7【剣見フィクション】
「よ、待たせたな。瓮」
「全然。呼びつけたのこっちだし」
短めのスカートに焼けた肌が眩しいぜ。
「どうする? お前が決めれば良いことだが」
ここはあくまで、強引に迫らない。
「……教えて、どうすれば良い?」
真剣な双眸は、今まで見たことない顔つきだ。いや、ひょっとすると試合の時は、こんな顔になっているのやもしれない。やっと得た信用であった。
ところで、これじゃあまりに急展開すぎるので、順を追って説明したい。
ある日の放課後、俺は駅前の本屋に立ち寄った。瓮がいると把握していたからだ。情報源は大江戸。最近の瓮は部活後、一人で駅前の本屋に入り浸っているらしい――と。
ぶっちゃけ探しているのが、参考書だろうがトレーニング本、なんなら百合コミックだろうが、さして俺には関係無かった。きっかけさえ作れれば良かったから。
さて、真相はどうだったか?
彼女が見ていたのは、普通なら立ち寄りもしないだろう、【社会科学】棚の【メンタリティー本】コーナーだった。
そこで俺は、はたと気づくのだ。
普通じゃないことが起これば、それこそ普通は自分がおかしくなったと思うはず。だから、ストレスとかから来る幻覚みたいなのを彼女は心配したのかもしれない。
とは言え、その日は様子見で終え、わざとエントランスでばったり会うようにして帰途へついた。
そして後日……再び本屋で瓮に接触を図る。
「よ。瓮、また会ったな」
「え……!? なんだ剣見。びっくりさせないで、変質者かと思った」
遠回しに俺の気配がキモイとでも言いたいのか。
「この前も買いに来たって言ってたよな参考書。今日は違うみたいだけど。それ、どうしたんだ?」
「あっ……なんでもない。ちょっと興味がね」
すぐに背後に隠されたが、もうしっかり見てしまっていた。『心の病に効く10の方法』。ちなみにこの前は『ストレス社会の過ごし方』だった。
きっとスマホの検索履歴には『噛み傷 幻覚』とかそんなワードが入っているに違いない。
「興味って?」
「ウチ、大学は心理学とかそういうの考えてるから。ここだけの話」
「ここだけの話って言えば、俺もあまり周囲に教えてないことがあってさ……実は、片思いでいま結構、悩んじゃったりしててな」
「好きな人? へぇ、もしかしてウチのクラス?」
あっという間に開く眉……しめしめ、かかったな。
陸上競技が恋人みたいなキャラなのに、恋愛に興味津々だという情報は、大江戸から入手済みなのだ。
「いや、違うよ」
「他のクラス? ウチ知ってる人?」
「先輩なんだ」
「マジで! そっか先輩そりゃハードルあるね。もう話はしたことあるの? ていうかどうやって出会ったわけ?」
予想していたより突っ込んでくるから、俺は少々たじろいでしまう。
「ええと……」
「あゴメン」
「いやいいよ別に。言い出したのは俺だしな」
「うし。オッケー聞く!」
爛々と目を輝かせている姿は、さっきと似ても似つかない。
「聞く?」
「困ってるんでしょ。恋の悩み聞くよウチ」
「いやあの……まぁそだな、困っちゃいるんだけど」
「話してみ。ウチこう見えて恋愛小説わりと読んでるし、友達のそういうのも数多く聞いてんだ。
ライン教えてよ。今日はこれからトレーニングしないといけないし。あとはラインで話そっ!」
「お……おう、分かった」
そんなわけで、方向的には図ったことではあったのだが、展開的には図らずして仲を深めることとなった。
ちなみに、俺の意中の相手役……友情出演で越後を使わせてもらった。夜中遅くまでのやり取り。結局それが三日ほど続くことになるなんて思いもしなかったわけだが。
ともあれ俺はそのラインの中で、瓮に越後との物語を明かすのだった。
いつも一人、図書室で本を読んでいる越後。そんなミステリアスな彼女に俺は一目惚れをしてしまう。挨拶程度は交わせるようになったものの、それ以上は会話というものができずに、ただ静かにそこで過ごすだけだった。好きだからこそ、言い換えれば嫌われたくないからこそ、踏み込めないでいるという嘘八百の物語。
そのときの瓮の反応といえば、まぁ言わずもがなだから割愛しよう。
こんなやり取りを経て、俺たちはクラス内でも時々話すようになり、放課後には参考書選びの合間、本屋で暫し話すことすら生まれた。
野鳥が好きとか、鳥に関する知識が無駄に多いとかいう、特に要らない情報を仕入れるくらいには、着実に仲は進展していったのだ。
ところで、瓮が恋愛についてこんなに興味を持つのは思春期のお年頃だからとか、部活における恋愛禁止からくる反動だとか、そういうのはもちろん様々にあっておかしくないのだろうけれど、俺には少なくともそんなふうには見えていなかった。
普遍的な恋愛という悩み、どうにかしたいけれどどうしようにもできない葛藤みたいなのを、自らのトラブルと重ねているような。暖かい悩みにあやかって、冷ややかな悩みを打ち消そうとしているような、そんな姿に見えなくもなかったのだ。
⭐︎
そしてとうとう俺は某日、核心に迫らんとした。本屋からの帰り際、近くの公園でのこと。
「瓮、いろいろありがとな。おかげで、越後先輩にも話しかけられたし、そのあともちょっと良い感じになれた。もちろん、告白なんてまだ俺には出来ないけど」
「え……あぁうん。まあ、別にウチはなんも」
なぜか赤らむ耳。素直に礼を言われるのは気恥ずかしいものなのかもしれない。案外、可愛いところもあるじゃないか。体育会系的返答を、叱咤激励みたいなのを、てっきり俺は覚悟していたけれど。
「なんか不思議だな」
俺はこの状況に失笑してしまう。
「え、何が?」
「だってほら、二週間前までは全然俺たちって話もしてなかったじゃんか。だのに、今こうしていろいろ話す仲になってるなんてさ。きっと前の俺が知ったら、それこそ卒倒しちまうだろうな。急展開すぎて」
「はは、何言ってんの。別に、そんなもんでしょ友達って」
「そうだな、そうかもしれん」
友達……そんな短い言葉だが、俺にはすごく心に響くものがあった。
「あのさ、剣見は……」
彷徨う視線はどういう意味か。
「ん……?」
「あぁ……まぁなんでもないや。それより、相談乗るからね全然ウチ。これからもさ」
心なしかソワソワとした瓮は、何かを言い淀む。
何を言おうとしたのかは分からなかったし、予測もつけられなかったが、俺は今しかないと思った。
「助かるけど、そんなおんぶに抱っこじゃな。俺も示しがつかない。だから俺にも何かできればって思ってる。
瓮……もしかして何か困ってないか?」
「……なんで?」
「その腕、どうしていつまでも隠してる?」
テーピングをした手を覆った手もまた、テーピングがされた手であった。それに気づいた瓮は背後に両手をやる。
「これは……別に。前にも言ったじゃん、怪我の痕が残ってるって」
「両手に同じ怪我か? それにその膝のサポーター、前はしてなかったぞ」
右膝の周りをスッポリ覆う黒いサポーターをつけ始めていたのだ。
「練習で疲労してるから痛めないようにだよ……」
「そっか。じゃあもう一つ。なんで心の病気に関する本を、何回も探してるんだ?」
「……それも言ったよ! 大学でそういうの」
「学びたいから、だったよな。でも本当にそうなのか?」
瓮の口がキュッと歪む。
「何が言いたいの! なんでそんな、剣見が心配してくるんだよ。関係無いじゃんこんなこと、剣見には!」
「友達なんだろ俺たち。なら、俺にとって大事な人の一人なんだよ。今まで親身に相談に乗ってくれたのは他でもない瓮、お前じゃないか。短い期間だけど、たくさん話したろ。恋愛以外のことも。俺は友達ってのは支え合える存在だと思ってたけど、それは思い違いだったか?」
「別に、ウチは……」
「だから俺は、瓮が困ってるなら助けたいんだよ。それが、俺の知ってるかもしれないものなら尚更な」
「知って……なに、どういうこと?」
「身に覚えのない傷あるだろ。噛まれたような」
そこで瓮は分かりやすく動揺を見せた。
「っ……そ、なんで。どうして――」
「知ってるのか、だよな。そら知ってるよ。
いまだに瓮の腕を見たわけでもないから、それについちゃ知らないけれどな。実のところ、俺は似たようなこと高校に入ってから経験してるんだ(もちろん嘘だが)。
だからそれについては、少なくとも知ってんのさ。でもこの通り今は平気だ」
シャツを捲り腕や足を見せてから、唖然とする瓮に俺は続ける。
「そういうのは大抵、怪異が絡んでる。だから放置すれば悪化していく一方だ。
別に怖がらせたいわけじゃないけど、ある意味では怖がって欲しいとも思ってる。嘘みたいな話に感じるかもしれないけど、そういうもんなんだよコレって。お前も薄々は、心のどこかで感じていたんじゃ無いのか、普通じゃないって。
だから教えてくれ、似たようなものなら助けられる」
「……本当、なの。それって」
「嘘言ってどーするよ」
「……だから最初に話しかけてきた時も、私の腕のことを」
俯いて唇を噛んだ瓮は何も言わなかった。
「瓮……?」
「ありがと。でもごめん、ちょっと考えさせて。急すぎて、いったん整理したい」
「分かった。待ってるよ」
そして数日後、瓮は教室で俺にこう言った。『今日昼休み、ご飯食べた後でいいから校舎裏に来て』、と。
こうして場面は、先述の校舎裏へ。そこで、どうすればいいかを尋ねられた俺は、ある人物と会って欲しいと、日曜日に約束を取り付けたのだった――




