナの争奪戦が再燃されるだろうと容易に想像できて、マルクは深いため息を吐くのだった。




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初回配本限定特典の特別書き下ろしで、「転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう」とコラボしています。


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― 新着の感想 ―
ハリス・フェリントン教授って、31話の返信で登場したフェントリン教授と同一人物ですか?
>結界魔術陣の時は、リャーナはカージン王国にいなかったのだから仕方がないにしても。 当時、カージン王国にいなかったのは、リャーナではなくてマルクでは?
だから無自覚の天才はっ! ケッ! と、ひがみ系凡人の私は言いたい! つーかマルクのいないところで話が進んでいるのは、もう仕様としか? リャーナさん、自分の規格外っぷり自覚した方が良いと思う。
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