32【越後ロジック】
一連の出来事が片付いたのと定期試験を終えた開放感から俺はこの日、羽を伸ばしに図書室へ赴いた。ベンチで呑気に欠伸をかます越後に、いたずら心をくすぐられるもここはグッと我慢。
「よ、越後屋」
ちょっと濡れた瞳が細まる。
「ふ……そろそろかと思っていたよ。なんだい、またぞろ事件を持ってきたのかね? 君がいるところには事件ばかりだ」
「やめろ事件なんてねーよ迷探偵。逆だ、片付いたばっかりだってのに、フラグじみたこと言ってくれたがために問題が湧いちまったらどうしてくれんだ」
「片付いたって、このまえ話してたやつ?」
俺はセンセーショナルな部分(姉妹関係や奇病の詳細)はマイルドに濁して、顛末というか概要を話した。
「へえー付喪神かぁ。はて……あんまイメージが湧きませんな。
貧乏神なら見窄らしい感じとか、お稲荷さんならキツネとか、座敷童子なら子供とかパッと浮かぶのがあるけど。付喪神って、コレっていうのが無いよね」
「そう言われてみると、そうだな」
「サルボボってなに?」
「ああ、ちょっと待って」
スマホで検索して実物画像を見せようとしたのだが、何故か接続不良。変に間延びをさせてから、口頭で説明することになった。
「――って感じの人形で、岐阜の郷土品らしい」
「へえ、可愛い感じなんだ。でもなーんか引っかかるよねえ」
「なにを?」
「オシエドリを敵とみなした付喪神が、その子を守るために捕食したってことなんだよね? でも失敗して、呪いがかけられて……みたいな?」
「ああ、状況的にそう考えるのが妥当みたいだぜ。
はじめは、上位の怪異がとる捕食行動のそれとばかり考えてた。だから、オシエドリを捕食した付喪神が能力を引き継いで、莉音を悪意から守ろうとした結果起こった一連の騒動かと。
でも実際のところ、捕食は失敗してた。オシエドリの呪いが残り、それを軸に復活しようと企んでいた。その結果の騒動だったわけだ。
まぁ結局オシエドリに不用意に手を出した付喪神が発端……って見方もできるんだけどな」
「ふーん。んーでも違うとおもんだよね、私。付喪神は、わざとオシエドリを襲ったんじゃないのかな」
思いがけぬ言葉に、俺は面を食らう。
「は、わざと……?」
「はじめから呪いを受けるつもりだったし、自分を壊させるつもりだったんだよ」
「いやいや、それはおかしくないか? 自分じゃ捕食できないとか、呪いを受けるってことが分かっていたなら、そんな行動は守ることにまず繋がらないじゃんか。
付喪神は、モノが持つ本来の道を踏み外すことはできない。今回は御守りだ。だから守る役目がなくちゃならない。だのに、それじゃあ持ち主に害を引き寄せてしまってる。まして自滅するような結果を招こうだなんて、普通に考えてどうなんだ」
「自滅は……まぁ、そうなんだけれど。違くてさ、意義のあるそれだったかもねってお話しだよ」
「ん……?」
「今回の付喪神、そこらへんで買ってきた十把一絡げな御守りじゃなくて、多感な時期を共に過ごしたサルボボなわけじゃない? 守る本分があるわけだけど、もっとその子のために寄った『守り』をする可能性は大いにあると思うんだ。だとしたら、その子を守るためにいったいどうするのが最善なのかを分かっていたって、だから私は思うわけさ。
そう考えるとだよ? その子にとっての一番の害、それは自ずと見えてくるというか……」
そう言われて俺は、はたと気付く。一番の害……それこそ言うまでもなくひとつしか無かった。散々もどかしそうに、苦しそうに過去を語った莉音が脳裏に過ぎる。そう、奇病を置いて他にないだろう。
「まさか奇病を……治すため?」
「その内容は詳しく知らないけれど、幼少から苦しんでる随分シビアな問題だったんでしょ? 今までも苦しみ、これからもずっと苦しめられてしまうであろう途方も無い害から、その子を解放するためにオシエドリを利用したんじゃないかな。
それに儀式の後、憑き物が取れたみたいに振る舞ったんでしょ? そんな態度の変化、相当なことがないとできない気がするし」
失ったものは秘密だと言った。それでいて、今までちっとも見せたことがなかった表情・仕草を見せてきた。何かが変わったのは明らかだったが、それはまさか……。
「マジかよ……」
「失うものがあるって言われてたのに、むしろ得るものこそあったような振る舞いを見せたのは、その前提に立ってみると案外しっくりこない?」
『御守り』の本分ではなく、『莉音の御守り』という本懐——そう思えばなるほど、納得せざるを得ない。いやはやこれが、本当の後日談なのかもしれない。
付喪神は神だ。であれば神視点で俯瞰していて、オシエドリもろとも奇病を葬り去るために、俺たちは利用されたとも言えそうだ。塞翁が馬もいいところである。
「踊らされてたのかもしれんな、俺たちは」
「小踊り、お疲れ様でした」
「いやたしかに終わって喜んだ気持ちはあるけど、小躍りできるほど明るい話じゃないんだわ」
「それより、そろそろ修学旅行だね。二年生」
「あ……もうそんな時期か。長過ぎるわ、四泊五日だぜ? 二泊三日で、そんなもん良いだろうに」
「今年も沖縄?」
「みたい」
「なら、飛行機で到着したら半日しかないし、最後の日も同じく半日しかないわけだから、実質二日になっちゃうし。それじゃ何もできないでしょ」
「いや二日もあれば十分じゃねの?」
「いや全然ッ! 離島だって行くんでしょ?」
「らしいね」
「じゃフェリー使うと思うし、移動時間でほぼ終わっちゃうじゃん。それじゃ沖縄のオの字も堪能できない弾丸旅行だよ」
確かに飛行機やらバスやらフェリーやらなんてのを考えると、相当な時間ロスにはなる。しかし俺にとって、そういう問題では無かったりした。
「そもそも俺は、そこまで乗り気じゃないっつーか」
「えなんで!? 退屈な授業なんて受けずに、伸び伸びとのんべんだらりと過ごせちゃえるのに?」
「いやいや、修学旅行は遊びじゃねーんだぞ。平素とは異なる生活環境にあって、見聞を広めて文化に親しみをもって、道徳心を養う一環での校外学習なんだから。
アレだよ……飛行機が乗りたくないんだよ」
「ほえ? 高所恐怖症なの?」
「いや、そういうんじゃないけど。
飛行機ってほら、逃げ場がないじゃん。何かあったときに、もはやまな板の上の鯉なわけで、なす術なく落ちるだけじゃんか。そういうのがイヤなんだ。
電車とか車なら地面についてるからなんとかなりそうでも、空の上じゃどうにもなんねーもん」
「でもほら、パラシュートで外にポーンてしないの?」
「……いやしねーわ怖すぎんだろむしろ。それ、戦闘機とか軍用機のことだろ。ジャンボ旅客機でそんなことしてみろ、エンジンに巻き込まれてミンチになっちまうわ。
そうでなくとも、空気抵抗は速度の二乗に比例するわけだし、相応にGも強い。だから、どのみち危険すぎだ」
「細かっ! まーそれでも行くわけだしね。ほいじゃあ沖縄土産、期待して待ってるぜ」
「それ狙いで話題振りやがったな」
「ふふふ……」
そういえば、自由行動のときに瓮に誘われたんだ。仕方ない、女子ウケするものでも相談してみるか。
⭐︎
そして迎えた、修学旅行前日。六月二十九日、大安。大いに安し……どこがだ。いや、何がだ。季節外れのインフルエンザとは、あまり小馬鹿にするものではない。
ということで、俺はインフルエンザで高熱を出し、修学旅行へ行けなくなってしまったのだった。睡眠不足のツケか。
熱は二日ほどで引いたので、残す四日間はほぼ普通の身体で過ごすこととなるわけだが、安静に過ごすというのはなかなかシンドイものがある。暇に飽かせて猫動画を見るのもいいが、それも二日続けばさすがにシンドイ。
だから俺は、外へ出ることにした。七月三日のことである。
「……ってもなぁ」
いきおい外に出ちゃみたものの、目的地が無いというのは逆に歩きづらい。人は、目標があればこそ歩める生き物らしい。
そこで、子供の頃によく遊んだ公園付近にでも行こうかと考えた。引っ越してしまったから今は隣町になるわけだが、歩いて行けない距離じゃない。
着いてみると、付近には新しくマンションも建ってるし、目の前の道も舗装されていて見違える。たかが数年で、この変化。公園はおそらくあまり変わってないが、記憶とは違った。あの頃はもっと大きく見えていたが、今やこじんまりして見える。
小学五年生の頃までは、こういうとこでよく友達と遊んでいた。そうできなくなったのは怪異が原因だ。
俺は当時、アルビノを思わせる真っ白い体をしたナマズを。ボルゾイを丸呑みにしてしまえそうなサイズのそれを小川で目撃して以来、探すことに躍起になっていた。
今となっちゃ、あんなに大きいのに話題に上らないのはあまりにも不自然と分かる。しかし、小学生の頭じゃそこまで及ばなかった。『新種発見』みたいな感じにしか、恨むらくは思っていなかったのだ。そんなことだから、俺は自分が嘘つきじゃないことを証明したくて、友達を怪異に巻き込んでしまった。
しかし、それはもう過去のこと……と、俺は公園に背を向けた。いや、苦い過去に背を向けたのかもしれなかった。ところが、そうはさせてはくれないのが現実というものらしい。
「ヒナ君……?」
不意に呼び止める声は耳に懐かしく、しかしどこかそうではない。じんわり聞き覚えがあって、やっぱりどこか違う。それもそのはずで……振り向いた先に佇んでいたのは小学生時代の友人、五月女くらはだった。
俺の記憶が一気に動きだす。
「……まさか、五月女」
「やっぱりヒナ君だ……すごく久しぶりだね。あの、元気……だった?」
控えめな優しい声。
「あぁ、まあ……」
「すごいね。背、伸びたね。立派になったね。かっこよくなって」
親戚のおばさんかよ。
「そうかな……」
「何年振りかな……私、また会えるなんて思ってなかった。何もろくに話せなかったし、ずっと気になってたの——」
五月女くらは——俺が怪異に引き合わせてしまったせいで、この通り車椅子生活にさせてしまった少女、その人である。
どうやら俺はとうとう、自分の犯した罪に向き合う必要が生まれたらしい。インフルエンザといい再会といい、一気にツケが回ってきたみたいだ。
俺は彼女に言われ、場所をバーガーショップに変えて話し合う。約六年ぶりに。
人生という物語を散々、他人に開示させてきたわけだが、自分だけ秘密のままとはやはりいかないようだ。それでは開示しよう、俺の物語を。さて、まずどこから話そうか——




