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52 林檎木箱の机の再現

またやらかすリャーナです。

「頭が溶ける」


「まだ3ページしか進んでないでしょ。溶けるわけないわよ」


 机に突っ伏して弱音を吐くジョットに、ヨハンナが呆れた声を上げる。


「基礎的な魔術理論学で頭が溶けてたら、魔術陣の改良なんて出来ないわよ」


「俺は理論より感覚なの! 細かく積み上げるより思い付きで魔術陣を組みたいの! 細かい計算なんて性格的に無理なんだよ」


 キリッとした顔で宣言するジョットに、ヨハンナが納得して頷く。


「まあ確かに。貴方は学生時代の試験も勘で乗り切ってたものね。でもさすがに、仕事でそれが罷り通るなんて思っていないわよね? 勘だけで仕事するつもり?」


「ぐっ」


 ヨハンナの尤もな説教に、ジョットはぐうの音もでなかった。

 

 そんな2人のやりとりと、リャーナは心配そうに見ていた。


「ジョットさんは感覚派の魔術師なんですね。大丈夫ですよ。感覚派タイプの魔術師は、理論を詰め込み過ぎても成果が出ないのは分かっていますから。無理はしなくても……」


「さすがリャーナ様、分かっていらっしゃる! 」


 リャーナの言葉に、ジョットは喜色満面で読んでいた論文を勢いよく閉じた。だが間髪入れずにヨハンナが論文の元のページを開くと、ジョットの机の前にばしんと叩きつけた。


「魔術理論の詰め込み過ぎ? そういうのは多少でも魔術理論が頭に入っている奴がいえる事よ。貴方、この基礎の基礎である魔術論文すら読み通せないくせに、よくも魔術師なんて名乗れたものね」


「沢山お勉強なさっても開発した魔術陣は俺より少ないヨハンナさんの仰ることは為になるなぁ」


「思いつきで魔術陣を開発して暴発させる数だけは多い貴方に言われたくないわ」


 キャンキャンと喧嘩を始めたヨハンナとジョットを、リャーナはちょっと困った様に眺めていたけれど、止めることはない。いつものことだからだ。


 ヨハンナとジョットはいつもこんな感じなのだ。理論派のヨハンナに感覚派のジョット。夢中になると周りが見えなくなるヨハンナ、冷静に周囲を分析するジョット。相反する様で上手く噛み合っている。聞けば領地が近くて幼馴染であり、学生時代もこんな風に喧嘩しながら切磋琢磨し合い、成績も首席争いをしていたのだとか。


 魔術師は主に二種類に分類される。理論派と言われるマルクやヨハンナのように理論を積み上げて魔術論を構築するタイプ。そして感覚派と言われる、理論ではなく感覚で魔術を操るタイプ。魔術陣開発には圧倒的に理論派が向いているが、実は感覚派の肌感覚の閃きも魔術陣開発には欠かせないものだ。現に感覚派であるジョットは、大半は暴発するが魔術陣の開発数は多い。成功した魔術陣は本人以外の再現が難しいが、そこは理論派の手を借りて再現率を高める事も出来る。


 ちなみにリャーナは理論派でもあるし感覚派でもある。結界魔術陣のように理論を積み上げて魔術陣を開発することもあるし、付与魔術や収納魔術のように、実戦から生まれた魔術陣もある。実戦から生まれた魔術陣を理論を積み上げて再現する事も出来るので一石二鳥だとリャーナは思っているが、理論派でもあり感覚派でもあるというのは余程優れた魔術師しかありえないことだ。本人に全く自覚は無く、両方できたら便利だよねぐらいの感覚である。


 だから感覚派が理論を学ぶのは苦痛であることも、それでも最低限の魔術理論は身に付けた方が為になる事も分かっているので、リャーナは2人の喧嘩を仲裁しないのだ。まあ、仲裁したところで2人はまた別の喧嘩の種を見つけるからキリがないというのもあるし、どうせすぐに仲直りする事もここ数日で分かって来たので放置することにしたのだ。


「リャーナ様のお作りになった結界魔術陣のこの美しさが分からないなんて、魔術師として不幸でしかないわ」


 ヨハンナが結界魔術陣の論文を読みながらうっとりと呟くのに、ジョットは唇を尖らせる。


「結界魔術陣の凄さは分かっているよ。俺は実際、結界魔術陣が起動している所に立ち会ったことがあるけど、あれは凄い。あの膨大な魔力が完璧に調和されて、循環されている。俺は今まで、あんなに力のある魔術陣を見たことがない」


 2人がうんうんと頷きあうのに、リャーナは恥ずかしくて俯いた。


「で、でも。結界魔術陣はカージン王国の王太子殿下の功績で……」


「いやいやいや。あんな魔術陣の一つも語れない男には無理」


「あんなミソッカスみたいな魔力しかない男には無理っす」


 けっと息を吐きながら2人が言うのに、リャーナは目を瞠る。


「お2人とも、ジェント殿下にお会いになったことがあるんですか?」


「カージン王国の結界魔術陣発表の際にマルク殿下のお供で、私たちも付いていったんです」


「発表自体はお上手でしたよ? でも質問にはその場で何も答えないで、あとから文書で回答でしたから、怪しいなぁとは思ったっすね」


 そう言えばその質問に対する回答も、リャーナが作ったのだ。ドサッと質問の書類の山をジェントから渡され、『3日以内に返事を出せ』と言われ、目が回りそうだったが、個々に質問を返すのではなく、回答を纏めて公表する方法で許してもらえたのでなんとか間に合ったのだ。


「そっかぁ。それじゃあ会場のどこかで、すれ違っていたかもしれないですね」


 リャーナも発表の時は会場の隅っこで、ジェントやカーラたちが招待客と挨拶を交わしているのを遠巻きに眺めていたのだ。リャーナのような平民は目立たなく立っているのがやっとで、誰にも声を掛けなかったし、誰からも声を掛けられなかった。

 それがちょっとだけ寂しかったけれど、誰かに声をかけられても慌ててしまっただろうから、その時はそれで良かったと思っていたのだ。


「ううう。リャーナ様、ごめんなさい。あの頃、リャーナ様が結界魔術陣の真の製作者だと知っていたら、あんな理不尽な国から私が攫って逃げたのに」


「いや、ウチの国に引き抜けるように、まずは穏便に交渉しろよ。いきなり攫うな。ウチの国とカージン王国の外交問題になるわ」


 涙を流して後悔するヨハンナに、ジョットが冷静にツッコむ。


「何言ってんのよ、ジョット。もしもマルク殿下が知っていたら、間違いなくリャーナ様を攫っていたと思うわよ」


 急にマルクの名が出て来て、しかも攫うだなんて物騒な言葉が出て来て、リャーナの胸がドキッと鳴った。


「あー。たしかに。リャーナ様がぽつんと1人で会場にいるのに気付いたら、なんらかの理由を付けて、攫って帰りそうだな」

 

 けらけら笑って同意するジョットに、リャーナは慌てて否定する。


「そ、そんな事ないですよ。マルク殿下は冷静な人ですから、攫うだなんて……。そりゃあ、優しくて親切な人ですから、もし気づいたら気には掛けてくださったかもしれないですけど」


 そうおろおろとリャーナが言うと、ヨハンナとジョットが驚いたように目を見開く。優しくて親切。おおよそマルクには相応しいとは思えない言葉だ。2人にとってのマルクは、冷徹な上司で仕事は出来るがそれ以外の興味は全て魔術に全振りしている変人だ。ドーン皇国の皇太子でありながら、『女性への気遣いが出来ない男ナンバーワン』の座を長年キープし続けているのは伊達ではない。それぐらい気が利かなくてモテないのだ。


「ふーん」


「ほぉ」


 まあマルクのリャーナへの態度からなんとなく察していたが、マルクにとってリャーナは特別らしい。マルクが別の仕事でその場にいないことをいいことに、2人はイイ弱点を見つけたと言わんばかりにニヤニヤと笑う。マルクがいたら絶対に表情にはださない。怒られるからだ。


 一方でリャーナは思い出していた。そう言えば、初対面のとき、マルクから『嫁にする』宣言をされたことを。リャーナが結界魔術陣の製作者だと知り、色々と魔術論についても語り合えると知って、妃に相応しいだなんて言い出して。あの時は驚いたし皇太子にそんな事を言われて泣くほど怖かったのだけど、実際のマルクは紳士的で親切で、こんなリャーナにもとても優しくて良くしてくれて。それはつまり。


「……マルク殿下は、魔術をとても愛していらっしゃるんですね」


 魔術を愛しているからこそ、こんな取るに足らないリャーナにも優しくて親切なのだと思い至り、リャーナは確信をもって言い切ったのだが。


「え、それが結論? え。この流れでそこに行きつきます?」


「同じ男として、さすがに殿下に同情します。それはないっすよ、リャーナ様」


 2人は思わず脱力したが、リャーナは何が間違っているのかさっぱり分からない様子で首を傾げている。その様子に、ヨハンナとジョットはマルクの恋は前途多難であることを察する。只でさえリャーナには過保護な身内が多いというのに、それに加えてリャーナ当人のこの鈍感さ。これなら、裸でドラゴンを倒す方が難易度が低い気がする。リャーナを崇拝しているヨハンナですら、残念な目を向けている。


「俺、なんかどっとやる気がなくなった」


「元々やる気があったとは思えないけど、同感だわ」


 ぽいっと魔術書を放りだしたジョットを今度は咎めず、ヨハンナも溜息を吐く。


「うん、休憩にしよう、休憩。息抜きが必要だよな……。そうだ! リャーナ様。リャーナ様が以前カージン王国で作ったっていう木箱の机なんですけど。俺、再現してみたんですけど、上手くいかないんですよね」


「うん? 木箱の机? え、本当に作ったんですか?」


 気晴らしにジョットが振って来たのは意外な話題だった。カージン王国で机を支給されなかったリャーナが作った木箱の机。林檎の匂いがほのかに薫る、リャーナ苦心の作品である。


「はい、ウチの家の大工仕事が得意な使用人も一緒に作ってもらったんですけど。ちょっと見て貰えますか?」


 ジョットが収納袋からにゅるっと出したのは、木箱を組み合わせて何とか形にした机だ。床に置くとちょっとがたがたと揺れる。


「木箱の板が薄いせいか、釘を打ってもガタガタしてて。これ、耐久性にも問題があるんじゃないかと思うんですが、本当にこれで机として使えたんすか?」


 疑うわけではなく純粋に疑問に思って、ジョットが木箱を揺する。確かに木箱の板が薄いせいで、机としては頼りない。ジョットの様に体格がいい者が使ったらすぐに壊れそうだ。


「わぁ、懐かしい! そうです、このリョンドン領産の林檎の木箱です。やっぱりドーン皇国も林檎はリョンドン領なんですねぇ。うんうん、机に使った木箱の配置も、こんな感じで合ってますよ」


 リョンドン領はカージン王国にある領地だが、林檎の生産で有名だ。ドーン皇国にも輸出しているのだろう。


「え、この木箱で合ってるんですか?いや、それにしたってこの薄さじゃ机なんて無理でしょう」


 ジョットが力を込めて机の盤面を押すだけで軋み、たわんでいる。いくらリャーナが小柄な女性だからって、これは机として使うのは無理だろう。もしかして木材などで補強をしたのだろうか。


「いえいえ。これにですね、ええっと『固定』、それから『防護膜』!」


 リャーナが魔術陣を展開すると、林檎木箱の机が温かな光に包まれる。


「『固定』の魔術陣で強度を増して、『防護膜』の魔術陣で上からコーティングします。『固定』だけで十分机として機能するんですけど、『防護膜』でコーティングすると魔力や水を弾くので長持ちしますよ!」


 試しにリャーナがぎゅうっと力を込めて机を押すが、先ほどのペラペラな耐久力が嘘のように、机はがっしりとして動かない。表面が薄っすら光っていて、元はただの木箱のはずなのに、重厚感さえ増している。リョンドン領の紋である可愛らしい林檎のマークが不釣り合いに感じるぐらいだ。


「それで、この引き出し部分には、見えない所に針金で作った鍵を付けたんです。気休めみたいなものですけど、気づかなければ引き出しが引っ掛かって開かないんです」


 リャーナが自分の収納袋から、何故か持っていた針金を器用に曲げて、引っ掛けるだけのカギを作る。それを平民が良く接着剤代わりに使う粘度の高い植物をすり潰してくっ付け、本当に子どもの手遊びみたいなカギを付けた。魔力で光る机には全く相応しくない、ちゃっちい鍵だった。


「ハイ! これで完璧な再現ができました! 」


 にこっとやり遂げた顔のリャーナがジョットとヨハンナに振り返ると。2人は瞬きもせずに林檎木箱の机を見つめていた。


「ジョットさん? ヨハンナさん?」


 リャーナが目の前でひらひら手を振ってみたが、2人はピクリとも動かない。具合でも悪いのかと心配になり始めた頃、まるで油が切れた立て付けの悪いドアみたいにぎしぎしと、2人が動き出す。


「リャーナ様、い、今のは」


「こ、『固定』と『防護膜』って」


 震えながら机を指さす2人に、リャーナはああ、と納得して笑う。


「あ、すみません。結構古い魔術陣なんですけど、『固定』と『防護膜』って、割と色々な所で使われているんですよ? 昔は古い砦とか、外壁とかに頻繁に使われていたんです」


 知っている。魔術師だったら『固定』と『防護膜』の魔術陣は誰でも知っていて当然だ。

 ただし知っているのは『固定』と『防護膜』の魔術陣が存在していたという史実だけだ。

 

 遥か昔、失われた魔術王国といわれるジーランド王国が開発した魔術陣。魔術が発達し、栄華を極めたジーランド王国時代、多くの魔術陣が開発された。その後戦乱でジーランド王国が滅亡してしまい、その魔術陣の記録は殆ど滅失してしまったが、そんなジーランド王国時代の魔術は『古代魔術陣』と言われ、今でも研究者たちがその謎を解き明かそうと研究を続けている。


 『固定』と『防護膜』の魔術陣も、古代魔術陣の一種であり、未だに解明されていない魔術陣の筈だ。古くからある砦や城の城壁、街を囲う外壁にその名残が残っている程度で、現存している魔術陣はない。さらにジーランド王国時代の書物は希少なうえ、そこで使われているジーランド古代語は非常に難解な言語であり、読み解ける人も少ないので、再現は難しいといわれているのに。


 改めて林檎木箱の机を見てみれば。淡く光る魔術陣を構築するのはジーランド古代語で。史実の通り表面は冷やりとしていて、内部で魔力が強固に絡みついているのを感じた。


「や、やばい。これ、本当に『固定』と『防護膜』っぽい。魔術研究所が長年研究している魔術陣がこんなところでよりにもよって、俺が興味本位で作った林檎木箱の机に……!」


「なんて書いてあるのか所々しか分からないけど、皇国秘蔵のジーランド王国の魔術書に書かれた魔術陣と、一致しているような気がする」


 ジョットとヨハンナは色々な衝撃でプルプルと震えた。2人が一番に思った事は、『これ、今じゃない』だった。

 こんな幻と言われる魔術陣が2つも、何の前触れもなしに、休憩中の執務室で、しかもお遊びで作った林檎木箱の机に施されていい筈がない。もっと華々しい場所で大々的にとか、危機的な状況でドラマチックにとか発表されるべきであって、こんな日常のワンシーンで出て来ていいものでは決してないのだ。


「ええっと? ジョットさん、ヨハンナさん、どうかしました?」

 

 その元凶が、戸惑う様に首を傾げている。何をやらかしたのか、全く自覚がないらしい。

 オロオロするリャーナに、2人はすべきことを思い出して、即座に動き出した。


「殿下を呼んでくる」


「私、人払いと防音の魔術陣張っておくわ」


 常々。リャーナの言動には注意し、もしもの時は最善のフォローをしろとマルクから命じられていたジョットとヨハンナは、阿吽の呼吸で動き出した。

 始めは意味が分からなかった。『もしもの時』とはなんだ、『最善のフォロー』ってなんだと。優秀なリャーナのことだから誰かに狙われていたら守れということかと思っていたのだが。


 もしもの時って、こういうときなんだなと、2人は妙に納得したのだ。

2025年11月17日コミカライズ「高貴な私の番がチンピラだった」

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初回配本限定特典の特別書き下ろしで、「転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう」とコラボしています。

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― 新着の感想 ―
そして、元職場では、超S Sクラスのダンボール机が、誰の目にも触れず、倉庫に運び込まれて置き去りにされているのですね。 誰も魔方陣が読めないばっかりに。 ご愁傷様。 宝の持ち腐れ。
ああ、リャーナがリンゴの木箱の机と言ってた時は「貧しくても可愛らしい話だなぁ」と呑気に思ってましたよ! こんな公表したら世界中の魔術研究者が押し寄せてくるような代物だと知ってたら呑気に感心してたりしな…
ただの リ ン ゴ 箱 そう、た だ の! ふ つ う の!! リ ン ゴ 箱!!! が何故かレア中のレア、SSSクラスのものに本当に何故なった! やらかしたのはリャーナだけどさぁ。 だけど、ア…
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