暫定王都
御前会議の広間には、王国の重臣たちが顔を揃えていた。
私は、大人の姿にかけ直したウォーレンさまの後ろに控えている。立場としては、兵の代表のガルシアさんとお付きの魔法使いとしての私という感じだった。
「このまま、国境沿いを固めつつ、都を復興させていくでいいのではないか?」
最初に口を開いたのは、気難しげな面持ちの内務卿モンターノさまだった。周囲の様子をそっとうかがいながら、静かに言葉を発する。
せっかく無事に王都に戻ってこられたのだから、なんとかこのまま余計な予算を使わずに王都を復興させたいという思いが伝わってくる。
「カルガン族も攻め手はないのであろう? なぜずっと西の土地にいるのか?」
それでも、不安には感じているらしくモンターノさまは、周囲の特に軍事に詳しい人たちに意見を求めていた。
「未開拓の土地を足場として固めつつ、我々が領地に戻るのを待っているのかもしれませんな」
そう言ったのは、小太りで少しのけぞりそうに話すブライス公爵だった。ウォーレンさまと一緒に王都奪還に動いた有力貴族の一人だ。
ただ、あの戦で挑発に乗って独断で突撃し、多くの兵を失ったのもこの方だった。そのせいか口調にはかつての勢いがなく、周囲の視線もどこか冷ややかだ。
「そ、それは確かに不安だが……。王都を落とせるほどの力もないであろう?」
モンターノさまは少しでも安心できる意見を聞きたそうに、周囲を見回して、なぜかウォーレンさまの方に助けを求めるかのような視線を送っていた。
「残念ながら現在の王都は、守りきれません。奇襲に弱いかと思います」
ウォーレンさまの代わりに、答えたのは傍らに立つガルシアさんだった。
「相手に優秀な魔法使いもついているので、急場の結界は無力です」
私も静かに言葉を重ねた。
ふとヴィクトルたちの姿が脳裏をよぎる。けれど、あの一団だけでなく、カルガン族には優れた魔法使いが何人もいる。
私の発言に、広間が一斉にざわめく。
まるで私の意見が魔法使いの代表のように扱われていて、少し妙な心地がした。
王宮魔道士のご老人は、悔しそうな表情で唇を噛みしめている。
あの城門前で、裏切った若い魔道士たちに手も足も出なかった人だ。かつては彼らの上役だったと聞く。反論できる要素はないと分かっているからこそ、体を小さくプルプルと震わせるばかりだった。
「一つ、ご報告しておかねばならないことがある」
すっとウォーレンさまが、静かに立ち上がった。
まるで弟子の発言を補足するかのようだった。
「我が方の調べで、敵の狙いが見えてきた。……奴らは、ただ領土を奪いに来たのではない。カルガンに伝わる『古代の術式』を掘り起こそうとしている形跡がある」
広間が、ざわりと揺れた。
「王宮の禁書庫が荒らされていたことは、皆もご存知だろう。持ち去られたのは金銀ではない。古代魔法に関わる文献だ。裏切った若い魔道士たちの『研究』の方向も、それを裏付けている」
(古代の、魔術……)
私の頭に、イーディスさまのノートの一節がよぎった。
『幼児に戻る呪いの根源は、カルガン族に伝わる古代の秘術にある』。
隣を見上げると、ウォーレンさまは表情ひとつ変えずに続けていた。けれど、後ろに組んだその手が一瞬だけ強く握られたのを、私は見逃さなかった。
「人の身を、人の理を作り変える外法の術だ。あれが戦場に出てくれば、城壁の高さも人口の多さも、意味を持たない」
ウォーレンさまの言葉に、広間はしんと静まり返った。ただ重苦しい沈黙というよりは困惑しているという感じが伝わってくる。
魔法に詳しくない人たちにとっては、何か得体のしれない恐ろしい術が動いているらしい、そしてこのままただ守るだけでは危険らしい。そんな共通認識が、広間にじんわりと広がっていくのが感じられた。
ひとまず、それだけが伝われば十分だろうと、私はそっとウォーレンさまと目を合わせ、静かに頷き合った。
「ならば西へ討って出るまでよ! カルガンの本隊を叩いて王都の近くから蹴散らせば済む話であろう!」
野太い声を上げたのは、軍務卿ドゥランさま。鎧の方が似合いそうな偉丈夫で、とにかく声が大きい。
やっぱり、そう言うだろうな……と納得はするけれど、思わずため息をつく。
でも、もうこれ以上誰かが戦いに巻き込まれるのは見たくないし、ましてウォーレンさまがまた前線に立たされるのは耐えられなかった。
「そんな金がどこにあるか! 役に立たなかった騎士団にも王都の復興を手伝ってもらいたいくらいだ」
モンターノさまが、予算をあずかる者の顔で強く反論した。
「それに、あまり西の方に大軍を向かわせますと、諸外国の……。特に帝国の反発を生んでしまう可能性があります」
その隣に控えていた外交官らしい初老の男性が、言葉を選びながら続けた。
隣国である帝国とは、ここ最近こそ大きな争いは起きていない。けれど、それも国境付近にさまざまな民族が存在し、緩衝地帯の役目を果たしてきたからだ。もし自分たちの町のすぐそばに大軍が駐屯すると知ったら、誰だって穏やかではいられないはずだ、と私も思う。
当然、ドゥランさまは『なにぃ』と怒りを隠さずに睨みつけていた。
「双方、まずは落ち着かれよ」
白髪の宰相オルテガさまが、慣れた様子で場を捌いていく。
議論は割れて、堂々巡りになりかけた。
その時、それまで静かにしていた一人の文官が、おもむろに口を開いた。
「恐れながら……一つ提案がございます。それは、南方の都市への一時遷都にございます」
財務卿バルデスさま、と誰かが囁くのが聞こえた。
五十絡みの、隙のない身なりの人だった。物腰は柔らかく、声はよく通る。
「遷都?」
意外な提案に一同は、静かになり、バルデスに視線を集めた。
「あくまで一時的に、機能だけを移動させます。奇襲を受けたとしても、政務は止まらないように。被害が最小限となれば、奇襲をする意味もなくなりましょう。そして、離れた都市から人や物資を送り込み旧シェティ領から、敵を追い出し、守りを徐々に固めていくのです」
「……なるほど」
私だけが実家の名前が出たのでびくりとしたけれど、聞きやすい弁舌に一同は耳を傾けていた。
オルテガさまが真っ先に大きく頷くと他の人たちもいい考えだと頷いていた。ドゥランさまだけはまどろっこしいと思っているようだったけれど、それでも追い出す軍を向けることはできるのであればそれで良いと考えているようだった。
「して、実際に機能を移動させるとなると、どこがいいか?」
「それはもちろん、我が出身のアウレリアでしょう」
笑顔で財務卿バルデスは答えた。なんとなくこの辺は同郷のオルテガさまとも示し合わせていた気がしてしまう。
「人口、城壁、財政。いずれをとっても、南方の商都として名高いアウレリアに勝る避難先はございません。財務の面から申し上げても、それが最も傷の浅い道かと」
(……まあ無難よね)
私でさえ思わず頷きそうになる、揺るぎない説得力だった。
ただ、他の大臣や領主たちは、財務卿バルデスの思惑通りになることを権力闘争的に危険だと思ったのか反論していく。
「アウレリアは商都としては確かに立派でございましょう。ですが、格式と前例を欠きます。旧王家ゆかりのオルダイスならば、かつて宮廷機能を置いた記録もございます。儀礼も官僚も、すぐに整えられましょう」
モンターノさまが、真面目な顔で別案を出した。
なるほど、伝統があり、古の王宮もある。私は行ったことのない街だけれど、賛同するかのように大きく頷いている人もかなりいた。
ただ、安全かと言われるとかなり疑問のある街だとひそひそと話されてもいた。
「オルダイスなど、カルガンに一突きされたら終わりだ! この非常時に移動していただくならフォルテッラ一択だ。武器も豊富にあり、兵站もしっかりしている。そこからすぐにでも叩きにいける!」
ドゥランさまは、怒鳴るように自分の案を押し出した。
ただ、王家が一時的にせよ滞在する街かと言われるとみんな懐疑的で、まともには取り合ってはくれなかった。
「財政の都合ばかりを優先しては、民の信頼を損ねましょう。それに、遷都先の選定は公平であるべきだ」
「おっしゃる通り。いくら一時的とはいえ、特定の商都、しかも財務卿の御出身地へ、となれば……」
別の貴族たちが、意味ありげに言葉を濁した。
直接は言わないけれど、『バルデスさまの庭に、王権ごと引っ越すのか』という含みが、はっきり聞こえた。
バルデスさまは、それでも柔らかい笑みを崩さない。
けれど広間は、もう彼の提案一色ではなかった。アウレリア、オルダイス、その他、各々が各々の都合のいい町を抱え、議論は裂けていく。
「またいつもの流れになってしまいましたね……」
私はウォーレンさまにぼそりとつぶやいた。
「俺はアウレリアでいいと思うんだがな。さっさと決めてもらいたいところだ」
ウォーレンさまは、苦笑しながらそう答えた。
うちのような辺境からしたら、どこも一長一短で大差はない。
そう言いたげだったけれど、ここでウォーレンさまが口を挟むとそこに決まってしまい。他の陣営から恨みを買ってしまいそうな気がする。
だから、ウォーレンさまはただ静観していた。
しかし、広間の空気は、ゆるやかにまとまるどころか、ますます絡まっていく。
さすがにこのままでは無意味な時間が過ぎていくだけだ。間に入った方が良いのかもしれない。ウォーレンさまもそんな気になったのか立ち上がろうとした。
そこへ。
しん、と広間が静まり返った。
その静寂を破ったのは、国王陛下だった。
ゆっくりと、玉座から立ち上がる。
「よく分かった。カルガン族の思惑通りにはさせぬためにも、王都の機能を余とともに移すことにしよう」
そう宣言した。
それはもう決まっているようなことだった。
それで、どの街に行くのか。広間の全員が固唾を呑んで、次の言葉を待った。
私とウォーレンさまだけは、どこか他人事のように。
「……余は、ウォーレン伯爵の地に行く」
広間が、凍りついた。
「えっ?」
私だけが緊張感のない声をあげていた。ウォーレンさまは私の声に驚いてこちらに視線を向けたけれど、困惑しているのはウォーレンさまも同じようだった。
「お、お待ちください」
今まで言い争いをしていた大臣や領主たちが、一つになってその決定には一言申し上げようとする。
しかし、国王陛下は彼らを制するように先に話しはじめた。
「もちろん、フォシア辺境伯領は、カルガン族の本拠地に近いことは分かっている。だが、それだけにカルガン族からの攻撃に対してここ数十年備えていて、大きな被害を受けたことはない」
「それは名将であるウォーレン辺境伯の力が大きい」
陛下が続けて、そう言うと広間の視線が一斉に私たちに向けられた。
尊敬や妬み、さらにはこちらの出方をうかがう鋭いまなざしも含めて広間の視線には、さまざまな感情が入り混じっていた。
「し、しかし遠すぎはしませんか?」
モンターノ内務卿が戸惑いながら、そう尋ねる。
あんなど田舎になんてと言いたそうな表情を隠してはいなかった。
「近いことに意味はない。むしろ、西に集結しているカルガン族と連携させてはならん。それに古代魔法とやらがどの程度のものか分からない以上、王都からは遠い方が良いだろう」
陛下は、普段はあまり政治にも口を出さないらしかった。特に戦のことはさっぱりだとウォーレンさまも言っていた気がするけれど、なかなか説得力のある宣言に大臣たちも黙ってしまった。
「私はそんな辺境になんて行きませんよ」
そう言ったのは、王妃さまだった。
単に陛下に対して愚痴った発言だったのかもしれないけれど、静かになった広間で妙に響いてしまい。王妃も恥ずかしくなったのかそのまま奥に引っ込んでしまった。
「無論、ついてきたくないものはこちらに留まってくれて構わない」
陛下は苦笑まじりに、やや穏やかな表情になって大臣たちに告げた。
王妃さまをはじめ、他の大臣が残るのなら王都かアウレリアあたりにいてもいいのではないかという何も語らないままで、腹の探りあいをしているのが伝わってくる。そんな時間だった。
「私は、陛下についてまいります」
静かな広間の中に透き通った声が響く。宣言したのは、王女アリシアさまだった。
いつも控えめで、でも誰よりも王都での内政に力を入れていると思われた人物が手を上げたことに広間はざわついた。
(あ)
ちらりと王女アリシアさまが、ウォーレンさまの反応を伺うために視線を向けたのを見てしまった。
危険……。とは思ったけれど、何もできない間に広間の大勢が固まっていく。
「もちろん、我らもお供いたします」
宰相オルテガさまが陛下に対して頭をさげると、他の大臣たちもそれに従った。財務卿バルデスさまだけは……まだ納得していないのか一瞬だけ黙った後、誰よりも恭しく頭を垂れた。
「……御意のままに」
決まってしまった。
こうして、一同が私たちの領地へ移ることが、ウォーレンさまの意見も聞かれないまま、あっさりと決まってしまった。
そっと隣に目をやると、ウォーレンさまもさすがに戸惑いを隠せない様子で、顔をこわばらせていた。
「もちろん、私も父上をお支えいたします」
エドワード王子も爽やかな笑みとともに陛下に頭を垂れていた。
もう大勢には影響はなく、大臣たちもあまりエドワード王子の話を聞いていないようだった。
気にした様子もなく、エドワード王子は、私に向かって笑みを浮かべてウィンクをした。
会議が散会した後、ウォーレンさまと私だけが、小さな一室に招かれた。
供の者を全て下げさせて、陛下は自ら扉を閉めた。
振り返った、その目を見て、私は思わず息を呑んだ。
ウォレ君に頬ずりしていた人と、同じ人とは思えなかった。
「……伯爵。先ほどの報告、見事であった」
低く、静かな声だった。
「実はな。余も、別の筋から同じ話の裏を取っておった」
陛下は、窓の外の暮れていく空へ目をやった。
「南方の商都に逃げたところで、城壁は外法の術を防いではくれぬ。だが伯爵、そなたの地には翼の魔法使いがおり、カルガンの魔術と二十年戦い続けてきた将がおり……先代の伯爵夫人が遺した研究もあると聞く」
(イーディスさまの研究のことまで、ご存知……)
「賑わった都市へ逃げるのは、ただ隠れるだけのこと。そなたの地へ行くのは、備えるためよ。……余は、備えを選ぶ」
美しいものが好きなだけの、困った王様。
そう思っていた人の目が、今は間違いなく、国を統べる者の目をしていた。
「それと、もう一つ」
陛下の声が、さらに低くなった。
「……伯爵。そなた、シェティ領の売却の件、調べておるな」
突然、私の実家の話を陛下がされたので私は硬直してしまう。
「は。売却を勧めた者が宮中におると、サディアの父上より証言を得ております」
既に同じ情報が陛下へ届けられていたらしくて、陛下はゆっくりと頷いた。
「余の宮中に、虫が飼われておる」
静かな声だった。怒りよりも深い、冷たい何かを湛えた声。
「都に残れば、虫は巣の奥で守りを固めるだけよ。だが、都を離れれば? 王都の再建は始まる。人事が動く。銭が動く。虫は、巣の外に出ざるを得ん」
「……泳がせて、尻尾を掴むと」
「そなたの地でならば、出入りする者も、飛び交う文も、すべてそなたの網の中じゃ。これほどの狩場は他にあるまい」
「余とて、王よ。獅子身中の虫の飼い方くらい、心得ておる」
ウォーレンさまは、しばらく黙っていた。
それから、深く、頭を垂れた。
「……御意。フォシアの地の全てをもって、お迎えいたします」
「うむ。頼んだぞ」
陛下は満足げに頷かれた。
最初から断るのは難しいと思っていたけれど、こうして陛下自らのお言葉で事情を伝えられてしまえば、もう断ることはできなかった。
ウォーレンさまも静かに、しかし確かにその意志を受け止めておられた。
とりあえず一段落した。これからのことを思うと色々大変そうではあるけれど、話し合いも終わった。
陛下も仕事の話は終わりとでもいうように、ぱっといつもの柔和な顔に戻った。
「して、伯爵。ウォレはどこにいるのかの?」
(切り替えが、早すぎます……!)
数日後。受け入れ準備のため一足先に辺境へ戻る私たちを乗せて、馬車は西へ走り出した。
窓の外を、見慣れた王都の景色が流れて、遠ざかっていく。
実家の騒動。同級生の裏切り。王都の陥落と奪還。そして、まさかの遷都。
目まぐるしいにも、ほどがある日々だった。
「……帰ったら、忙しくなるな」
向かいの席で、少年姿に戻ったウォーレンさまが、ぽつりと言った。
「ええ。でも、私はもう慣れました」
「……すまない。静かな生活が……」
「謝らないでください」
私は首を振った。
「私が、ここにいることを選んだんです」
ウォーレン少年は目を丸くして、それから、少しだけ笑った。
少年の顔で、でも、どこか大人の面影のある、穏やかな笑み。
小さな手が、座席の上の私の手に、そっと重なる。
私はその手を、そっと握り返した。
辺境の小さな領地が、王国最後の砦となる。
そして、私たちの穏やかな新婚生活は……まだしばらく、お預けになりそうだった。
第2部完です!
3部(もしかしたら4部かも)で終わる予定です。
そんなにお待たせしないつもりです。しばらくお待ちいただけると助かります。
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