39【ウワサの真相】
七月十二日、土曜日。
俺と幸徳池は、瓮の仲介で例の人物とファミレスにて対面した。
二年一組、渕野辺仁香。陸上部所属、短距離専攻。気が小さくて臆病、内向的な性格——そう聞いていたが、まさに人見知りが服を着た感じ。一つ予想外なことには、俺より身長が高かった。
四人がけで、俺たちの向かいに瓮、渕野辺という配置で話は始まる。
「――で、早速だけれど渕野辺さん。当時の話、教えてくれるかしら。なるべく詳しくお願いするわ」
渕野辺の視線は移ろう。
「ええと……あれはゴールデンウィークのあとしばらくして、次の週だったかその……あまり覚えてなくて。たぶん金曜かな。
あのでもね、誰かと縁を切りたいとか考えてたんじゃなくって。だから全然、偶然そこにいたの。
それに……迷信? みたいなのとか信じない方なの。だから占いとかやらないし願掛けみたいのもしなくて。おみくじも、引かないし……」
仮に絶交枇杷のウワサを目当てに行くとするなら、絶交したい相手がいるということになる。しかし、そうではないと言いたいのだろう。
「それで……何かあるって気付いたんだけど、上の方に見えて変なのが。でも考えてみたら枇杷の実って、わたし実際に見たことなかったし、分からないかもしれなくて。
その日、貧血で朝少し具合悪くなっちゃって。そのせいで変なの、見たのかなって考えたりもしたの。いつも、サプリも持ち歩いてて。でもその日、忘れちゃってて。
あとは……別にそれ以降、特に何かあったわけでもなくて……」
しまりきらない蛇口のような話っぷりに、幸徳池のストレスはこのとき基準値を大幅に超えていた。向こうからは死角で見えないだろうが、机の下の貧乏ゆすりがヤバい。
ゆえに遮った。
「途中でゴメンだけど、今の話を少しまとめていい?」
「あぁうん……」
助かった、みたいな顔をする。
「じゃあ、要約するぞ。
渕野辺は絶交枇杷のウワサを目当てで行ったわけでもなければ、そうしたい相手もいなかった。
偶然そこで、枇杷の実っぽいのを見てしまったわけだが、その確からしさにはやや自信がない。
仮にそうだったとして、見た日以降に何かあったわけでもない。そんな感じ?」
「あ、うん……」
「見た日は仮に五月中頃として、時間帯は? アバウトでいいよ、朝とか夜とか」
「えっと……お昼休み」
「他に、誰か周囲にいたりした?」
首は横に振られる。がしかし、それもそうかもしれなかった。向こうは日陰も少ないから、昼食スポットにはあまり向いてない。
「見た時に、枇杷っぽいもの以外に違和感は? 変なのを見たとか感じたとか」
「うんん……たぶん、無い」
「枇杷の実ってたわわに実るらしいけれど、数とか色とか大きさって覚えてるか?」
「一個。薄茶……オレンジ? っぽかった気がする。大きさは、靴よりだいぶ大きかったよ」
二十センチオーバーは、だいぶデカいな。枇杷であるはずがないサイズ感と言えよう。
「じゃあ、次の質問。周囲の環境に目立った変化はあったか?」
考える素振りを数秒、しかし心当たりは無いようだ。さて、概ねこんなあたりか。
「幸徳池、お前が知りたい情報って他にある?」
「いえ、平気よ十分だわ。
剣見君の言った通り、枇杷の実は多く実る。大きさは、4L等級で野球ボール大ほど。だから、付き方もサイズもやっぱりおかしいわ。
鳥が食べてしまったとかがあったらと考えたけれど、現地を見た限りそれはなさそうだし」
瓮がそこですかさず意見する。
「確かに食害の線は無いね。実らないこと知ってるのか、ヒヨドリやカラスは特に枇杷を食べるけれど、あれには見向きもしないし。
もっと言えば、カラスは実をもぎ取っていくことがあるけれど、他の鳥ならだいたい食害痕が残った実が、そこかしこにあって良いはず」
うわすげぇ、専門家のコメント。
「これで、オサキイタチの可能性は高まったわ」
「お、さき?」
渕野辺が聞きなれない言葉に困惑した様子なので、俺は説明した。
「やっぱり、本当にいるんだ……爽羽ちゃんのも、そういうののせいだったんだもんね?」
「うん。で、雛太と幸徳池に世話になった。だから、ウチは怪奇現象体験済み。だから仁香のことも、変わったことが起こってそうならどのみち話そうとは考えてたよ。
で幸徳池。仁香の状況ってどうなの?」
「さっきの言葉通りなら、別段何か起こることはないでしょうね」
そこで渕野辺は珍しく自ら口を開く。
「あのそれ……オサキイタチって、もし何か縁を切りたいって願っちゃってたらいったい……どうなってたの」
「縁を切りたい相手がいれば切れる。どんな形でかは、なってみないと分からないわ。ただそれに伴って、大切な人との繋がりもまた切れることがある」
「え……そ、そうなんだ。それじゃ、あと……えっと、怪我をしたりとかってないの?」
「体に目立った害を与えるものではないから、それはないでしょうね。あくまで縁を切るだけ。どうして?」
「そ、爽羽ちゃんのこと聞いてたから……気になって」
「ところで渕野辺さん。一緒に枇杷の木までついてきてくれないかしら? 平日のお昼休みに」
やや強張る淵野辺に、瓮が優しく言った。
「無理しなくていいんだよ? 仁香のためにもなるだろうし、協力できるならそうして欲しいけど」
長い間が生まれ――
「あの……そこに行くだけでいいの?」
「ええ」
ストローを指先でいじりながら出した結論は——承諾。
瓮も付き添うと言うので、四人の都合が合う金曜日にその日は決まったのだった。
⭐︎
ところで、ウワサ話はもう一つある——『図書室の神隠し』。
それについては紫苑に調べてもらっていたが、返事はなかなか来ぬままだった。
ところがこの日、昼休みに入ると思いがけぬ人物がやって来て、報告される運びとなったのだが、驚くことに莉音であった。
携帯で連絡してくれれば良かろうにとも思ったが、紫苑はいま風邪で寝込んでいるらしい。
「――というわけなんで、暫くぶりですね。剣見先輩」
中庭の隅で、小ぶりな二段弁当を開ける莉音。
「あれから一ヶ月は経つか? 早いもんだよな。ところで大丈夫なのか紫苑」
「平気ですよ。別に剣見先輩みたいに季節外れのインフルってわけじゃなかったんで。ただ、あの人は風邪引くとメチャクチャ面倒なんです」
「なにが?」
「風声鶴唳が如く何にでも怖がるし、気がめっぽう弱くなる感じで。だから、落ち着かせるのが大変なんです。でも、一度寝かしつければかなりの時間起きないんで」
やや不謹慎だが、ちょっと見たいな。
「しかし、それでわざわざ莉音に頼むとは」
「なる早の方がベターと思ったんでしょ。ま、私も話は聞いてたし。だから代わって伝えます」
書物の神隠し――という現象が、初めて認知されたのは去年の夏頃。つまり、俺たちが一年生のみぎり。
とある書籍の貸し出し希望を受け、データベースを検索したところ、蔵書はあるのに在庫が見当たらないことが発覚。当時は、紛失か盗難として見られていたが、暫くするとまるで最初からそこにあったように見つかる。
それ以降も、文庫本やハードカバーに至るまで数が合わないということが何度か起こるのだが、いずれも結末を同じくする。
悪質なイタズラの可能性を考えた委員会は、図書室へのカバン持ち込み制限を設けるなどいくらか措置を講じたが、それが奏功することはなく、次第に噂が囁かれるようになる——怪奇現象だ。
そして対象となる書籍には特徴があった。それは——恋愛が題材。
「――以上が、紫苑の調べた結果です。
とは言え、図書委員の人が怪しいって私は真っ先に思っちゃいましたけどね」
「あぁ頭の黒い鼠ってことか」
「はい。だって、内部事情を知ってるからやりようはあるでしょ。動機なんていくらでも考えられるし。でも、紫苑に言ったら速攻で否定されました」
「なんで?」
「司書がいるときだけ開けられる、閉架式書庫があるんですけど、そこからも無くなったんですよ」
「へいか……何それ?」
「指定された図書を、司書が持ち出す仕組みの鍵付き書庫です。ちなみに鍵は、事務員の人が貸出してます」
「だから身内でも難しいと……あ、じゃあ司書が犯人とか」
「いや、バカなんですか。そんな立場の人がやるなんてまったくもって意味不明ですし」
「いやまぁ……」
「まして校長に掛け合って、監視カメラを設置しようとか訴えてたらしいですからね。
私が、というか紫苑が言いたいのはソコじゃなくって、鍵は司書の他に通常は持ち出せないってことです。
もっと言うと、事務員の目を掻い潜ってキーボックスから盗み出し、その足で書庫に忍び込んで、再び鍵を返す。日を跨いで同じことをやって今度は戻す。
あまりにも現実的じゃないし意味が分からなくないですか? だから、『神隠し』っていう怪奇現象が必然的に残るんですよ」
「本当に怪奇現象じゃん」
「だからそー言ってます」
「ていうかその書庫、金庫みたいだけど。んなとこにも恋愛の本が入ってたのか」
「貴重だったり高価だったりするものはもちろん。逐次刊行物とか、禁帯出を貼られているもの。司書が、適切でないと判断した図書まで入ってます。
で、いまの人ってわりと厳しいんですよね。だから、今まで普通の閲覧場所に置かれていた文芸とかも、入れちゃったらしくて」
「なんで?」
「過度な描写は、健全な教育によろしくないと。これには抗議する生徒もいたらしいですけど、まあダメだったみたいですね」
「なるほどな……ちょっと激しめの恋愛本が消えたと」
「とは言え、全部戻ってますけどね」
「そこが話を拗れさせてんだよなぁ」
「これって、怪異が絡んでるんですか?」
「さっぱり分からん。幸徳池に聞かないと」
「まーそうですよね」
莉音の弁当にタコさんウィンナー。そんなものを目に入れたからか、俺は不意に聞いてしまう。
「懐かしいなそれ。莉音の親、随分器用なんだ。ちゃんと違うポーズまで作って」
「いや違いますよ、あの人こんなことしないですから。作ったの私です」
「あ……」
そうだ、親と良好な関係じゃないはずなのに。これは失言。しかし莉音は、気に留めない様子。
「やめてくれます? その、やってしまった顔。気にしないでいいですから別に。親と仲悪いのなんて、どこの家庭でもあるでしょ」
「んまぁ……」
「それより、剣見先輩」
「どうした、莉音後輩」
「占いって信じます?」
「占い? 信じてないわけじゃないけど、別段信じてるわけでもないな」
「絶対に当たる占い——あったらどうします?」
それは占いじゃなく、未来予知では? と思わなくもない。
「そんなのあったら世界が変わっちまうな。絶対って言われちゃ、逆に信じれないが」
「まぁそうなりますか。やっぱりおかしいと思いますよね。普通は」
「なんで?」
「いえ、別になんでも」
「ん……?」
そして翌日の木曜日。莉音から得た情報を、幸徳池に報告したところ、該当する怪異は分からないようで、保留という暫定的な判断が下されたのだった。




