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  作者: 左猫右雛
第三章
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37【カイダン】

 階段は、舗装された手前の道とは異なりコンクリートで綺麗に整えられたものなんかではなく、山中にポツンと出てきそうな石造りの極めて粗野(そや)なものだ。段差はバラつき、劣化具合が見て取れる。管理されているとは言い難い。

 上った先には古井戸があって、転落防止のためだろう頑丈そうな格子がつけられ、風化して読めなくなった看板は錆びつきながらも鎖でそこに取り付けられている……と、こんな様相。

 だからこそ、何かありげなホラーじみたものを連想してしまうのは仕方がないと言えよう。

「本当ね……一段、減ってるわ」

 いつのまにか俺に続いて試した幸徳池が言った。

「え……いやお前もお迎え来ちゃうじゃんかっ、何やってんだよ!」

「待ってちょうだい、そんなバカなことあるわけないでしょ。こういう現象を引き起こす怪異なんて私、聞いた事がない。知らないもん」

「知らないもんて……それこそ、知らないものだってあるだろ? 絶対じゃないっていつも口癖のようにお前、言ってるじゃないかよ」

「それはね。そうだけれど」

「ならこういうのだって、あるかもしれないだろ?」

「ふむ……」

 どこか解せぬ様子を見せた後、吐き捨てるようにこう言いやがった。

「はいはいそうねそうかもしれないわ」

「やなんでちょっと不貞腐れてんだ」

「そう見えたの? なら私は、いつも不貞腐れてるのね」

 めんどくせッ——

 その後、何度か試すのだったがいずれも結果は同じだった。突き付けられた不動の事実——上り十四段、下り十三段。

 というかそもそも、階段の本来の段数こそ分からないというのはある。ひょっとすれば本当は十三段で、実は一段増えていたなんてオチだってあるかもしれない。一段増えているところを上ってしまったが為の現象。一段増える階段——否、怪段だったと。

 珍しく合う俺たちのため息。しかしそこで俺は、ヒラメキを得るのだった。

「なぁ、ひょっとするとあれじゃないの? 結界」

「……?」

「幸徳池の家で一度、結界に閉じ込められたことあったろ。あれは然鳩(さばと)さんのせいだったけれど、自然界にもそういうのは生まれるとか、たしか言ってたよな。だから、そういうのに迷い込んだとかは?」

 幸徳池はスマホを見て、しかしこれを否定した。

「ふむ……その可能性は低いわね。自然の結界であれば、スマホが外と繋がっているのはおかしいわ。ちょうどいま新着が入ったみたいだから。ほら――」

「ほんとだ……」

 いまの時刻で広告メッセージが受信されていた。この分だと、普通に誰かを呼べそうだ。

 かと言って、呼ぶのが普通の人間じゃ意味が無い。だから、然鳩あたりになるのだろうが……事の成り行き上、それを易々と認める幸徳池でもないだろう。

 案の定、幸徳池は何をするでもなくスマホをしまった。

「必ず何かしらの具体的な怪異が関わっているはずなのよ。もし、場所的な怪異現象なのであれば、それこそ剣見君が今しがた言った通り、結界的なものに囚われてしまっているだろうし」

「……分かるのは、閉ざされた空間に迷い込んではないことくらいか」

「そうね。ただ、特定の怪異の仕業にしても……あまりにも珍妙よ。もう少し特徴的な先触れがあっても、それこそ良いはずなのに。剣見君、本当に何も異変は感じないのよね?」

 まさか見逃しがあるかもしれないと、改めて注意深く観察するが。

「……まったく分からんお手上げだ、普通に見える。というか、普通じゃないものが見えない」

 そう、見えないし何も起こらないというのが余計に怖い。

「……困ったわね」

「困ったよまったく。上に古井戸があったし、過去に何かあって曰く付きの場所だったりすんのかなぁ、やっぱ。怪異というよりは、怨念とかそういう。それで、あの世に連れて行かれるみたいな……」

 むかし、この井戸に身投げをした人が……的な。

「……たしかに恨み辛みの負の感情が怪異現象をもたらす場合もあるけれど、現実にここまで干渉出来るのであれば、それこそ異変が身辺にすぐさま生じてもおかしくないわ。というか、そうなっているべきなのに異変はないわけよ。剣見君も、私も」

 そこで俺は、ふと思う。思いつかないままでいたかったが、思いついてしまったからには言わざるを得ない。

「どうしたの剣見君。顔が真っ青だけれど」

「……怪異がわざと姿を隠すというか、気づかせないようにする……みたいなことってあったりすんの?」

「わざと。ふむ……無いとは言えないわね。

 力があるからこそ、今は潜んでいて何かをきっかけに起こる、あるいは徐々に迫ってくる。それが把握できたからこそ、書き留めるなりなんなりすることもできて、ウワサに繋がった……ひょっとすれば、あるかもしれないわね」

 一気に攫われるが如く、お迎えとやらに連れて行かれたとしよう。それなら誰にも分からないことで終わってしまうはず。ウワサになる余地は無い。しかし、段階的な状況が生まれていたとしたなら、術中にある者はその迫り来る恐怖から、どこかに書き連ねていてもおかしくはない。あるいはチャットなんかで相談を。

 その痕跡は、ウワサが構築されることに大いに寄与することだろう。ホラーゲームでよく出てくる『残された手記』みたいに。日に日に異変は大きくなっていき、そして最後に……というやつだ。

 そこまで考えがいったとこで、俺の腕に鳥肌が立った。

「う、怖すぎんだろっ! えぇぇ……俺このまま帰るのヤだぜ」

 しかし、そんなときであった――

「雛太?」

「わビックリしたっ!」

 思わず飛び跳ねて振り返る。そこには真ん丸な目を見せる瓮がいた。

「こっちが驚きだし。そんな驚かなくてもいいじゃん。ていうか、何やってんのこんなとこでさ。窓ガラスでも割っちゃったような顔でしかも。なんかやらかしたわけ?」

「や……気分的な面で言えば、それもあながち間違いじゃないんだけど、実は――」

 そこで俺は部活着の瓮に説明するのだが、聞き終える前に爆笑しやがった。

「アッハハハ! それっ……プッハハハハ!」

 笑い事じゃねーよ! こっちは真剣に悩んでるのに。

 しかし、腹を抱えて笑った理由は聞けば納得の理由があった。言い換えると、知れば得心のいく結末だった。

 これは、単純なトリックだったのだ。階段に……否、怪談に俺たちは騙されていた。これを聞いてしまうと今さらながら、自分もそうだが幸徳池も案外アホだった。

 では、種明かしといこう――

 まず、先述の通り階段はやや歪だ。段差もムラがあって端っこは土に埋もれている部分もある。ヒビもありゴツゴツとして、一部は燻んだ色だったり、明るい色だったりとそこもまたムラがある。そんな階段の最下段は、他の段よりも低い。だから上る時は、ごく低い段差といったふうに感じる。

 『低い段差』——というところがミソだ。

 上る時には、この低い段差も当然イチと数える。が、下るときはどうだろう? 驚くことに上の角度から下を見たとき、光の加減でなのか、低い段差のはずなのに地面と同化して見えるのだ。

 つまり、上る時は低い段差を数えておきながら、下る時はそれをすっ飛ばしていたという……瓮の失笑も頷ける、なんともマヌケな結末であった。

 こういうのはお化け階段と呼ばれ、他にも街中に点在しているらしい。まったく、人騒がせな。いや、勝手に騒いでいたのは俺たちか。怪談を先に聞いていたからこそ先入観を持ってしまっていたようだ。

「まさか雛太たちまで、あんな取ってつけたようなウワサに騙されちゃうとはビックリ」

「俺も驚きだよ、自分のアホさ加減に」

 言ってみれば、坂道錯視(さくし)と本質的に同じことが起きていたってことだ。今思えば、そういうのは幽霊坂、なんて言われているんだっけ。

 いつかの九穏の言葉、『なんでもかんでも怪異のせいにするな』が耳に痛い。

 しかしなぜ、そんな安易な勘違いなのに、この真相が表に出回らなかったのかというと、その理由も瓮から聞かされた。

「ウチは一年のとき先輩から教えてもらったんだけど、みんなこれで驚かせたいわけ。だから、本当のことは広めないんだよ。

 単純な仕掛けというか仕組みなんだけれど、みんな次の人が引っかかるために黙ってる。そうやってウチらの間でも、有名なウワサになっちゃってるわけよね。

 ははっ、だからある意味じゃ伝統かもね、茜高校の」

「褒められた伝統じゃねーなそりゃあ。とりわけ俺みたいなのにとっちゃ。

 でも待てよ、そうすると他のウワサもそんな結末だったりするの?」

「ほかって?」

「ほら、茜高校三不思議」

 しかし、ピンとこなかったようで首を捻る。

「いいや、そんなのは知らないけど」

「え……?」

「あ。剣見君、その名自体は私が考えたものだから、みんな知らないわよ」

「やそういうものがあるんじゃなかったんかいっ! 先に言え紛らわしいな、周知されてるのかと思ったわ」

「で雛太。なんなの、その三不思議って」

「それは、私から説明するわね——」

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