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辺境伯に嫁いだ魔法使いの奮戦記 ~~辺境のおじさん領主に嫁ぐことになりましたが、何故か待っていたのは可愛らしい美少年でした~~  作者: 風親
第1章

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辺境の魔法使い(前編)

 満月の夜から数日が経っていた。


 あの翌朝以来、ウォーレンさまと顔を合わせるたびに、お互いにちょっとだけ気まずい空気が流れる。

 毎朝の食事の席で目が合うと、二人して視線を逸らしてしまう。

 アビーさんだけがそんな私たちを見て楽しそうに微笑んでいた。


 ただ、その気まずさは嫌な種類のものではなかった。

 むしろ、共有している秘密が一つ増えたことで、距離がほんの少しだけ近づいた気がする。


 ウォーレンさまは相変わらず多忙で、昼間はなかなか顔を合わせることができなかった。

 けれど、朝食の席ではぎこちないながらも昨日あったことを報告し合うようになっていたし、たまに顔を出してくれる昼食の時間は魔法の話で盛り上がった。


(子どもに見えるから、いいのかな)


 朝食のパンをかじりながら、そんなことを思うことがある。

 恋愛経験なんて全然無い私が、こんなに自然に楽しく過ごせているのは、この格好良いながらも幼い姿だからという気がした。


(大人のおじさまの時はあれはあれで……素敵ですけれどね)


 紅茶に口をつけながら、満月の夜のことを思い出してしまう。

 本来の姿になったウォーレン伯爵は立派な大人の男性で、あまりにも緊張して最後には気を失ってしまったわけだけれど。


(はっ、ついニヤけてしまいました)


 大人の自分自身に嫉妬しているらしいウォーレン少年にばれないように、無難な笑顔を作って誤魔化した。


 そんなある日の朝のことだった。


「サディア。町にでも出かけようか。ふ、二人で」


 しばらく休日など関係なく忙しかったウォーレンさまだったけれど、やっと公務が落ち着いたらしい。

 朝食の席で、さりげなく『サディア』と呼び捨てで誘ったつもりらしい少年姿のウォーレンさまは、そう言ったあと私にじっと見つめられて照れて視線を逸していた。


「ええ。喜んで。誘っていただいて嬉しいです」


 私は、別に気を使ったわけでもなく、本当に嬉しかったので笑顔で応じた。


 朝食後、すぐに支度を調えた。

 そもそも持ち物も服もそんなに選べるほど持ってきていない。

 この屋敷に来た時の礼服はさすがに仰々しいと思ったので、それ以外で一番綺麗なワンピースを選んだ。

 だから支度に時間はかからなかったのだけれど、ウォーレン少年は『そんなに焦らなくても』という表情で私のことを待ってくれていた。

 でも、ウォーレン少年も見るからにそわそわしながら待っていた。

 同じ屋敷で暮らしているのにと思う。

 そんなところが可愛らしい。


「嬉しいのですが……。ウォーレンさまはその姿で町に出てよろしいのですか?」


 玄関に向かいながら、そう聞いてみた。

 普段の公務の際は、幻覚で年相応の姿を見せていると仰っていたので、この可愛らしい少年姿は秘密にしないといけないのかと思っていた。


「大丈夫だろう。伯爵ウォーレンが今この姿だということを知っているのは一部の側近だけだから。一度町に出てしまえば、結びつけるものはない」

「そう……ですね」

「サディアもまだ、町の人には有名じゃないし。引っ越してきた若い恋人がデ、デートをしているようにしか見えないだろう」


 ウォーレン少年はそう言いながら、ちょっと緊張して照れていた。


(それよりも恋人に見えるでしょうか。年が離れた姉弟にしか見えないのでは……)


 これは口にすると怒られてしまいそうなので言わないことにしておいた。




 そんな話をしていたのにもかかわらず、お屋敷から一歩外に出たところで早速絡まれてしまった。


「ウォーレン君。結婚するって本当なの!?」


 二人の女の子が勢いよく駆け寄ってきて、ウォーレン少年に詰め寄った。

 顔はよく似ているのでおそらく姉妹なのだろう。きれいな金色の髪を片方に寄せて結んでいる少し落ち着いた感じの子がお姉さんで、ツインテールにしている強気そうな方が妹という気がした。

 少年の姿のウォーレン伯爵よりもさらに年下に見える。

 学生であったらまだ初等部の年齢だと思うのだけれど、この年頃は女の子の方が大人びて見えてしまうのか、中身は大人のウォーレン少年であっても向かい合うとあまり年齢差が感じられなかった。


 そんな可愛らしい姉妹は、ウォーレン少年の隣に立っている私のことを同時に見た。

 二人とも一度は『え? この女』と困惑した様子のあと、明らかに敵視した目で睨んでいた。


「ええと、こちらの方たちは……どなたですか?」


 遠慮がちに隣のウォーレン少年に聞いてみたのだけれど、小声で言ったのにもかかわらず女の子二人にも聞こえていたらしく、お姉さんの方に先に答えられてしまった。


「私たちは、ウォーレン君の乳兄妹のウォリスとマーシャです」

「乳兄妹?」

「都の人にはわからないかもしれないけれど……この地方では乳兄妹は、実の兄弟と同じくらい。いえ、それ以上に固い絆で結ばれた存在なのよ」


 マーシャというらしい妹さんが、小さく平らな体を少し反らせながら自慢気に説明してくれた。


「いや……俺はお前たちの母親に育てられたわけじゃないから……」

「え? 嘘。姉さんと一緒にママのおっぱい飲んで育ったのでしょう?」

「の、飲んでないから!」


 ウォーレン少年は私の方を一度ちらりと見て、慌てたように弁明していた。

 別に幼児に戻っていた時の話なのだから気にしなくてもと思うのだけれど……うーん、でも、今までの話からすれば一番幼かった時で三歳くらいだろうかと計算していた。


 ちょっと私は『ふーん。そうですか』という表情をしていたのかもしれない。

 だから、ウォーレン少年は慌てている気がした。


「それで、ウォーレンお兄ちゃん。結婚するの? もしかして、こんなおばさんと?」


 お、おばさん……?

 い、いやそれはあなたたちから見れば十歳近くも年上かもしれませんが、まだまだ全然若い……つもりなのですけれど。


 頭の中で反論しようと思ったけれど、妹の方のマーシャちゃんの言葉に私はショックを受けて元気を失っていた。


「わかってるわ。政略結婚ってやつよね。ウォーレン君は、都の貴族と繋がりをもつために何の取り柄もない売れ残った娘さんを引き受けたのでしょう?」


 大人しそうに見えたけれど、お姉さんの方のウォリスちゃんもなかなか辛辣だった。

 うん、確かに都の貴族の同じくらいの年齢の娘さんで婚約もしていないのって私くらいだったかな……と思い出して少しへこんでいた。


「でも、ウォーレン君。冷静になって! 数年後にもっといい人が現れる……かもしれないから」


 ウォリスちゃんは自分が素敵になるからと言いたいのだろう。

 私は『確かにそうかもね。もっといい令嬢だっているかもね』と言い返す元気も奪われて、ウォリスちゃんの言葉にただうなずいてしまっていた。


「も、申し訳ありません」


 お屋敷から慌てて走ってきたのはメイド服姿のアビーさんだった。


「ウォリス! マーシャ! 外では伯……ウォーレン君に話しかけないように言っていたでしょう!」


 アビーさんのお叱りに二人の姉妹は『あっ』という声を出して、すっかり忘れていたと申し訳なさそうな顔をしていた。


「この二人の可愛らしい女の子たちはもしかして……」


「サディアさま。失礼をいたしました。わ、私の娘でございます」


 アビーさんは頭を下げながら私の側にきて耳元で囁いた。


「手が足りない時に、遊び相手……いえ、身の回りのお世話をしてもらっていました。伯爵であることは知っていますが、呪いのことは知らないのです」


 アビーさんの説明に私は何度もうなずいていた。

 なるほど……。

 小さい頃から一緒にいた、見た目もきれいな男の子が実は伯爵だった。そんな伯爵に淡い──いや、もうおませな女の子ははっきりした恋心を抱いていたのに、いきなり年の離れた女性と婚約してしまった……と。


(確かに……これはショックで慌てるよね)


 恋愛ごとに疎い私でも、さすがに察して同情してしまう。


「ウォリス。マーシャ。こ、この人は俺がちゃんと自分で選んだ人だから! ……その、仲良くしてくれると嬉しい」


 ウォーレン少年は私の手を握りながら、そう宣言した。

 大人の知識として知っているのだ。ここははっきりと言った方がいいと。

 でも、私の指を握る力がいつもより強いのが少し気になった。


「だ、騙されているのよ」

「ウォーレンお兄ちゃん。目を覚まして!」


 可愛らしい姉妹は、今にも泣き出しそうにそう言うと走って逃げていってしまった。


(いつか、本当に仲良くなれるといいんですけれどね)


 心の中でそう思いながら、二人の小さな背中を見送った。




「行こうか」


 アビーさんたちに急かされて追い出されるように見送られて、私たちは当初の予定通り町へと繰り出した。


「ふふ。伯爵は女の子たちに好かれてますね」


 あまり触れてほしくなさそうな雰囲気だったけれど、あえてからかうように言ったら、握った手に力を込められて早足で引っ張られてしまった。


「わー。賑やかな通りですね」


 ようやく歩みが遅くなり、連れられてきたのは町の中央通りだった。

 到着した日に馬車から眺めたことはあったけれど、実際に昼間に中を歩くのは初めてで、人の多さに戸惑ってしまう。


「ちょっとごちゃごちゃしているけれど」

「でも、私はこういう町並み好きですよ」


 都の大きく洗練された店が並ぶ大通りも嫌いなわけではないけれど、露店や屋台が所狭しと場所を取り合っているこういった町の通りの方が好きだった。


「魔法関係の掘り出し物がありそうな気がします」


 半分冗談で言ったのだけれど、歩きながら見回していると本当に興味深い魔力を持った品が多そうな気がしてしまう。

 異民族が持ち込んだ魔法の道具は、都では見かけない珍しいものばかりで興味深い。一見がらくたに見える品々の中にも、面白いものが眠っていそうで、あちこち探し回ってみたくなってしまう。


「あまり、裏路地の方には行くな。異民族も多い」

「危ないですか? この町に来ているのは伯爵に友好的な民族だと思うのですが」


 手を引っ張られて、奥に行くのを止められてしまう。

 少し意外だったので振り返って伯爵に確認した。


「確かに、この町に来ているのは友好的ではあるけれど……。この辺の民族の文化は様々だから……。女性と見たら口説かないと失礼だと思っている奴らとか、アミオット族の連中ときたら、さらってでも抱いてしまえば、もう自分の嫁にするやつらだったりするから……」


 結構、早口で言い立てられてしまった。


「要するに、私が変な男に口説かれないか心配なんですね」


「うっ、ああ、そうだよ」


 少し過保護に思えた伯爵をからかうように言ってみたけれど、素直に肯定されてしまった。

 都も裏路地には怪しいところがあるけれど、この町の危険なところは都とは違う直接的な危うさがあるのかもしれない。


「わかりました。伯爵から離れません」


 引き止めるために掴まれた手をそのまま繋いで、私たちは町の通りを眺めながら歩くことにした。


「何か買ってあげようか?」


 そわそわしながら露店を眺めていたのがわかってしまったのか、ウォーレン少年はそう聞いてくれた。

 伯爵なのはわかっているのだけれど、見た目はまだ幼さの残る少年に何か買ってもらうというのは何か悪いことをしている気がしてしまうのでしばらくは遠慮していた。


「まあ、ほら、今日の記念に……」

「そうですね。初デートの記念に買っていただきましょうか」


 はっきり言われると恥ずかしいのか、また照れて視線を逸らされてしまった。

 可愛いと口に出すと怒られそうなので黙って、アクセサリーを飾っている露店に近づいて眺める。


「では、これがいいです」


 私は鎖が一部ついている以外はシンプルな革製の腕輪を選んで、ウォーレン少年に差し出した。


「ずいぶん地味だけど、これでいいの?」

「なんだか不思議な魔力を感じます」

「そう……?」


 魔法にはそれなりに精通しているウォーレン少年もあまり感じないらしくて、腕輪をつまみながら首を傾げている。


「すごい魔力が秘められているとかではないのですけれど、調べてみたいのです」

「研究対象か」


 ウォーレン少年は苦笑しながらも腕輪を買ってくれた。

 記念なんだからもっときれいなものをあげたいと思っていたらしい。


「もちろん、大事にいたしますよ」

「解体した後にかな」


 笑っている私たちを露店の店主は不思議そうな顔で見ながら会計に応じていた。

 最初はこんな腕輪で魔力について語っているのを不思議がっているのだと思ったけれど、どちらかというとこんな幼く見える少年におねだりしている私のことを大人なのに酷いやつだと思っているのだとわかると、恥ずかしくなってそそくさと店を後にした。




「楽しかったです」

「うん、俺も久々に町を歩けて楽しかった」


 その後は、屋台で都では見たことのない麺類の食べ物をいただいた後、再び町の中を見て回りお茶をした。

 もう日も傾いてきたので、私たちは町の外の方を回りつつお屋敷への帰路についていた。


「いい眺めですね」


 町の西側の外周は少し盛り上がった土手になっていて、私たちはその上を歩いている。

 すぐ下には川が流れていて、その先にはきれいな緑の草むらが広がっている。

 さらにその奥の遠くには小さく湖が見えるのだけれど、今の時間は夕日の光が湖に揺らめきながら輝いていてきれいだった。


 あの満月の夜に、屋根裏部屋の窓から見た湖だ。あの時は月明かりに照らされていたけれど、夕日に輝く姿もまた違った美しさがあった。


「あっ、そうだ。さっきの腕輪」


 ウォーレン少年はふいに立ち止まると、懐から町の露店で買った腕輪を取り出した。


「つけてあげる」

「はい」


 なんで今なのだろうと思いながらも、私も素直に立ち止まって手を前へと差し出した。

 横からの夕日に照らされているので、左手の手首には赤みがかった色の腕輪がつけられたように見えた。


「屋敷に帰ったら、ちょっと長さは調整したほうがいいかもな」


 そう言いながら、私の左手を裏返して確認している。


「ちょうどいいと思いますけれど……ありがとうございます」


 本当に特に違和感もないのでそう言ったのだけれど、ウォーレン少年はまだ私の手を触り続けていた。

 何かを待っているのだろうかと思った次の瞬間、思い切ったように引き寄せられた。


「あ」


 反対側の手が私の腰に回された。

 抱きしめられて、顔が間近に迫ると、私であっても何がしたいかくらいはわかる。

 断る理由もないので、大人しくされるがままになっていた。

 ちょっと背伸びをして、私の唇と唇を重ねようとするのが妙に愛おしい。

 目を閉じて、唇が触れるのをただ待っていた。


「んっ」


 唇から手と体が離れて、再び私が目を開けると、差し込む夕日の光も相まってウォーレン少年の顔は真っ赤だった。


 口ひげはない。だから、あの夜のくすぐったさもない。少年の唇は、柔らかくて温かくて、ただそれだけだった。

 それなのに、胸の奥がきゅっと締まるような気持ちになるのは、どうしてだろう。


「ふふ、この時間で、この場所の景色がいいから帰る時間を決めていたんですね」

「そ、そうだよ」


 私にそう言われて、ウォーレン少年はさらに真っ赤になっていた。

 やりたかったことを言われてしまって、ちょっと恥ずかしかったのかもしれない。


「もう、お屋敷でいつでも一緒にいられますのに」

「思い出は大事だろう」


 すねたように一歩前を行って歩き出してしまった。

 微笑ましく見ていたけれど、これは本当に子どもだったらそんなことを考えないのかもしれないとはっとした気持ちにもなった。


「ロマンチストですね。そういうところ、好きです」


 私はそう言いながら、追いかけてウォーレン少年の手を握った。


「ああ、じゃあ、屋敷に帰ろうか」


 ウォーレン少年はそう言って手を離さずに握ったまま歩いてくれたけれど、照れているのかお屋敷まで目を合わせてくれることはなかった。


 それが少し残念で、でもとても楽しかった。


(ここに来てよかったのかもしれない)


 夕焼けに照らされたウォーレン少年の横顔を盗み見ながら、そう思い始めていた。


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