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  作者: 左猫右雛
第一章
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3/39

3【越後薔新羅】

 別の日の放課後。

 俺が向かったのは、図書室の外にあるベンチ。グラウンドを一望できるそこは休憩にちょうど良い。(ひさし)があり、夏場は涼しいのも利点。だが、小憩(しょうけい)のために来たわけではなかった。

「よ、越後屋」

「来たな妖怪覗き男! 最近見ないから、間違って青春に励んでいるのかと思ってたよ」

「俺は間違わないと青春できんのか」

 小動物的な、こじんまり感。それでいて出るところは出ており、お姉さん的な雰囲気を感じさせてくるところは、越後(えちご)薔新羅(ばにら)の個性と言える。ちなみに三年生だ。

「というか誰が妖怪じゃ!

 あん時覗いてたのは、変な気配がしたから恐る恐る見ただけだ。昼寝していたのを観察していたわけでも、あわよくばちょっと触ってみようと思ったわけでもないんだからな」

 イビキをかいていたのは黙っといてやろう。

 そこで越後は、隣を叩いて座るのを促してきた。

「よっこらしょ……」

 サッカーコート、陸上のトラックにテニスコートと本当に充実したグラウンド。野球場もあるし、反対側にはドデカい水泳施設もある。ちなみにここから少し歩けば、園芸部のプランターなんかも。

 それを考えると、俺はなんとなく損をした気分にならなくもない。

「一年生が入ってきて、なんだか初々しいよね。手取り足取り教える先輩たちもどこか輝いて見えるし。良いなぁ」

「越後は、なんもやってないんだっけ」

「そうだよ。でも強いて言うなら、そうだなぁ……」

「出てこないなら考えなくてよろしい」

「でるでる、もうちょっと。あれだよ、観察部!」

「何を観察するんだよ」

「そりゃもちろん学校?」

 人間じゃなかった。

「そっちか!」

「そっちって何? どっちのこと言ってたの?」

「あーいや、どっちってんでもないけど。人間観察とかさ」

「たしかに。学校観察しちゃったよ」

「まぁさておき……実はさ、相談したい事があって来たんだ」

「いや分かるよ、だってだいぶここで過ごしたもんね。そりゃ気持ちも動くってもんだ……でもごめんね、私もう心に決めた人がいるの」

「おい! 告白すらしてないのにフラれる俺の気持ちッ!

 マジでこれは、わりと真面目な話なんだよ」

「なに。真面目な恋の相談?」

「いや違くて! とりあえず色恋は置いといてだな」

「オイトイテー?」

「……んん。相談したいのは――」

 そこで俺は、あったことを全て話した。

 というのも、越後もまた怪異を見る体質なのだ。だから、俺にも理解を示してくれている。

 とは言え、時折こうやって立ち寄った時に話すくらいであって、連絡先すら知らないのだけれど。

「――なるほどなるほど、狗神とな。そりゃあ超展開。でもなんか主人公っぽくなってきたね?」

「勘弁してくれ、俺にレベルアップの試練は必要ない」

「狗神か……イヌなんだねぇ」

 唸ったあと、真顔でこう続けた。

「長野の方言じゃね、幼犬をチンコロって言うらしいの。

 その憑き物のチンコロを、だから何とかしないといけないわけだね。これはチン事件だ、剣見君」

「さっきからチンチンチンて、シリアス気味な話も台無しだ」

「で、その女の子はもしかして、あそこ走ってる誰かだったり?」

「え? あーたぶんあれかな、今トラックで走り込んでる先頭の女子。手にテーピング巻いてるの」

「あれか。でもすごいよねぇー、どうやったら走って喜べる性格になれるんだろ。私はやだなー」

「走って喜んでんのかは知らんが、少なくともいま喜べない状況になってるのは知ってるわけさ」

「瓮爽羽の憂鬱……だったらさ、陸上部に体験入部してみればいいんでないの?」

 なるほどそれは盲点。

 基本的に入部希望があれば、体験入部して一週間後に本入部を決めることになる。そしたら繋がりが生まれるには生まれる。うん、無理だろう。

 瓮には申し訳ないが、体を痛めつけて強くなる精神なんて、俺には備わってない。仮にも傷まないように労わってきた俺が、そんなところに入ってみろ。ガラスは叩いて強くする鉄とは、性質からして違うのだ。

「無理」

「えー意気地なしがいまーす」

「うるせ」

「あとはまぁ自分でもおかしいなって自覚はあるんだろうし。存外、そのことズバリ聞いてみても、これがかえって良いかもしれないよ」

「んん……」

「例えば、謎の虫刺されがあったとするでしょ?」

「虫刺され?」

「でさ、何を調べても医者も分かんなくて、困ったなーって時に身近な人からそれ知ってるかもって言われたら、なんか救いに感じない? ちょっと安堵しない?」

「ふむ、たしかに」

 共感を呼ぶということか、なるほど一理ある。

「だから思い切って言ってみよ!」

「そんな簡単に……」

「とはいえ、私は驚かされちゃってるんだけどね」

「なにが?」

「剣見君はだって、そういう変なことに巻き込まれないように無視してきたわけでしょ? 自分のためにもならないのに、自ら誰かのために行動を起こすなんてさ、どういう心境の変化なのかなーって」

 たしかにそうしていた節はある。基本的にこっちから怪異に意識を向けなければ、向こうから何かされるわけでもないし、変な場所には長くいなければ良い――と、経験則がある。

 そんな俺が、未確定ではあるものの、怪異に関わろうというのだ。考えてみるとやっぱり、方向性のブレ感は否めない。

 でも、なぜそうしたのかと問われれば、たぶん自分でも分かってない。後付けの理由ならいくらでも出せるけど、そういうのは本質的に、この問いに付けるべき回答ではないだろう。

「なんでなんだろうな……成り行きかね」

「それは違うね」

「どうして?」

「もっと明確で明白な理由が、そこにはあるはずなんだよ剣見雛太君。もうヒントはとっくに出ていたぜ」

 したり顔だ。

「へぇー」

「真実はいつも盲目。キミは気づいていないかもしれないけどね。きっとその子が……タイプなのさッ」

 大見得切ったも、お粗末なもんだった。

「無いな。瓮みたいな眩しいキャラは俺、実のところそんなに得意ではないから」

「いやじゃなくてッ! はじめのほう言ってるんだけど、私はさ」

「はじめ……あ、幸徳池の方か」

「根源みたいなものでしょだって。いまも彼女の言いなりになっているわけで」

「言いなりとは心外だな。それじゃまるで尻に敷かれて、顎で動かされているみたいじゃないか。対処するのはイヌだが、俺は犬では無い」

「その子おっぱい大きいの?」

「なにサラッと聞いてんだ!」

「いやだって、絶対見たでしょ?」

「……え、見てないよ」

「嘘はダメだよ、長い付き合いじゃないさ」

「……めんどくせ」

「おーうい、心の声が出てるよー?

 ま、その顔を見せてくれただけ十分だぜ。なるほど、おっきかったのかい」

 押し寄せる敗北感。

「でもさ? その子がすっごいブサイクだったら、力なんて貸さなかったんじゃない?」

 そんな奴がいたら、なんて酷いやつだ。だが仮にも、いま越後が言った通り、不細工な女子とは言わなくとも苦手な男がいたとする。そいつから話を持ちかけられたとしよう。俺はどうする?

 手は貸さなかったろう……と帰結するわけだから、まぁなんとも卑小(ひしょう)な心を自覚せざるを得ないところだった。

「はぁ……まぁね。まあ、そうかもしれないな」

「でしょ?」

「はいはい認めるよ、俺も俗物だ。ただ、俗物根性とひと言で片付けるには、俺の心はもう少しばかり複雑だぞ。

 助けられる力があるのなら、助けたいと思う心だってあるんだ。(ぼう)(はち)じゃないんだぜ。

 ま……なんか、気持ちは楽になったよ」

「やってみればいいじゃない。あとさき考えて手を(こまね)いていても皮算用と一緒だよ。いくら計算したって、動かなきゃそれは、答えが0(ぜろ)のまんまで0.1にすらならないわけだもん」

 願ってこそいないがしかし、心の底ではもしかすると欲しかったかもしれない答えのように思えた。否、貰ったのは答えではないのかもしれなかった。

 だって、この答えは俺だってとうに分かっていたのだ。先延ばしにして、万が一の事態にでもなったらきっと後悔すると。

 なら、覚悟か或いは気付き……そういうのを貰ったのだろう。


⭐︎


 越後と別れ、自転車置き場に向かう途中のこと。不意に木陰で何か動いたので、思わずビクリと跳ねてしまったわけだが、そこには滝のような黒髪をした女子がしゃがみ込んで何かしていたのだった。

 まさか土いじりでもあるまい。ひょっとして具合でも悪いのか? なんて考えていれば、ふと立ち上がりどこかへ行ってしまう。なんとなしに、そこへ行ってみると……

「へぇ、優しい心根のやつもいたもんだ」

 花が添えられていた。どうやら、簡易的な墓のようだ。

 ここらは、雛が巣から落っこって死んでる時がたまにあったりする。特に春先は。可哀想に思った彼女は、埋めてあげたのだろう。

 死骸に関わることは、特に猫とか鳥とかの身近なものであった場合、俺も含めて大多数の人が苦手とするだろう。

 だのに彼女は手向けてみせた。なら俺も(こまね)いている手を差し出すべきだ。さっきの女子より情けないと自認したくないのならば――

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