取り戻した力
俺は神殿に入り、神に祈りを捧げていた。
これからの復讐が上手くいきますようにと。
「レイス君、久しぶりだね」
「ビルギット神官お久し振りです」
俺から記憶を奪い、祝福を封印した神官が隣にいた。
人当たりの良い好々爺といった見た目をしていて、何も知らなかったら優しい神官だと思い続けていただろう。
何せかけてくれる言葉自体は優しいのだから。
「どうだい? レベルは上がったかい?」
「いえ、どれだけ頑張ってもやっぱり上がらないんですよね。トロールをパーティの人たちと倒したのに、全然レベルアップしませんでした」
「そうですか。ですが、神は人に乗り越えられる試練しか与えません。祈りなさい。そうすればいつの日か、あなたの祝福が芽吹くはずです」
敬虔な信者であるビルギット神官は祈りを捧げるポーズをした。
どの口が言うのだろうと俺は神の像を見て、苦笑いした。
神は人に乗り越えられる壁しか与えない。
けど、人は人に乗り超えさせないために壁を作る。街の城壁、心の壁、家の壁、内と外を隔て、敵から身を守るために。
俺の祝福は、ビルギットにとって壁を使って遮るべき敵に映ったのだろう。
「はい。神は人に乗り越えられる壁しか与えません。乗り越えられるように努力します」
「えぇ、神の祝福のあらんことを」
ビルギットはお決まりの祈りの言葉を口にして、俺に背を向けた。
周りには誰もいない。
見ているのは俺に力をくれた神の像だけだ。
「神の祝福のあらんことを」
俺は神の像を一瞥してから、祈りの言葉とともにビルギット神官の背中に手を突き刺した。
「ぐはっ!? レイス君……まさか……封印が解けた……のか!?」
「えぇ、あなたの用意した壁を乗り越えて、取り戻したんですよ」
俺の腕は易々とビルギット神官の腹を貫き、貫いた先で青白く輝く炎を掴んでいる。
その炎が何なのかはすぐ分かった。その人の魂の輝きだ。今まで積み重ねてきた全ての経験が詰まった人生そのものだ。
「や、やめるんだレイス君……やめてくれ! それは私の……!」
「そう。あんたの魂だ。今まであんたが積み重ねてきた全てだ。あんたは知ってるんだろう? 俺の魂魄喰のこと」
「頼む! 食わないでくれ! 私の魂を奪わないでくれ!」
「へぇ、鑑定スキルに、回復の奇跡、記憶封印術か。それに攻撃の光魔法もある。強かったんだねビルギットさん」
「やむを得んか! 浄化の光よ。我に仇なす者を焼け! むぅ! 奇跡が発動しない!? まさか既に……」
「うん、もうあんたの力は全部喰ったよ」
鮮やかで強かった青い炎は、もはや吹けば消えてしまいそうな弱々しい炎に変わっている。
かわりに俺の頭の中に膨大な知識がわき上がり、身体の奥から力が湧いてくるような熱さがこみあげた。
「俺の手に入れるはずだった全てをあんたが奪った。だから、俺はあんたに奪われたモノを全て返してもらう」
「やめろ! 私は君のためを思って記憶を封印したのだ! 君が力に目覚めれば、今の君のように人を襲う化け物になってしまう! そんな力! 人の世界で手に入れていいものではない! 私は君のためを思って封印したのだ!」
俺のため? 親切心? 面白い冗談だ。
そんなもの心の中には欠片も存在しないくせに、ビルギット神官の口から俺のためにややったと延々と語り続けている。
この神官の親切心は胸の中ではなく、歯と歯の間に挟まっているのだろう。おかげで漏れてくる言葉の全てに歯クソみたいな臭いして、吐き気がした。
何故そう分かったかと言えば、ビルギットの魂の炎からこいつの考えていたことが全て筒抜けになっているからだ。
この神官はいつか俺がこうやって能力を奪いに来るのが怖くて、俺の祝福を封印した。さらに、教会で優しく声をかけてくれるのも俺の封印が外れていないか確かめるため。
もはや、命乞いという名の説法を聞くのも嫌になってきた。
だから、俺もビルギットの大好きな神様の言葉を借りよう。
「神は乗り越えられる壁しか与えない。祝福を封じられるっていう壁を、俺は乗り越えた。なら、あんたも神を信じるモノとして、壁にぶつかってみろよ。全部失ってさ」
「や、やめろ!」
「神の祝福のあらんことを」
俺は神へ祈りを捧げる言葉を口にして、弱々しい青い炎を握り潰した。
そして、手をビルギット神官から抜き取る。
すると、ビルギット神官はバタリと倒れた。腹に傷跡はない。
俺の手が貫いたのは肉体ではなく魂だから、傷跡は一切残らない。
だから、ビルギット神官が何故こうなったのか、それは他人には絶対分からないだろう。
「私は……一体……何者……なのだ……。何をここでしていた……のだ? ここは……どこだ?」
全ての祝福とスキルを失い、レベルアップによる肉体強化も失ったビルギットは、やせ衰え震えた手を神の像に伸ばしていた。
記憶も失い、僅かに残った信仰心だけが彼を突き動かしているのだろう。
「おぉ……神よ……。祝福のあらんことを……」
けれど、信仰心など世間の常識の前では全く役に立たなかった。
能力無き者に居場所はない。
その常識通り、神の力をなくしたビルギット神官は神殿から追い出された。その後、無能力者な上に老いた身体のビルギットを受け入れてくれる人は誰もおらず、ビルギットの姿は街から消え去った。




