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  作者: 左猫右雛
第二章
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33/47

33【五月女くらは 上】

 ということで今回は、小学生時代のお話だ。

 怪異が見えるようになったのも、実はこの時期に深く関係していて、家族で旅行に行ったその帰りに巻き込まれてしまった事故がきっかけだった。

 当時の記憶を、今や詳細まで覚えちゃいないのだが、後から聞いた話ではトンネル崩落で多重事故が起こっていたのだとか。家族はみんな車外へ脱出できていたが、俺だけ挟まってどうにも身動きがとれなかった。誰かに助けを求めて、親は一時的に俺から離れたようだったのだが、それが心細く号泣していたのはしっかりと覚えている。

 そんなときだ……颯爽と現れた人によって、俺は窮地から救われた。いったいどうやって助け出したのかは分からないけれど、ひしゃげているであろう狭い空間から、たくましい腕で抱えられつつ抜け出せたとこまでは覚えている。が、そこからの記憶は非常に薄弱で、気づけば病院だったという感じ。そんなことがあってからだ、怪異を見るようになったのは。ちなみに親は俺の話を受け、遅ればせながらヒーロを随分探したらしいのだが、結局分からずじまいだった。

 尾が裂けた猫や青白く光る蛇、宙を漂う半身だけの鯨、嫌な感じのする黒い霧などなど、俺は度々奇怪なものを経験することになったのだが、この時点ではこれと言って目立った害はなかったのもあり、警戒心よりも好奇心が勝っていた。いわゆるフレーミング効果だ。焦点が当てられていたのは、『脅威』ではなく『興味』の方だった。

 そんな浅はかな自分に気付かされたのは、小学五年の時分。ここからは、暫し当時の回想だ。俺も記憶を正すとともに、心を正座させて思い返していきたい——


 遊び場の一つ『せせらぎ緑地』。支流を利用し作られたそこは、水遊びスポットだ。ウッドデッキには小さな売店。水路を囲うのは、色とりどりの紫陽花の小道。住民の憩いの場。その一角の小川で見つけた例の白い巨大なナマズに、当時の俺は夢中になっていた。信じてもらえず馬鹿にされていたというのが、血眼で探していた理由の大半だ。

 俺の見た不可思議なモノの話しは、はじめこそ皆の興味や話題を掻っ攫っていたが、時が経てばすっかり信じちゃもらえなかったし、嘘つき呼ばわりされてしまっていた。

「そんなもの本当は無いんだろ」、「もういいよ、飽きたんだよ嘘つき」——そんな言葉に、だから俺も意地になるわけだ。

 ようやく見つけたのは、土曜の真っ昼間。前触れもなく、気づけばそこに巨大ナマズがいた。これに俺は、一目散にこども文化センターへ走った。そこには、必ず五月女くらはがいるからだ。五月女だけは、俺の話を滑稽(こっけい)と笑うことも、嘘つきと罵ることも、くだらないと無視することもしなかった唯一の人物だから。

 ルームの隅で女子達とあや取りなんかをする五月女を見つけるや否や、慌ただしく引っ張って連れ出した俺は、小川へと向かう。


「――こっちだよ早く来い!」

「待ってえ……のぼれ、ないの」

「んだよどんくさいなぁ……ほらっ」

 岩場の上から手を貸し、五月女を引っ張り上げる。すると膝を擦りむいたようで、そこで蹲ってしまう。

「痛っ……」

「大丈夫か?」

「うん、平気。ありがと……」

 立ち上がった五月女と岩場を渡る。耳にはせせらぎの音、肌には涼しい風。腰くらいまでの深さがずっと続く縦長の小川を俺たちは目下にし、例の場所へと辿り着く。そこにはまだ、アレがいた。

「わぁいた、ほら早く来てみろよ! こっちにいるからさっ!」

 追いついた五月女が見せるはしかし鈍い反応、戸惑う視線。

「えっと……」

「そこだよほら、いるだろ? 嘘じゃないって分かったろ?」

「あぁ、ええとっ……ほんとーだね、すごいね。綺麗な感じで……えと、すごい青色だね!」

 俺は失望させられた。なぜなら嘘をつかれたからだ。

 俺は五月女に、『巨大なナマズ』としか言っていなかった。しかし、前に『青く光る蝶』のことも話していた。このとき、五月女はそれと混同してしまったに違いない。それは、五月女なりの気遣いだったのだろうが、俺はガキだったからそんな気持ちを汲むことはできず。

「は……ちげーよ。なんだよ嘘つきっ!!」

 なんて激怒してしまった。

「……っえ。ご、ごめ——」

「ふざけんな! なんで、そんな嘘つくんだよッ!」

「違うの、ごめん! ごめんね……」

「お前もバカに……連れてくんじゃなかった、もう絶交だ!」

「ごめんねヒナ君! そういうつもりじゃないの……だって、見えないんだもん……私には、もしかしたら見えないものなのかな」

「っざけんな。そうだ、だったら――」

 飛び込んで捕まえてやる、と思った次の瞬間。

「——きゃあっ!!」

 一瞬のことだった。

 俺の横で、あいつは小川に引きずり込まれ落下した。水飛沫を立てて、溺れている。しかし、そこは腰の高さくらいまでしかないのだから、溺れるわけがない。だのに、五月女は立てずに苦しそうにもがいていた。

 正直、何が起きているのか訳が分からなかったが、我に返った俺は飛び込んで『何か』から救おうとした。

——バシャンッ!

「おいッ、しっかり立てっ!」

「っ……た、っすけ……んぐ」

 五月女の腕を引きながら気づく。爬虫類の腕のようなものが、まるで(つる)のように巻きついていることに。

「なんなんだよくそッ!!」

 とてもじゃないが引き上げられそうもなかった。これでは取り返しのつかないことになってしまう、なんて思った矢先……騒ぎに駆けつけた大人達が事にあたれば、これが驚くことにあっという間に五月女は引き上げられ、ナマズはいつの間にか跡形もなく消えていたのだった。

 心肺蘇生をされる五月女を前に、俺は呆然と立ち尽くす。自分のせいで、五月女が死んでしまうかもしれないと思った俺の心境は、わざわざ筆舌に(たしな)める必要も無いだろう。

 五月女が助かったこと自体は、翌日くらいに親から聞かされたが……その後、しばらく学校に来なかった。やっと登校してきたと思えば、車椅子になっていたというわけだ。

 絶望した……しかし、彼女は絶望していなかった。むしろ、『心配かけてごめんね』なんて笑みを浮かべて、絶望のまどろみにいる俺の手を引いてこそくれた。

 このとき俺は泣いて謝ったのだが、同時に自分の中に潜む『悪』というものに気付かされた。五月女は俺のことを心配してくれたというのに、俺は俺のことを心配していたのだ。もちろん五月女のことを心配していたのはある。しかしそれ以上に、もしみんなに責められ続けていくのだとしたら。五月女が俺を恨んで、そしてずっと恨み続けてきたら。途方もない恐々とした気持ちの方が断然、不安や心配の大半を占めていた。

 それからというもの、五月女を避けて学校生活を送った。謝ったあの日以降、合わせる顔がなかったし、噂とはすぐ広まるもの。俺はすっかり『変な子供』というレッテルを貼られていたから、近寄らせないように女子達が囲んでいたのもある。たぶん保護者界隈でも、噂なりなんなりがいろいろあったんだと思う。周囲の感じが変わっていたから。これ以降における学校での俺の立ち位置は、想像にお任せするとしよう。

 今思えば、やっと良い立地の戸建てが買えるなんて言って引っ越したわけだが、実のところ俺が原因だったのかもしれない。だとしたら、迷惑をかけたもんだ。姉にも。

 以上が、いまの俺が出来上がった経緯である――


⭐︎


 車椅子を押しつつバーガーショップに向かったわけだけれど、俺にはその車椅子がとても重く感じた。別に五月女が太ってるとかそういうことじゃなく……要するに俺のメンタルの話。

 ところで車椅子は当時とは違い、オシャレというか洗練されているふうだった。スマートな骨組みで、リムタイヤのカバーというのだろうか、そこには柄が入っていたりして可愛らしいデザインだ。

 五月女は車椅子でも入れる店というのを、把握しているのだろう。そこのバーガーショップは席間が広く、車椅子のままでも入店しやすかった。

 丸テーブルに並ぶ、ハンバーガーとポテト、コーラにカルピス。そういえば、五月女は家に遊びに来た時も何が良いか聞かれた際、毎回カルピスだった。こうしてみるみる記憶が掘り起こされるのは、不思議な感覚だ。

 五月女が、置き場所を整えながら言う。

「懐かしいね。みんなでお出掛けしたときに、こうやってハンバーガー食べたよね。ソウタ君のお父さんが運転して、ヒナ君とアキちゃんのお母さんが引率してくれて。まだ思い出せるもん、わたし」

「そうだな、そんなことあったね……懐かしいな」

 今の今まで、そんなことはすっかり忘れていたが。

「ヒナ君は、平日なのに学校どうしたの? もしかしてサボっちゃった?」

「いや……ほんとはさ、修学旅行に行くはずだったんだよ。ところが風邪拗らせて行けなくなって。治ったから気分転換にって、出てきたんだ」

 五月女こそ、なぜこうして昼間にワンピースを着て外にいるのか。

「そうだったの? ごめん、それなのに誘っちゃったね。平気?」

「別に、もう平気」

「それなら良かったけど……何かあれば、言ってね」

「ああ、ありがと」

 気遣いの人であるのは、昔も今も変わらないらしい。いっそ、恨み辛みの罵詈雑言でも浴びせてくれたら、それをもって免罪符にできたのかもしれなかったが、生憎そういった気配は幼き頃から微塵もない。

「ヒナ君はいま、どこの高校に通ってるの?」

「茜高校」

「わあー! すごいね、やっぱりヒナ君だ。頭、良いもんね。昔からみんなよりいろんなこと知ってたし」

「いや……そんなんじゃないけどさ」

「私は定時制でね。だから、登校は夕方からなの」

「そういうことだったのか。だからいまも……ん、ていうか待って。定時制なの?」

「うん。勉強の面というより、他の面でいろいろあって、全日制には行けなくて」

「……そっか」

 それも俺が原因だろうか。

「でも全日制の子達みたいに体育祭もやるし、楽しいよ。少ないけどね、へへ」

 なんて言って、食べ始めようとする五月女を俺は呼び止めた。

「あのさ。食べる前に……やっぱりちゃんと話しておきたいんだ。もしかすると、五月女は聞きたくないかもしれない。でも言わなきゃいけないと思うから、今更ながらにでも言わせて欲しいんだけど……」

 五月女はハンバーガーの包みを軽く直し、そこに戻す。

「いいよ。でも、じゃあその前に私も話さなきゃいけないこと、本当はあるの。それ話してからでもいーい?」

「え……別に構わないけど」

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