三通の招待状
その昼下がりのことだった。
王城から使者がやってきて、恭しく招待状を差し出した。
「三通も?」
使者から受け取った三通の招待状を、私たちはガルシアさんも交えて机の上に並べ、首をかしげながら見下ろしていた。
国王陛下から先日のお礼も兼ねて招待があるとは聞いていたけれど、三通も届くとは思わず、不思議に思いながら一つずつ封を切っていく。
一通目は、国王陛下から『ウォレ殿』へ。
金の縁取りも眩しい書状には、先日の礼にぜひ登城されたし、とあった。末尾には『後見人たるウォーレン伯爵もご同伴のこと』という一文が、しっかりと添えられている。
二通目は、エドワード王子から届いたものだった。宛名には『天使殿』とあり、つまり……おそらく私への招待状なのだろう。
繊細な飾り文字に、ほのかな香りまで添えられていて、その華やかさに思わず目を見張った。
三通目は、王女アリシアさまから『ウォーレン・フォシア辺境伯閣下』へ。
避難民対策について相談したい、という簡潔で実務的な文面。三通の中で一番まともで、格式のある招待だった。
「王女さま? ウォーレンさま……いつの間に、そんなに親しくなられたのですか」
普通に疑問に思っただけなのだけれど、少しだけ、ほんの少しだけ問い詰めるような口調になってしまったような気がした。
「親しい? あくまで仕事の話だ」
ウォーレン少年は、招待状から顔も上げずに答えた。
『心外だ』と言いたい表情に嘘はなさそうだった。
ただ、少し私が怖いのか、面倒くさいのかこちらを見て言ってはくれなかった。
「王女殿下は、戦いの裏で困っている民に目を向けておられた。復興会議での指摘も的確だった。避難民の数を一番正確に把握しておられるのは、おそらく王女殿下だ。……素晴らしい方だと思う」
「そうですか……」
仕事の話だと分かっている。分かってはいるのだけれど、そんな手放しで王女様のことを褒められると胸の奥が小さくもやりとする。
「でも、ウォーレンさまに頼る話ではないと思うのですが……」
王都の周辺の被害や避難民の話であれば、本来は王家直属の人たちの仕事だ。それが難しくても王都に近い貴族たちに頼るべきだろうと思ってしまう。
「まあ……彼らは頼りにならないと見たのだろう。だから、俺に直接お願いをしてこられた。……無下にはできないだろう」
私は、妹婿の顔などを思い浮かべて、苦笑して頷くしかなかったけれど、王女さまが『直接』というところにさらにもやもやしてしまう。
私のそんな内心には全く気づかず、ウォーレン少年は二通目の封書をつまみ上げ、今度はあからさまに顔をしかめた。
「……こっちは、断ってもいいんじゃないか? なんで王子からサディア個別の招待なんだ」
「まあまあ。王子さまから直々のご招待を、無下にもできないでしょう」
私はウォーレン少年と同じ言葉を言いながら苦笑した。
「大体、王子さまが私なんかに本気で興味があるわけないじゃないですか。羽根とか生やしていたから、珍しくて面白がっているだけですよ。もう一度羽根とか生やしてみせたら満足していただけるでしょう」
「……そうだといいがな。いや、サディアのそんな姿を見せてやるのもかなり嫌なんだが……」
ウォーレン少年は納得のいかない顔のまま、ぼそりと言った。
そして問題は、一通目だった。
「こっちも一人だけではないにしても、なんで、ウォレは名指しなんだ?」
ウォーレン少年が怪訝な顔をしながら招待状を見ている。
「ウォレ君が勇ましく戦っている姿しか、見えなかったんじゃないでしょうか」
私は冗談めかしてウォレ君の活躍を褒めてみせたが、当の本人はどこか困ったような、複雑な表情を浮かべていた。
「陛下のご招待について……その、お耳に入れておきたい話がございます」
背後に控えていたガルシアさんが、そっと声を落として口を挟んだ。
「聞き集めた噂ですが。陛下は、その……見目の良い少年がお好きで……器量のいい『騎士の卵』を、小姓や近衛としてお手元に集めたがるとか」
「……え」
私は固まった。
そんなことは……と思いながらも、あの城門前でウォレ君に感謝して抱擁した時のことを思い出していた。
(妙に密着して、熱烈な抱擁だったな……)
「い、いや。陛下は立派な御方だ」
ウォーレン少年が慌てたように言った。
「少なくとも若い頃には、そんな性癖はなかった……と思う」
最後だけ、珍しくかなり小声だった。
(『思う』って言いました。今、言い切ろうとしてやめましたね)
ウォーレンさまにも、何か思い当たる出来事が昔あったのかもしれない。
気にはなるけれど、私が問い詰めるのも変な気がして、それ以上は何も聞かないことにした。
「まあ、なんとか穏便にやり過ごさないとな」
ウォーレン少年は、年若い顔には似つかわしくない、どこか人生の苦労を滲ませた表情でため息をついた。
今このタイミングで、王家とフォシア家の間に少しでも不和の影が差せば、それだけで国の内外にいる敵がつけ込んできてしまう。最悪、国そのものが危うくなるかもしれない。
親密さをアピールしておくことは、重要だ。それだけでカルガン族は手を引いてくれるかもしれない。
それに、私自身は、実家のやらかしの負い目もある……。
こうして三通の招待状は、どれも断れないまま受けることになった。
王家との縁は、この国難の中でむしろ深めておくべきもの。
頭では分かっている。分かってはいるのだけれど、三人が三人とも、それぞれ別の意味で心配だった。
そして、最大の問題は言うまでもない。
「ウォレ君と、後見人のウォーレン伯爵は……同時には存在できません」
夕食後の作戦会議で、私は指を折りながら言った。
王女さまのお相手は、大人の伯爵。陛下のお相手はウォレ君。おまけに私は『天使』として王子さまに個別に会う予定。……いえ、予定には入れたくないけれど、会わないわけにはいかないのだった。
「うまく変化させないといけませんね……」
王宮魔道士がいる王城内で幻覚魔法を使うのはばれてしまう可能性が高い。私は頭を抱えた。
「そもそも、私も国王陛下と謁見してもいいのでしょうか?」
「いいんじゃないか? 俺の……」
「まだ、妻ではありませんし」
私の言葉に、ウォーレン少年は『そうだった』という感じで固まった。
こんなことになるのなら、さっさと結婚式をあげておけばよかった。ウォーレンさまも思っていそうだったけれど、口にはださなかった。
「まあ、先日の王城襲撃ではサディアが俺以上に大活躍だったわけだし、フォシア家第一の魔法使いということで同席してもいいだろう。何なら俺から先に話しておこう。三人ともまとめて同じ日に訪問した方が色々言い訳もできそうだし予定を調整してもらおう」
「なるほど……。後見人のウォーレンさまがいない言い訳を作れると……」
ガルシアさんは、ウォーレンさまの背後で顎に手を当て、うんうんと唸っていた。その表情には、『なるほど、うまいやり方だ』と感心する気持ちと、『でも本当にうまくいくだろうか』と心配する思いが入り混じっているようだった。
「そうなると。替えの衣服の手配。変化の持ち時間の計算。中座の口実に、移動の経路を考えて少し時間を調整してもらう必要もあるかもしれません……」
私は考えこんで、王城の地図まで広げて確認をしだした。
後ろで見ていたガルシアさんが、深々と頷いた。
「……もはや、軍事作戦ですな」
(本当に、どうしてこうなったのかしら……)
その言葉に私たちは苦笑するしかなかった。
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