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  作者: 左猫右雛
第一章
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6【五十四忘草 下】

 幸徳池は、レジ袋を神妙な顔で差し出してきた。

「え? なにこれ」

「あれよ……お見舞い」

 すげー量の『よっちゃんイカ』しかも白い方。

 女子はなんでイカが好きなんだ。姉もよくおつまみみたいなイカを買ってきてるが、前世でイカと何かあんのか?

 それはそうと、今まで一度もこれが好物だなんて話した覚えは無いし、別段好物でもなんでもないが。

「ありがとな。ていうか、そういうの気にすんのな」

「あんなことになるなんて……正直、想定外で」

「起こっちまったもんはどうしようもない。それより、成功はしたんだよな?」

「蕾が青い火に焼かれて消えるのを見たというなら、そのはずよ」

 あのとき指示された通り、いくらか呪文めいたものを言ってから、渡された札にライターで火をつけ蕾にかざしたのだ。すると火は、たちまちに真っ青になって、あっという間に焼きはらった。が、直後に俺はああなってしまったのだった。

「そっか。結局、俺がこうなった原因ってなんなんだ?」

「たぶんそれは、あの怪異そのものが原因というわけではなくって、私の作った札のせいだと思うの」

「どういうこと?」

「行使する人にもその負荷がかかるのは、私もやっぱり考えておくべきだったわ。ここまで強いとは思わずに、安易に使わせてしまった」

「あ。俺の体が耐えられなくなって、あんなふうになったみたいなこと?」

「たぶん。いくらか効果のあるものはあったんだけど。念のため、中でも効果が強いものを選んだのよ」

「そういうのにも、強さのランクみたいなのがあるのか」

「怪異現象の種類に合わせて、適切なものを見繕うの。

 でも、私にしっかりと見る力があればって、やっぱり思っちゃうわね。だからこそあのとき想定した通りのものをあなたが、剣見君が見つけてくれたとき私はとても嬉しかった。

 ただ、この結果じゃね……」

「仮に俺がソコだぞって教えて、幸徳池にアレを使ってもらったところで意味が無いんだよな」

「ええ、見えないものには干渉できない。いくら方法を知っていてもね」

「逆に、なんだけど。そういう怪異を祓うための道具を使うのって、慣れみたいなものもあんのかな」

 すると幸徳池は、どこか心当たりのある素振りを見せた。

「ああ、それは……そうね。たぶんあると思う。

 今思えば、こういう道具を作る時も最初の頃は体調を崩したり、吐血したりしたことがあったのよ」

「それ平気なのか……でもなるほどな、作る時もあるならそりゃ使う時も同様か。いや待てよ、てことは」

 それは合理的であると俺は感じた。作り手は、自身の力量以上の道具はうまく扱えないか、生み出せないのと同義だから、俺が使ったということはある意味チートというか、本来そういうのは自分で使うべきであって、他人が使うとなればいくら怪異の見える人間であったとて、それは当然のようにミスマッチを起こすのだろう。

 筋肉が仕上がってないズブの素人が、ベンチプレス百キロをいきなり持てるわけがないのと同じで、段階を踏まないと怪我をする。

「じゃあ、むしろ俺にもトレーニング的なのが必要ってことなんじゃ」

 ところが幸徳池は首を振る。もちろん横にだ。

「いえ、そんな必要無いわ。もうやめましょ」

 キッパリと言い放つのは彼女らしいが、表情はらしくもない、しおらしく伏し目がち。

「なんで?」

「他のやり方を探そうと思うわ。瓮さんのことも、きっとなんとかする。

 取り憑くタイプなら基本的に私が場を作って導くだけで、剣見君にはこれと言って負荷がかかるわけではないと思うけど。でも、そういう問題ではないものね」

「ちょい、もうおしまいみたいな言い方するなよ。俺が慣れれば良い話なんだろ?」

「確実にそうかは定かじゃない。だから、剣見君は今まで通りに過ごしてちょうだい」

「そんな……」

 不思議だ。合理的に判断するならばこの話を受け入れるべきで、そこに選択肢など存在し得ない。こいつの申し出を受け入れさえすれば、このさき何ら苦労することはないし、きなきなする必要だってなく、今まで通り平穏に過ごすことができる。だのに現実はどうだ? 恨むらくは否定する気持ちが溢れんばかりにある。あってくれちゃってる。

 だから俺は言う。

「やめないぞ。ここまで乗せた船なんだから、最後まで乗せてけよ」

「いや、だって――」

「だってもへったくれもねえよ。なら一つ聞くぞ。五十四忘草、俺がいなかったらどうしてた。どうやって怪異を祓った?」

「……それは」

「俺がいて出来たことなら、俺は嬉しい。

 さっき姉に話を聞いたんだよ。茜高校のOGなんだ。したら、知り合いに一人、あの噂のせいで休学に追い込まれた奴がいたらしい。誰かが犠牲になってしまう可能性がある。そんな危険なものを、野放しにするなんて俺には出来ない。持ってる水があるのに、ボヤを消さないなんてことは俺には出来ない。

 それに何より、お前がそんな顔を見せながら終わるのが俺は許せない。俺がいて良かったって、是が非でも思わせてやりたいんだよ」

「……」

「それにさっき言ったじゃん。瓮の件は、そこまで俺なんかに影響ないはずだって。少なくともそれは関わらせろよ。あと、あのときの札みたいな強いのじゃないものを、今度使わせてくれ。試せばわかることもあるだろうし」

 うまく言葉にできたか自信は無かったが、気持ちの強さだけは伝わってくれたようだった。

「そう、分かった……私ももっといろいろ考えるし、調べてみるわ」

「ああ、そうしてくれよ。その方が俺の気も楽だ」

「ありがとう」

 不意に聞かされた言葉。短くて、ふっと息を吐いたような言葉だった。そしてたぶん、感謝の言葉を言われたのはこれが初めてだった。

「ま……気にすんなよ。俺だって、責任の片棒担ぐくらいしなきゃダメだろうしな」

「じゃあ、私はそろそろ帰るわね。本当に、体は平気?」

「ああ、送ってくよ。そしたら平気だって分かってくれるだろ。なんなら、病院の中で普通に飯食ってたくらいだし」

 その後、母親が帰り際の幸徳池にまた絡んだわけだが、そのときお土産になぜか鯖の味噌煮をタッパーで渡そうとした。ところが幸徳池は『サバは嫌いなんです、失礼します』とか言って断った。

 たぶん、人付き合いが上手くいかないのはこういうところだ。悪気があってやってるわけじゃなくって、当たり前のように使うお世辞や便宜、社交辞令的なものを彼女は、おそらく微塵も考慮しないのである。否、できないのだ。

 しかしそれ以上に、駅まで送って帰ったのち、サバが美味しいことを分かってもらうにはどうしたらいいかを母親はひたすら考えていたのだから、うちの親もまた少し変わってることを自覚せざるを得なかったりした。


⭐︎


――後日談。

 五十四忘草は、一度祓われた場所に現れることは無いらしい。だから、少なくともあの桜が不幸をもたらすことは、今後ないだろう。噂も下火になるかもしれない。

 ところで驚いたことに、この怪異の名前。幸徳池の話から俺は勝手に、五十四とは恋が叶う期間が由来だとばかり思い込んでいたのだが、実のところ百人一首であるらしい。

 百人一首、五十四番――『忘れじの行く末までは難ければ 今日を限りの命ともがな』。いつまでもお前を忘れない。そう言ってくれた気持ちがずっと変わらないなんていうことは難しいだろうから、そんな言葉を聞けた今日が命の尽きる日であれば良いのに……そんな歌であるそうだ。

 この怪異の花に触れた人は期限付きではあれど、もっとも当人にそんなこと知る由もないのだが、意中の相手と結ばれる。こんな日がずっと続けば良いのにと、たぶんみんな思ってしまうことだろう。場合によっては、こうして実った恋の中で死ねれば幸せだなんて思ってしまう人すらいるかもしれない。なら、まさしくこの歌と同じ境地と言えよう。

 そう思えば、なるほどたしかに五十四忘草の由来には納得できるというものだった。

 しかし、忘草の方はいったいどういう意味なのだろうと、このとき俺はふと思ったので幸徳池に問うた。すると確からしい答えを持っていなかったようで、きっと助かった場合でも、気づいた時には恋の記憶が無くなっているからではないか、と予想付けた。

 全く儚い話である。諸行無常、()(はん)(じゃく)(じょう)

 しかし俺は、ちょっと違うことを考えてしまった。

 忘れ草とは、それを植えると悩みを解決できるなどという迷信が由来となっているそうで、実在する植物だ。しかしながら、形も何も全く似ていないのにそこから引用するのはやや疑問の余地があるし、悩みをなくしてくれることから引っ張ってきたというには、むしろ悩みの種なわけであり適当でない感が否めない。

 だから俺はこう思う。

 忘れさせる草ではなく、忘れられない草なのだと。それほどに美しい七色の花を咲かす草、忘草。だから触らなければ障られないものを、みんな行き合った時に触ってしまい、障られてしまうのだ。忘れられないほど美しい花に魅せられて。

 美しい花には棘がある、みたいに言われるのも、ひょっとすればここからきているのかもしれない――

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