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  作者: 左猫右雛
第一章
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4【五十四忘草 上】

 休日――それは、『国民の祝日に関する法律』によって定めのある日。つまり『国民の祝日』、『振替休日』、そして『国民の休日』のことだが、この最後が曲者(くせもの)だ。

 『国民の祝日』とはご存知の通り、カレンダーでよく見かけるであろう、なんたらの日というやつだ。『振替休日』は、日曜にそれが被っていた場合に生まれる日。

 これらに対して『国民の休日』とは、二つの祝日に挟まれた場合に生まれるイレギュラーな日である。要するにオセロみたいな感じだ。祝日を黒、平日を白とするなら、黒に挟まれたら黒くなると。だからもちろん、それの無い年もある。いやはや、なんてお粗末な休日だろうか。否、なんて恐ろしい祝日だろうか。だって、白を無理やり黒に変えてしまうのだから。それでいて、白に挟まれたとて白になることは決して無いのだから。

 ちなみに、その恐るべき怪異は現行法上、敬老の日と秋分の日のみである。シルバーウィークなんていうのも、ここから生まれたりするわけだ。

 閑話休題。

 土曜日、俺は駅前に出掛けた。昨晩、幸徳池からお誘いがあったのだ。もちろんデートではない。ブリーフィングである。

 私服を見れるというのは年頃の男児にとってちょっとグッとくるものが、たぶん無いでもなかったので、やや期待しちゃってたわけなのだが……

「そうきたか……」

 平常運行。制服だった。

「一分十七秒遅刻」

 しかもクソ細けー。端数くらい切り捨てろ。なんなら繰り上げてくれても良い。

「悪い、さっきちょっとトイレ行っててさ」

「大変だったわね。ダメよ、道端の変なもの拾って食べては」

「おい、俺を犬ポジにすんな。普通に小さい方だし」

「そう。昔飼ってた犬が、よくそんなことしてたものだから」

「あのな幸徳池。人は基本、落ちてるものは食べないんだ。俺も例外じゃない」

 やがて向かった先は陸上競技場。今日、瓮はここで女子100メートルに出場する。

 応援の声がひっきりなしに会場を賑わせていて、特に茜高校のあたりには横断幕と旗がひしめき、気合いが入っている様子。俺たちはホームスタンド側で、予選を待った。

 どうせ見るなら明日の決勝にすれば良いのに、と思わなくもなかったが、幸徳池は用事があるらしい。

「これで、どうなってるかは一目瞭然ね」

「瓮が陸上部で僥倖(ぎょうこう)ってとこか」

 試合なら必ずユニフォームになるし、陸上部のそれは露出が多い。だから、隠そうとするはずなのだ。その見た目によっては、探るまでもないというわけである。

「なぁ幸徳池。ちなみに今更だけど、それって痛かったりすんのか」

「痛みは無いそうよ。資料によれば、噛み跡は生々しく歯形となっているものの、血が出るとかではなくって、古傷のように出てくるらしいの」

「痛くなけりゃ病院にも行かないか。ほっとけばなんとかなるって思っちまうんだろうな。

 でもさすがに、いま幸徳池が言ったみたいに、全身に広がっていたら病院に行く以前に、家族に相談とか」

「それはどうなのかしら」

「え?」

「不都合な真実ほど、たぶん無視してしまう。時間的解決を望み、先送りにしてしまう気がするのだけど」

 大病を身近な人に言えずに、酷くなってから露見したなんてことを、いつかのドキュメンタリー番組で観たことがある。

 深刻なものであればあるほど、それに目を向けることは難しいことなのかもしれなかった。

「たしかになぁ」

「それでももし瓮さんが、狗神に憑かれて想定より早く進行していたら、是が非でも対処はしなくちゃいけない。それによって力を得てしまった狗神は、より強い怪異になってしまうから」

「え……ちょっと待て。強いって、何になるんだいったい。まさか狗が取れて、神になるとか言うんじゃないだろうな」

「なるのは、神様なんかじゃないわ。(すが)り狼よ」

――縋り狼。夜に人の背後をつけてくる、狼の怪異。

 その姿ははじめ、しかし見ることが叶わず。ただ息遣いと足音だけが聞き取れるのみという。これに慌てて逃げ出そうとしたり、体当たりをされて転んでしまった場合、千匹近くの狼がどこからともなく現れて、その転んだ者を喰ってしまうそうだ。

 バチクソ怖い。そんなものは、まごう事なき怪物だ。狗神なんかとは比にならないほどおどろおどろしい魑魅(ちみ)(もう)(りょう)ある。

「じゃあ瓮に早く本当のこと話すでもして、儀式に連れ出さないとヤバいだろ」

「とは言え、最終的に縋り狼になるのは最低でも半年かかるはず。念のため警戒してるけれど、全部が全部ではないし。あくまでこれは、可能性の話よ」

「それでもリスクはある。善は急げじゃないけど」

「でも彼女が動揺して心が乱れたら、それもまた進行を早めるかもしれないのだし、迂闊(うかつ)に動けないというのもあるわ」

「まぁ……」

「何より彼女自身が向き合うことが、本来辿るべき道筋。やっぱり私たちの言葉を、素直に受け止めてくれる程度の信頼が欲しいところね。だから、仲良くなるのと並行して様子を見てもらってるわけよ。そして異変にも敏感になってもらってるの」

 関係構築必須のようだ。

「でもそういうの、もっと先に言ってくれよ。

 仮にも俺が、もちろんそんな呑気に構えちゃないけれど、あいつが手遅れになった挙句そんな怪物が生まれちまったら、いったいどうするつもりだったんだ」

「平気よ。最後の手段くらいは用意してる。あなたに出会わなければ私は瓮さんをそもそも、誰がどう見てもおかしい様子になったときに、然るべき対処をしようと考えていたわけだし」

「あくまで穏便に済ませられるならそうしたい、みたいなとこか。セーフティネットはあるわけね。やれやれ……他にも言ってないこと、何かあるんじゃないのか?」

「ええと……あとは、この最後の手段というのは、本人の意思が伴わないかもしれないから半ば強引に引き剥がすようなもので、つまりは後遺症が彼女に残るかもしれないってことかしら」

「おいそれじゃダメだろ! なら、そうなる前になんとかしないと」

「ダメなの?」

「ダメだよ」

「でも大前提、怪異と行き合ってしまうというのは、往々にして本人の思想とか振る舞いとかが引き金になっているわけで、自業自得もあると思うのだけれど」

 自ら招いた災難と言いたいのか。命があればめっけもんだろと。

「でもさ、なにも望んでそうしたってわけでもないだろ。なら、そういう言い方は好きじゃない」

「ふうん……望んでない、ね」

「で……実はさ、怪我のことを直接的に瓮に聞いてみようと思ってたんだけど。さっきお前、動揺して心が乱れたら云々言ってたじゃんか。だからこのやり方、どうかなって。要は相談なんだけど」

「別に良いんじゃないの」

「いいのか?」

「だって、あくまで怪我を聞くだけなら、そもそも彼女自身その怪我が自身の強い感情のせいだと微塵も思ってないはずなのだし、だから強い感情を刺激するような要素は、これと言って無いんじゃない?」

「ああ……たしかに」

「でも、あまり褒められないことがあるとするなら、安易に心の悩みがあると決めつけがてらに迫ることなのでしょうね」

 いや危ねえ。この前もう少しで踏み入っちまうとこだった。

「……肝に銘じるよ」

「そろそろね、100メートル」

 電光掲示板に記録が並び、次組がスターティングブロックを調整していた。選手たちが位置につくと、会場は水を打ったようにシーンと静まり返り――

 パンッ! という雷管、ドッとわく声援。わずか十何秒という一戦だった。

 結果から言えば、当然のように一位。競馬で言えば、逃げ大差の圧勝。最後は軽く流していたようだけど、そこに垣間見る圧倒的な強さ。いや、速さであったと言えよう。

 肝心の身体は、長いスパッツのせいで見えなかったのだが、少なくとも腹部の出たユニフォームであって、その腹部は隠されていなかったし張りのある健康そうな腕も普通に健在だった。要するに、異変は手のみ。

 が、その異変は片方から両方となっていた。明らかにおかしな変化であると、もはや言わざるを得ないだろう。

「これは濃厚ね」

「だよな……妙案もあるし、来週また動いてみるよ」

「よろしくね。あと、今日会ったのはもう一つ用事があって」

「用事?」

「調べたいことがあるの。怪異のことでね」

「この前言ってた、優先順位の上の方?」

「そんなところね。その怪異は――」

――五十四(ごしの)(わすれ)(ぐさ)

 草とは言うが、七色の美しい大輪の花を春に咲かせるそうだ。もちろんこれは怪異であり、常人には見えない。

 その一年間、人の恋愛感情が渦巻いた場所に根を張り、恋煩いに反応して七色の花を見せるのだそうだ。見惚れて触れてしまうと、ところがすぐにそれは枯れてしまう。触れた者はというと、恋愛成就してしまうそうであるから、それだけ聞けばご利益なんて思ってしまうところ。しかしそこは、怪異という本質を忘れてはならない。

 軽いとは言い難い代償が、恋煩った方には待ち受けているし、恋路は末広がりどころか末窄まりになってしまう。

 意中の相手と結ばれるのは、その名にある通り五十四日間ほど。要するに約二ヶ月の期間限定。過ぎれば花同様、枯れるように衰弱し、翌年の同時期まで目を覚まさなくなるかあるいは最悪、命を落とす。恋を叶えた代わりに、生気をゴッソリ奪われてしまうということだった――

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