同級生(一)
王家の一行が、王都へ帰還される日になった。
崩れた外壁の前に、ウォーレンさまをはじめとする諸領主が居並び、王家の到着を待っていた。
都の音楽隊が音楽を鳴らし盛大に出迎える。
街道沿いには、民衆も多く手を振っていた。
命がけで都を取り戻した者たちの、晴れがましい場だ。
王家は、王都陥落の混乱を何とか逃れ、無事に戻ってきた。正直、その後ずっと避難生活を送っていただけで特に何かを成したわけではないのだけれど、そんなことはおくびにも出さず、彼らは威厳を保っていた。
王と王妃は馬車から降り立つと、堂々と民衆に手を振り、出迎えたウォーレンさまや他の領主たちにも労いの言葉をかけた。
王子や王女は、さすがに少し控えめな様子だったものの、両親に倣って凛と振る舞っていた。
そして、その王家の一行の中に、シェティ家の人々すなわち私の父と妹も、まぎれて帰ってきた。
言ってしまえば、おまけのような扱いだった。
国を傾けた家として、表立って歓迎される立場ではない。私はその出迎えの隅に控えていて、人波の合間に懐かしい顔を見つけた。
数ヶ月ぶりに会う父は、ずいぶん老け込んでいた。
「サディア……」
私に気づいた父は、しばらく言葉を失っていた。
都を追われ、命からがら逃げ延びて、憔悴しきった顔。その目に、私の姿がどう映っているのか。
「すまなかった」
父が、深く頭を下げた。
「いいんですよ、お父様。頭をお上げください」
私は慌てて父の肩に手を添えた。
「で、ですが……あんな辺境に、お前を……」
「えっ、ああ、そのことですか」
本当に私としては、全く気にしていなかったことを謝られてしまい困惑してしまった。
元々、都が好きなわけではないし、辺境に行くこと自体は嫌ではなかった。
ウォーレンさまや、周囲の人たちともすっかり馴染んで良いことしかなかったので、何か悪いことをされたという考えさえなかった。
ただ父の方は、私を厄介払いするように辺境へ嫁に出したことに対してはっきりと負い目を抱いた顔をしている。
だからあまり連絡も取りたくなかったのだろう。娘に恨まれていると思ったのだ。
「ウォーレンさまは素敵な方ですし、フォシア領も良いところですよ。今、私は幸せに過ごさせてもらっています」
怯えている父を安心させるように、心からそう言った。
妹は、父の後ろで小さくなっていた。
婿に至っては、もはや顔も上げられないでいる。
二人とも、私と目を合わせることすら、辛そうだった。
「お、お姉さま……。私……」
「無事でよかったわ」
言いかけた妹の言葉を、私は穏やかに遮って、そっと抱きしめた。
細い肩が、震えていた。
(不思議ね。あんなに苦手だった妹なのに)
今は、ただ無事でいてくれたことが、素直に嬉しかった。
妹の細い肩をそっと撫でるようにして、ゆっくりと腕から離した。その動きに合わせて、父も妹も、そして控えめに後ろに立つ妹の婿殿までもが、ふとほっとしたような表情を浮かべた気がした。
たぶん、私がこの再会の場で彼らを責めたり拒絶したりはしない、とわかってもらえたのだろう。緊張が少し和らいでいくのが伝わってくる。
ただ、妹の婿殿だけは、依然として俯いたままで顔を上げなかった。その小さな背中に、ここまでの道のりの重さと、彼なりの後ろめたさが滲んで見える。
(だいぶ心細そう……。ちょっと、大丈夫なのかしら、この人)
そんなふうに思わず心の中で呆れてしまう自分に、ほんの少しだけ微笑んでしまった。
「まあ、先祖代々の国境沿いの領地を売ってしまったのは、大失態でしたけれど!」
そこだけは、つい本音が出てしまった。
国境沿いの先祖代々の土地を、よりにもよってカルガン族の手先に売り渡すなんて。あれだけは、許せない。
「ひっ」
「い、いや、大臣が売っても問題ないというか、売るように勧めてきたのだよ」
私の怒りの剣幕に、妹は怯え、父は慌てて言い訳をしていた。
そして、婿どのは相変わらず頭を下げたままだった。
「大臣たちに敵の内通者がいたということですね……」
私はぼそりと呟いた。
ウォーレンさまが懸念されていたことが、どうも本当らしいということが裏付けされてきているような気がする。
しばし、顎に手を当てて考え込んでいた私のことを、父が信じられないものを見るような目で見つめていた。
「な、何?」
「いや、何というかすっかり立派になったなあと……まさか、お前が救国の英雄になって帰ってくるなんてな」
「きゅ、救国の英雄……?」
あまりに大げさな呼び方に、私は思わず慌ててしまった。
「王都奪還の、一番の功労者と聞いたよ。お前の魔法が、戦の流れを決めたと」
「そ、それはウォーレンさまです! 私はちょっと、お手伝いしただけで……」
必死に否定したけれど、父の表情は変わらなかった。
どうやら、噂はもう、王国中を駆け巡っているらしい。
「火牛を大量に召喚して、敵の大軍を谷底に落としたって聞いたわ」
妹が人生で初めてと言っていいくらいに、私のことを眩しい目で見ながら、そう言った。
(う、うわあ……。変な尾ひれがついている)
気が遠くなる。そんな魔法使えたら、そりゃあ楽勝でしょうと思う。
「サディア」
その時、低く落ち着いた声が、背後から響いた。
振り返ると、大人の姿のウォーレンさまが、こちらへ歩いてくるところだった。
黒い軍服に金の肩章。儀式用の服装のウォーレンさまは、普段より数倍増しで大人の貫禄があるように見える。
王家の相手で忙しいはずなのに、わざわざ顔を出してくれたのだ。
「妻の実家のご家族に、挨拶もしておかなくては」
ウォーレンさまは、父の前で穏やかに微笑んだ。
白髪交じりの髪、彫りの深い精悍な顔、整えられた口ひげ。その堂々たる佇まいに、父も妹も気圧されたように背筋を伸ばす。
「ウォーレン・フォシアです。辺境の地ゆえ、なかなかご挨拶にも来れませんでしたが、シェティ家とは先々代からの付き合い。この度はサディアさんの縁組によって、更に近い存在になれて嬉しく思います」
「こ、これは辺境伯さま……。このたびは、娘が、いえ、我が家が大変なご迷惑を……」
「いいえ」
恐縮しきった父の言葉を、ウォーレンさまは静かに遮った。
「サディアのおかげで、こちらこそ、色々と助かっています。彼女がいなければ、王都の奪還はもっと多くの血が流れていた。妻としても魔法使いとしても素晴らしい」
(う……。そ、そんなに持ち上げないでください……)
顔が熱くなる。
ウォーレンさまは、こういう時、さらりと私を立ててくれる。社交辞令だと分かっていても、嬉しくなってしまう。
そして、父や妹は私の尾ひれのついたエピソードを『やっぱり本当の話なんだ』と信じ込んでいるようだった。
信じないで。
「それでは、これで失礼します。まあ、この度のことは私にお任せください」
ウォーレンさまは、他の領主たちに呼ばれて急ぎ戻らなくてはいけなかった。
王家の人も、たくさんの貴族・領主もいるこの場においてもすっかり中心人物となっていて、少しの時間でもお話したい人で行列ができていた。
「『内通者の一味だとは思われないように、力添えしてあげます』という意味です」
さり際のウォーレンさまの言葉の意味を、私はあまり理解してなさそうにぽかんとしている父と妹夫婦に解説してあげた。
父は感極まったように、去っていくウォーレンさまに何度も頭を下げていた。
そして、妹はというと。
「……今の、格好いいおじさまが、ウォーレンさま?」
ウォーレンさまの後ろ姿を、ぽーっと見つめている。
「あれなら……私が嫁に行っても、よかったなあ」
「こ、こら!」
私は思わず子どもの時のように怒った。
さっきまで負い目で小さくなっていたくせに、現金なものだ。
「さすがにそれはどうかと思うぞ……」
父も、妹のことを呆れた目で窘める。
(……まあ、少しは元気が出たみたいだから、いいことにしましょう)
呆れつつも、なんだか少しおかしくて、私は小さく笑ってしまった。
「はいはい。冗談ですよ。それにしても、恋愛や殿方にも全く興味のなかったお姉さまが、そんなに入れ込むなんて想像もしてなかったわ」
妹にからかうように言われて、私は顔が真っ赤になるのを感じていた。
私は胸を張り、少し照れ隠し混じりに開き直るような笑顔で宣言した。
「ええ、それはもう素敵な私の旦那様ですから!」
思わず口にした言葉は、誇らしさとくすぐったさが入り混じっている。それを聞いた妹は、まるで子どものように瞳を輝かせ、じっと私を見つめていた。その視線の向こうに、憧れや少しの驚き、そして姉への新しい尊敬の気配を感じて、私はますます顔が熱くなるのだった。
そして、妹の旦那はといえば、最後までずっと頭を下げたままだった。
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