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  作者: 左猫右雛
第三章
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40/40

40【オサキイタチ】

 来たる金曜日。

 俺たち四人は、例の枇杷を確かめに行ったわけだが……結果から言うと、あのときいくら探せど見当たることがなかった枇杷の実は、そこにあった。というか、パッと見それらしきが、だいぶ上の方に。

 夏を匂わす青々と茂る葉に隠れた、薄茶色の横長く丸いもの。見え隠れしている部分だけを取って、確かに枇杷に見えなくもない。が、よく見ればそうとは言えないふうだった。というのも、尾っぽがぶら下がっているのだ。

 この姿を、瓮も何故か見ることができたようだが、幸徳池はやはりダメだった。幸徳池が見えない——それは紛れもない怪異の証明を意味する。

 そこで幸徳池はオサキイタチと判断。退治に備えて、周囲に護符を手際よく貼り付けた。終わると、呪文めいたものを唱え始める。

 するといきなり、ズカズカッ——オサキイタチは転がるように目の前に。ひとことで言えば、デカいイタチ。二又の尻尾は、体の三倍。今にも襲い掛かろうかという姿勢だ。

 しかしそこで、護符が光を四方に放つ。オサキイタチはピタッと固まり静止画のように動けない。そこに俺は、渡されていた小さな袋を投げつける。命中すれば、その姿はどうだろう……吸い込まれるように歪んでは、あっという間に袋ごと蒸発してしまうのだった——

「……剣見君、どうかしら?」

「あ、あぁ消えちまったよ。蒸発したみたいに」

 焦げついた呪符を拾いながら幸徳池は言う。

「そう。じゃあ、成功ね」

 呆気なさすぎる……準備さえ整っていれば、こうまであっさりと退治できてしまうのか。今までが後手に回ることばかりだったから、逆に違和感を感じざるを得ないな。

「幸徳池、そういえば聞いてなかったけど、あの袋の中身っていったいなんだったの?」

「米よ」

「は、こめ? 食べるやつ?」

「そうよ、稲科の米よ。逆に、それ以外のコメってなに?」

「いやまぁ……でも、そんなもんで退治できんのか。びっくりだわ」

「どうして効果があるのかは分かってないけれど、昔からそうしているそうよ」

「へえー、怪異退治も先人の知恵か。おばあちゃんの知恵袋的な」

 そこで瓮が、不意に問うた。

「あのさ……これなんで、ウチまで見えたんだろ?」

「瓮さんは、一度怪異に深く関わってしまっているから、感覚が敏感になっているのよ。何せ、アレはオサキイタチとは比にならない程度に格のある怪異だったのだし。今だけよ、こういうのが見えるのは」

「んわ……なんか今更ながら怖いな。ウチ、そんなのに憑かれてたんだ。ゾッとするわ……」

「ところで渕野辺は大丈夫か? 慣れないことだから驚いたろ」

「…………」

 オサキイタチを見たせいか、呆然と突っ立つ渕野辺に、俺は再度呼びかける。

「おーい渕野辺?」

「あっ……だ、大丈夫」

「本当に平気かよ、顔色悪くないか」

「へ、平気……」

 奇妙なものを目の当たりにさせられたわけだ。そりゃ、こんな不安げな顔にもなっちまうか。

 ともあれこれにて一件落着。絶交枇杷、オサキイタチは解決した……かのように思えたのだが、話はここで終わらなかった――


 その後、俺は幸徳池と屋上で昼食を共にすることになったのだが、そこで幸徳池は思いがけぬことを口にした。

「剣見君。渕野辺さんに、少し探りを入れてくれないかしら」

「さぐ……なにを?」

「引っかかるのよね」

「引っかかる……」

「本当に、渕野辺さんは私たちに事実を語っているのかしら。隠していることがあるように、私は思う。だから、それとなく探って欲しいの」

「え……いやいや、また莉音みたいなことがあるってのか? ウソだろ……引っかかるって、いったいどこが?」

「剣見君も見たでしょ、枇杷の木の大きさ。そしてオサキイタチはだいぶ高いところにいたわね」

「うん、そうだったな」

「もし同じように渕野辺さんが見ていたとしてよ。自らの靴のサイズより大きかったと、何故あのときすぐに言えたのかしら」

「え……」

 建物で言えば四階相当。見知ったものならまだしも、見知らぬものをそんな具体的なサイズで、はたして確からしく視認できるだろうか。決して簡単ではないはずであり、言われてみれば不可解。

「んん……たしかに、あれだけ離れていれば小さく感じてもおかしくない。いや、ていうかどうして具体的に靴なんて比較基準が、そこで出てきたのかってところか、むしろ」

「そうね。犬や猫くらいとかでもなく、何センチくらいとかでもなく。比較対象として渕野辺さんが口にしたのは、すぐ出てきそうも無いものだった。それは、そのとき目に入ってたからこそ口にできたとも言い換えられるわ」

「マジか……つまり足元でオサキイタチを見たから、当たり前のようにそれが出た……いやでも待った、おかしくないか。オサキイタチはさっき退治しただろ? ならそれはない……いや、違う。まさか」

 オサキイタチが一匹とは限らない、という俺のひらめきはどうやら誤りでなかったらしい。

「あそこには、ひょっとすれば二匹いたのかもしれない。普通はありえないけれど、吹き溜まりのような茜高校ならあるいは」

「おいおいめんどくせえ、マジかよ……」

「一匹目のオサキイタチは、彼女の思いを汲み取って恐らくは動いているはず。縁を切ろうとしたか、しているはず。さっきの二匹目を見つけられたのは、タイミングが合っただけとできるわ。

 だってもし、縁を切りたいという強い気持ちがあれば、そもそもオサキイタチはあんなにおとなしくはしてないでしょう。私が護符を用意する程度の間に、その人物に接触することができたはずなのよ。なのに、それをしなかった。それは、餌が無いから——を意味するわ。

「渕野辺は一匹目にもう行き合っていて餌にされてるから、二匹目は動かなかった……てことか。

 あたかも渕野辺が目撃した個体とばかり思わされていたが、実のところ全くの別個体で、タイミングよく居合わせたに過ぎなかった……みたいな」

「だから、渕野辺さんはさっきのオサキイタチが見えていたか怪しい」

「いやでもなら、あんなに驚いてたのってなんなんだ」

「見えたから驚いたわけじゃない。見えなかったから驚いたのよ。剣見君や瓮さんの、『見える』振る舞いを受けて、自分には見えなくなっていることに対する驚きというか、動揺だったんじゃないかしら。

 わたし、渕野辺さんのこと見てたのだけれど、オサキイタチが見えているふうでは少なくともなかったわ。ついでに言うなら、退治したあともどこか違和感のある面持ちだった」

「そんなとこまで見てたのか」

 とは言え、怪異が見えない分どうしたって人の動きを見るほかないわけで、そういう意味ではごく自然なことやもしれない。

「一匹目のオサキイタチが彼女の切りたい縁を切ったか切ろうとしているとして、それは誰なのか。もしそれが……いえ、とにかく今はなるべく早く渕野辺さんの真実が知りたいわね」

 莉音のときのように、何かやむを得ない事情があって、真実を誤魔化しているのだろうか。だとしたら、それは放っては置けない。拗らせて良いことなんて無いのだから。

「ちなみに、実際オサキイタチに縁を切られていたとしてさ、このままだとまずいのか? もう縁が切れて、終わってるとも言えるわけじゃんか、そう仮定するなら」

「大切な縁が切れて、普通なら終わりだけれど、ひょっとするとそれだけで済まないかもしれないのよ。

 まだ憶測の域を出ないから、これ以上は控えたいわ」

 いろいろな可能性を精査しているのだろう。そこらへんは、もう任せるほかない。俺は動くのみだ。

「ふーむ……分かった、瓮からまずは話を聞いてみるよ」

「よろしく頼むわ。あと、あれが二匹目かもしれないことは、くれぐれも本人には伝わらないようにしてちょうだい」

「承知した」


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