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  作者: 左猫右雛
第一章
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9/37

9【欠席】

 店を出て瓮と別れたあと、幸徳池は俺にこう言った。

「――どうだった? 彼女の腕は」

「どうだったって……見たまんまだろ」

「だから、どんな感じだったのか聞いてるんだけど。私の目になってくれないと」

「あ……」

 質問の意味を完全に履き違えていたことに、俺はここでようやく気づく。

 瓮の被った怪我はてっきり誰が見ても明らかで、それこそ明明白白だと俺は思いこんでしまっていたわけなのだが、実のところそれが見えていたのは瓮自身と、俺みたいなタイプの人間だけであって、幸徳池には見えていなかったという話。

 油断大敵。こういう軽はずみな思い込みが一番危ないのだ。自分の見えてるものが、誰かにも同じように見えるとは限らない。幼い頃、そういう油断があったがために、友達を結果的に傷つけてしまったことがあった。だから必要最低限でしか、人との関わりを持たないようにしてきたわけで。自戒を(おろそ)かにしたつもりなんてもちろん無かったのだが、これは今一度、虚心坦懐を心に留め置かねばなるまいと、人知れず教訓じみたことを考えてしまった。

「どうしたの? 煮湯を飲まされたような顔をして」

「的を射て妙なこと言う。その通りたった今、俺は自分に裏切られた気分だったよ。てっきり、あの怪我は誰でも見えると思い込んでてさ」

「そういうことね」

 ということで、俺は見た事実を伝えた。

「でもじゃあ、隠さなかったところで誰かに見られるものでもなかったわけか」

「そうね。でも、隠してくれなかったら私は少なくとも、異変に気づかなかったでしょうね」

「たしかに。俺が見えるタイプだと言っても、知識の前提が無けりゃやっぱ、普通の怪我として見かねないからな。

 ところで、疑うとかってわけじゃもちろん無いけれどさ。儀式、うまくいきそうか」

「平気よ。狗神には狗神の対処法があって、それは昔から連綿とここへ受け継がれている。歴史は人の過ちと教訓の塊。役立てないとね」

「簡単そうに言う」

「簡単よたぶん。曲がりなりにも神とつく方が、道理が通じる可能性が高いから。

 剣道ではルールがあるでしょ? でもステゴロではルールが無い。臨機応変に対応するしかない。そういうのと一緒だと、私は思ってるわ」

「なんだそのヤンチャな例え。そんなもんなのか?」

 なんて会話で別れた帰り道、俺は最寄りの神社で祈願して帰るのだった。うまくいきますように、なんてあまりにも抽象的すぎたかもしれなかったが。

 しかし、そんなことをしてから押し寄せるのは自己嫌悪。

 こういう時だけ参拝して、柏手なんて打っちゃって。普段は足なんて運ばないし、神なんて意識すらしないのに。都合の良いものである。

 とは言え、そんなのはあくまで人間ベースの考え方であって。神様ベースで考えればむしろ、毎日来られても困るわ、意識されても気持ち悪いわ、なんて思ったりするのだろうか。奇しくもこれから相手をするのは噛みつく神、狗神である。

 ならば、その神はいったい何を考えて現れているのだろうか。そもそも、考えや思いというのは彼らにあるのだろうか。そう思ってはみたものの、やはりそれこそ考えるだけ無駄なのかもしれなかった。だって、瓮の心中ですらたいして分かることができちゃいないのに、神のソレなど烏滸(おこ)がましいというものだ。無礼千万、噴飯(ふんぱん)ものであろう――


⭐︎


 翌日。俺は大江戸から、瓮の追加情報を手に入れるのだった。

 春先からスランプに陥っている――騙し騙しやっているようで、実のところ本人にとっては、思うに任せない結果ばかりだそう。

 そんな悩みを抱えていたとは、夢にも思っちゃいなかったので、驚きを禁じ得なかったのは事実だ。

 だってこの前の試合、予選とはいえぶっちぎり。決勝もやはり一着だったらしいし。だが、それでも全国レベルになると違うのかもしれない。


 そして迎えた水曜日、儀式前日。

 『無遅刻無欠席』という実績を、ちょっとサボったり休んだりしている俺に対して、当てつけのように話していた瓮はこの日――学校を休んだ。

 風邪らしいが、ラインは既読にもならず電話も出ない。これに一抹の不安を抱えることとなった俺は、幸徳池に昼休みを待って相談したのだった。

「瓮さんが、休み?」

 蓼食う虫も好き好きというか、バナナミントジュースなんてものを吸った幸徳池は、そう返してきた。

「風邪らしい。念のため聞いときたいんだが、体調とかってやっぱり関係したりする? 明日じゃんか、儀式って」

「そうね。その方が幾分良いと思うけれど」

「なら、延期した方が良いか? 明日までに治るか分からないんだし。それこそ病み上がりでやらせるのも、どうなのかなって思ったんだ。でも俺には、儀式のこととかよく分かんないし、だから相談ていうかさ」

 とは言ったものの、俺は別の可能性を頭では考えていた。

 一つは、彼女に予期せぬ事態が起こっている可能性。もう一つは、あまり彼女らしからぬ事とは思うが、儀式を手前に怖気付いてしまった可能性。

 しかし、本当に風邪を拗らせてしまっていて返事ができなかった、なんていうことも可能性として無くはないだろう。

 いずれにせよ確かめねばなるまいし、場合によっては遅らせるなどの対応が必要だろうと考えていたわけだ。

 幸徳池は口篭る。

「もしかして、決めた日には特別に何か意味があったりしたのか?」

「……いえ。まぁ、日にちを先送りにする分には問題無いわ。もちろん限度はあるけど」

「そっか、良かった」

「ただ、剣見君的な考えをそれこそするのであれば、儀式の日取りより彼女自身の方をひょっとすれば案ずるべき、なのかもね」

「なに、どういう意味」

「考えなくていいことで煮詰まって精神状態を悪化させてしまっていた、なんてことが無ければ良いんだけれどと思ったの。このままどうにかなってしまえば、いっそ楽かもしれない……とか。

 そういう自暴自棄は、この手の怪異を相手取るとき、とりわけナンセンスなのよ」

 先日の幸徳池の言葉。その後の自分を云々は、そう言う意味か。

「もしそういう考えになっちまってたら、もう手遅れだなんて……言わないよな」

「それは大丈夫だと思うわ。剣見君の言葉と瓮さんの証言に基くのなら、たとえいま私が言ったようなことが起こったとしても、普通は簡単に手遅れみたいな事にはならないはず。でも……」

「……でも?」

「こういうのに、100パーセントというのは存在し得ない。絶対も確証もそこには無くって。あるのは傾向と類推。

 彼女を見てみない限りは、というより例によって私は見れないから、剣見君に見てもらったものをもとに判断しない限りは、何とも言い難い部分があるのは否めないわね」

「そっか……なぁ、こんなこと言うとさすがに縁起悪いかもしれないから、ぶっちゃけ気持ち(はばか)られるんだけれど。聞いておかないといけない気がするから、聞いておきたい。

 いま起こり得る最悪の事態って、あいつにいったい何が起こる?」

「そうね……怪我の具合いかんによらず、精神的な本質的な結びつきが強くなってしまうことがあるとしたら……たぶん儀式は早くおこなった方が良いでしょうね。

 でないと、儀式によって狗神を送った時、瓮さんの何かを狗神が奪っていってしまう確率が上がるかもしれないから」

「何かをって、それは例えば?」

「強く結びついた怪異を引き剥がすと、必ず記憶だったり感覚だったり、そういう目に見えないモノが怪異と一緒に引き抜かれてしまうことは珍しくないわ。覆水盆に返らず。つまり原状回復不能、ということね」

「やれやれ、こういう場面で一人にさせておくのは怖い。

 放課後あいつの家に行ってくるわ。たぶんこのまま待ってても、返事が来なさそうだし」

「家、わかるの?」

「分からん。でもなんとかするさ。ちなみに、今日もし必要になったら儀式はやれるか?」

「……まあ、問題ないわ」

「じゃあその方向で。お前携帯無いし、連絡とるのも大変だからな」

「その事なんだけど。実は今度、買おうと思ってるの」

「えっ、マジで?」

「マジで。だから、今度一緒についてきてくれない?」

「別に構わないけど」

 ていうかこんなタイミングで、すごい日常感のある約束を取り付けられても、と思わなくも無かったが。

 そして俺は放課後、瓮の家へ自転車を走らせたのだった――

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