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  作者: 左猫右雛
第三章
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38/39

38【越後ライブラリー】

 幸徳池から話を聞いた瓮は、心当たりのある様子だった。

「あのことかぁ、聞いたことあるよ。というか実際その、枇杷の実を見たって人、身近にいんだけど」

「本当に!? 誰なのかしら教えてちょうだい」

 爛々(らんらん)と目を光らせ詰め寄る幸徳池。嫌そうに後ずさる瓮。

「や……」

「話が聞きたいの。ウワサ通りに縁を切りたいと強く願い、その通りになったのかしら」

「特にウワサみたいなことをアテにしてたわけじゃなくて、偶然みたいだけど。

 紹介は、んん……」

 歯切れの悪い瓮に、何か事情でもあるのかと思って聞いてみると、その人物は陸上部で一組の生徒らしく、だいぶ気弱らしい。だから幸徳池に詰め寄られるのが、心配なのだそうだ。

「雛太が同伴してくれんなら、オッケーだけど?」

 俺は保護者かよ。

「じゃあ剣見君お願いね」

「はいはい、了解」

「瓮さんは、もう一つの図書室の件についても何か知ってることあるかしら」

「ウチはあんま知らない。でも、雛太も幸徳池もそのウワサを知ってる人をすでに知ってるよ。紫苑が図書委員だからね」

 俺は思わず声を上げてしまった。

「あいつ図書委員かよッ!」

「ウチも紫苑から小耳に挟んだくらいでさ。だから本人に聞いてみれば?」

「思いがけぬ収穫だ、助かる。悪いな呼び止めちまって」

 いいよー、なんて手を振り去った瓮。隣で訝しむ声。

「私の知らないところで、瓮さんと随分親しくなったのね」

「そんなことないだろ」

「だって、前は苗字で呼んでなかった?」

「あぁ……」

「ひょっとして、付き合い始めたの? 穢らわしいわね」

「やめろその目。あのな……下の名前呼び=カップルの等式は残念ながら成立しないぞ幸徳池。てか俺、あいつを名前で呼んでないし」

「そういえばそうね。うっかり」

「うっかりさんだよ全く。なんでか、あれ以降こうやって名前で呼ばれるようになったんだ。

 だから、実際の仲が深まったのかはさておき、見かけ上の距離は縮まったふうだな」

「剣見君らしいわね、『仲良くなった』とは言わないところ」

「いやだって、俺の思い込みならあとで悲しいだろ。保険だよ」

「悲しいメンタル保険ね」

「新手の外資系かよ。まーこれが、俺の培った生き方だ」

 こうして、三不思議のうち残るは二つ。

 図書室の神隠しの件は、越後と紫苑から情報を仕入れることができるだろう。枇杷の件は、瓮の友人である一組の渕野辺(ふちのべ)仁香(にか)という人物から話を聞けることになった。


⭐︎


 紫苑に連絡すると、図書室の件は詳細を探ってくれるというので、そこは任せ、先に越後に会いに行くことにした。

 異世界階段解決の日から、二日後のことである。

 越後は本を読んでいることが多いし、本を借りる事もあるだろう。何か知っているかもしれないと考えていた俺は、何か心当たりがないか聞いたのだったが、こんな返事が返ってくるのだった。

「本が……消える。一大事だねそれは。本だけに」

「……いや本だけにって、何とかかってんだよ。ちょっと真面目に考えちまったじゃねーか。

 で、何か知らないか? お前、怪異見えるし」

「ふうぅぅ……よく、聞いてくれたね。私ね、実は知ってることが——」

「ねーな」

「なんでッ! まだ最後まで言ってない!」

「いや、ふうぅ……って息ついてるうちに、どう返せば面白いか考えてたよな。んな見え透いたこと」

「でもふーん、そんな話があったのね。知らなかったな、本が神隠しなんて。

 被害にあった本のタイトルとか分かるの?」

「いや分からん。詳しくは図書委員の奴から話を聞くつもりだ」

「おや、図書委員の人に知り合いがおりますの?」

「ほら、あのとき手を貸した姉妹の妹の方、図書委員らしいんだ」

「へえー。図書委員の子なら、そりゃあいろいろ分かりそうだもんね。

 でも剣見君……そんなにお友達が増えちゃって、かわいそうに」

「ニキビが増えちゃったみたいな言い方してくれるなよ。一般的には、寿ぐべきことだろ」

「ところがどっこい、そういう関係が生まれたからこそ生じる別れもあるわけですよ。生まれたからには終わりも来る。

 卒業で別れる悲しさも、喧嘩をした時の悔しさも、期待を裏切られた時の寂しさも、関係をもってしまったことで生まれてしまう感情なわけですよ。

 もし関係がゼロだったら、そこに苦しめられずに済むんだよ? まだ遅くない。今なら引き返せる」

「間違った道を進んだ覚えはないし、誤った真理に誘おうとすんな」

「ていうかさぁ、どうにも女の子ばっかじゃない? 怪異と一悶着あった人達」

「あーそれね。いや実は俺も思ってたんだよ。で、幸徳池に聞いてみたわけさ。したら、どうも昔からそういうものらしい。

 巫女とかって女性がやるだろ。神職に欠かせない女性の存在は、つまりそういう神秘を宿す身体であるからこそ、ってのがあるらしいぜ。男は何も宿らないからな、言われてみれば」

「ほーん、それ不公平じゃない?」

「とは言え、男の方が霊的な加護は貰いにくいんだと。だから、ご利益的なのも女性に優位性があるらしい。一長一短あるんだろうさ」

「そんなもんかぁ」

 なんて言って、ぐーっと伸びをした越後はこう続けた。

「あーあ、剣見君にも春が来やがったかぁ。これ見よがしにハーレム形成してくるとはねえ……」

「春と言うには花の一つも咲いてないけどな。そういうラブコメ要素いまんとこゼロだから。もっともそんなの求めちゃないが」

「でも、好きって言われたらどうする? そんなこと言っておきながら結局ホイホイだろ」

「言っとくが、俺は結構硬いぞ」

「下ネタデスカ?」

「ちげーよ馬鹿タレ。警戒心が強いって意味な(別にふにゃってわけじゃないが)」

「はぁ……あもーつまんなーい剣見君が遠くに行っちゃうッ!」

 妙な話をすると思えば……なるほど、相手にしてもらえなくなる不安か。お子様じゃあるまいにまったく。

「んなことないだろうよ……ていうか、今の話からすると自分が彼氏がいないこと公言したようなもんだぞ。気づいてるのか?」

「あ……!」

 気づいていなかったらしい。御愁傷様である。

「意外だなしかし、越後もそういう色恋ってのを気にするタイプだったんだ。てっきり色気より食い気イメージでいたけど」

「サラッと失礼なこと言わないでっ! 私だってそりゃあ、箸が転んでもおかしな年頃ですから? 恋の一つや二つしたことだってあるし、興味くらいありますとも」

「たしかにー。そいや俺が一年のころ、越後がしばらく読んでた本、あれ恋愛テーマだったな。なんだっけ? 映画化もされて、話題になったとか」

「あーそれね。ていうか、よく覚えてたねそんなの。見てないようで意外と見てるよねぇ、オッパイとか」

「否定はしない。だからいっそ、バレないように慎ましく見ている努力を評価してもらおうか。

 というか、毎回のように見かけてたんだから、そりゃ気になるってもんだろうよ」

「おっぱいが?」

「ちげーわ、もういいよ乳離れせい。成長しようぜ。本の話だ」

「あれはねぇ……難病で余命宣告された女子高生が、生きる希望を見失って不登校になってた男子高校生に、家出をした先で出会ったところから始まる、純愛の過程を描いた涙なしには語れない物語——なのさ」

「へぇ、だから何度も読み返してたの?」

「ううん。読むの遅いから、なかなか読了できなかっただけ」

「なるほどな。そういうの、図書室から借りてんのか?」

「本もなんだかんだ、買えば高いしね」

「それな。姉ちゃんの雑誌なんてすげーよ、毎回何千円単位で買うんだぜ? どうせ捨てるだろうに」

「へぇー、剣見君お姉さんいるの?」

「あ、言ってなかったな。ここの卒業生なんだけど」

「なっ……」

 なぜか越後は、まるで大事に食べていたアイスクリームが床に落ちてしまったというふうな唖然っぷり。

「どした? やけに驚くじゃん」

「それって、もしやモデルさん……だったり?」

「やっぱ知られてるとこじゃ、知られてるもんなんだな。茜高校にいた時からやってたらしい」

「そっか……そっかそっか、ははは。噂には聞いていたけど、すごいね。モデルのお姉さんかぁ」

 珍しく引き攣った笑みを見せるが、俺があのモデルの弟だと知ればまぁ分からなくもない。歩くだけで華やかなのが姉とすれば、立ってれば電信柱と変わらないのが俺だ。そんな二人が血のつながった姉弟というのだから、そりゃビックリもされよう。

「まぁ、家だと堕落ぶりがすごいけどな」

「お姉さんとは……その、高校時代のお話とかってしたりする?」

「いや、あんましない。話すときはもっと別のことが多いな」

「あはは、そっか……いやでも収穫ですな。剣見君が、まさかジュンナちゃんの弟であったとは――」

 実名は、剣見純菜で非公表。モデル名は、カタカナでジュンナ。俺が弟であるということは、だから苗字だけではおそらく気づかない奴がほとんどだ。ゆえに入れ替わりで入学できて、俺は良かったと思うわけだったりした。

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