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  作者: 左猫右雛
第二章
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30/39

30【笹野目莉音 上】

 住所を言われ、向かった笹野目家。

 ピアノがある一軒家、という俺の勝手なイメージ通りの見た目……では全然なく、築年数が見た目で分かるほど古びた木造アパートだった。

 『笹野目』と書かれた102号室。目を真っ赤にさせた紫苑によって中へ通されると……ディフューザーだろうか、やや強めな香りが鼻を抜ける。母親のバッグや服であろう物がやたら目に付くが、小綺麗にされている印象の2DKだ。テーブルには、無造作に紙幣が置かれている。

 どうやら姉妹で同じ部屋を使っているらしく、和室の布団に横たわった莉音はインフルエンザにやられたような姿。袖口から見える腕にはオシエドリのものとよく似た羽が、手の甲にかけて確認できた。

 幸徳池はしかしそれを見ることはできず、詳細は俺が伝えている。紫苑が見えるのは、莉音と関係が深いからのようだ。と言っても、朝早くに出た母親に関しちゃ別段、気づかなかったそうだが。

 さて、結論から述べよう。莉音はオシエドリの呪いに蝕まれているということが判明した。正確には、付喪神を介しての呪いに。

 そう……オシエドリは、まだ存在した。呪いという形で、自らの復活を図っていた。それが意味するのは、付喪神による捕食の失敗。同時に、俺たちの誤解。

 一連の騒動が、莉音を守るべくして引き起こした付喪神による怪異現象という予想——これは、誤りだった。

 オシエドリが、呪いをもとに復活すべく引き起こした怪異現象——これが正しい。

 そうやってオシエドリは因果を辿り、力を奪い続けていたのだ。

 では、付喪神の実際の動きはというと……オシエドリとファーストコンタクトを取ったとき、莉音を守るためにまず捕食行動をとったようだ。しかし未熟な付喪神であるため、呪いという反撃を許してしまった。畢竟(ひっきょう)、付喪神は徹頭徹尾、莉音を守ろうとした。というか、今も呪いから守っている——というのが、現状から幸徳池が推察した内容。

 付喪神が敗北を喫するのは、時間の問題らしい。つまり、莉音がオシエドリの呪いによって生力を持っていかれるのもまた時間の問題……というのが、概ね差し迫っている退っ引きならない事態である。

「――何か手立て、あるんだよな?」

「ええ、あるわよ」

 あまりにアッサリと言うものだから、俺は聞き返す。

「え……ほんとか?」

「比較的ラクな解決法が、たった今生まれたという感じね。

 呪いはあくまで付喪神に対してのもの。そこから、所有者である莉音さん、それから悪意の声を投げてきた彼らに因果を持って、力を奪ってきた。

 つまり付喪神を退治すれば、オシエドリの呪いも消える。呪いを軸に完全復活を目論むオシエドリもまた消える。まさに一石二鳥ね、鳥だけに」

「いや、片方は鳥じゃなくてサルだ」

 言うなら、一石二獣である。

「当初の予定とは違って、本体を壊す他ないけれど、付喪神が呪いの力に気を取られているようなら、きっと難しくはないはずよ」

「……あ、なるほど」

 当初は、本体を壊されまいとする付喪神を相手取れば、大立ち回りになることが危惧されたから、穏便な手段を選択した。が、オシエドリの呪いに手一杯なはずの今なら、話は別。つまり、お役目御免を告げる必要は無くなった。壊して終わり、が最良の手段となったのだ。

「コトは早い方が良いわ。準備するから、剣見君は莉音さんの様子を見ていてくれるかしら。紫苑さんは、サルボボを持ってきてくれる?」

「あ……はい、探してみます!」

 白紙に筆ペンを使って何やら書き込む幸徳池へ、俺は問う。

「一つ聞いておきたいんだけど、いいか?」

「何かしら」

「サルボボ、壊すんだよな」

「そうね」

「どんなふうに?」

「物理的に壊すのなら燃やしたり切り刻んだりとか、まあなんでも良いのだけれど。今回においては呪いで妖力が増している分、霊的な側面でも壊す必要があるわ」

「霊的に?」

「ええ。今から用意する呪符をこの石に貼って、結界の中に置いたサルボボを穿(うが)つ。そうなればきっと、サルボボは跡形もなく消失するでしょうね」

「……そっか」

 莉音にとってサルボボは、きっと守ろうとした物のはず。これで、果たして良いのだろうかと迷いが浮かぶ。

「どうして?」

「いや、莉音はひょっとして守りたかったんじゃないかと思っちまって」

「守りたかった? それはどういう――」

「ありました幸徳池先輩! どうすればよろしいですか?」

 どうやら、莉音は制服のポケットに入れたままにしていたようだ。紫苑は、サルボボを手にこちらへ。

「じゃあ紫苑さんは、剣見君と代わって莉音さんを見ていてちょうだい。剣見君は、鞄から白い布を取り出して広げてくれるかしら。

 サルボボは中央に置いて。あとはそれを囲うように、そこにある呪符(じゅふ)を満遍なく敷き詰めてくれればいいわ。綺麗に並べる必要は無いから」

 呪符にはいろいろと書かれていて、単純に何と読むことはできない。

「――終わったぞ、幸徳池」

「私の鞄に塩が入った袋があるの。適量を豆皿に三角錐の形で盛り付けて、四隅に置いてくれるかしら」

 こうして、着実に段取られていった——


⭐︎


 和室の半分に広げられた白い布。サルボボは、幾何学模様の描かれた中央に。敷き詰められた呪符は、(おびただ)しい文字の海。天然石や盛り塩が配置されたそこはまるで、魔術儀式か何かのよう。

「――じゃあ始めるわよ」

 古語を織り交ぜた言葉を唱え終わった幸徳池は、おもむろに歩み出す。片手に携えた石は、火打石のような見た目。

「莉音……?」

 不意に聞こえた紫苑の声に振り向けば、莉音は汗まみれになりがらも、必死な形相でベランダ側に敷かれた布団から起き上がってくるではないか。

「待って! 私が……わたしが、やるから。お願い……待って!」

 腕をついて這う莉音は息も絶え絶えだ。紫苑が静止しようとするのも当然だった。

「なに言ってるのダメだよ莉音そんな身体で! 幸徳池先輩が助け――」

「黙ってて! 紫苑には分からないッ……私にとって大事なことなの。離して……ッ」

「ろくに立てもしない状態で、任せるなんてできるわけがない。あなたは、向こうにどいてなさい」

「イヤッ! これは私が、やらないといけないの……むしろ私は、あなたになんてやって欲しくないッ!」

 尋常じゃない莉音の様子に、幸徳池も何か理由があることくらいは感じたはずだ。しかしだからと言って、動揺するキャラでもない。放った言葉は、ただただ冷静沈着。

「呪いを身に受けた体じゃ、いずれにしても持たないと言っているの。分からない?

 これは、れっきとした儀式よ。相応に生力が対価として消費される。今のあなたが行えば、きっと何かを失う。その意味を理解してもなお、今しがたと同じことを同じ気持ちで言えるのかしらね」

 それでも莉音は食い下がり、気丈にも立ちあがってみせた。

「それでも良い。やらせて……私が、やらなきゃ……意味が無い。確かめないと……お願いだからっ――」

 なんて言うそばからフラつく莉音に、俺はすかさず肩をかす。

「おいッ……たく、大丈夫かよ」

「ねえ莉音っ! そんなことして、大変なことになったらどうするの? 私は莉音が心配なんだよっ!」

「心配なんてしなくていいッ……!」

「っ……どうして? 分かんない……なんで莉音は、いつも分からないことばかり……ちゃんと説明してくれないと分かんないっ!」

 声を背に進む莉音は、小さく言った。

「なんでもかんでもうまく説明できるんだったら……こんなふうになんか、なってない――」

 莉音は前を向く。でも、その身体は異様に熱帯びている。きっと身体は、かなりこたえているはずだ。俺が支える腕に、手の震えが伝わってくる。

 俺はいま肩を貸しているが、正直なところ……本当に莉音を行かせて大丈夫かという不安が無いでもない。

 そんな迷いを見抜いてか、幸徳池はこう言ってきた。

「……剣見君。そんなワガママを受け入れて、みすみす何かを失わせるの?」

「や……分かってんだよ、お前がやればマルっとおさまることって」

「ならどうして、文字通り莉音さんの肩を持つの?」

「……莉音はサルボボを大切にしてたんだ。サルボボにエピソードがあったように、付喪神とも俺たちが知らないエピソードがあったのかもしれない。

 俺はそんな過去を知らないけれど、でもこれだけは言える。

 この儀式は、莉音のためにやってるんだ。俺たちの価値観や、紫苑の願いによって妨げられるのは違う。莉音のため——それを軸におかないといけないように俺は思う。

 だって莉音を本当の意味で救うことが出来るのは、莉音自身だから。莉音がやるべきことを、幸徳池がやるのはたぶん違う。これから起こることがプラスにしろマイナスにしろ、彼女が決めることに意味があるんじゃないか」

 幸徳池の沈黙は長くはなく、莉音へ静かにこう言うのだった。

「……この儀式を執り行えば、きっと何かを失うことになるわよ」

「分かってます……」

「そう……なら、心構えだけ言っておくわ。あなた自身を、しっかり自覚しなさい。これを終えたときのあなたを。不安定な気持ちは、怪異にすぐ悟られる」

「分かりました」

 受け取った石を握り締めた莉音は、俺を離れて一歩踏み出した。その先の見据えるものは、付喪神かサルボボか。足取り静かに陣へ入ると尻をつき、壊す前に添えた片手は優しげに。

「ごめんね……ありがとう――」

 短くも力強い声のあと、腕を高く上げ……ひと思いに振り下ろすのだった。

 すると瞬間に眩くなり、その一瞬に赤い猿が俺には見えた。彼女を見守るように佇む、体の半分を失った猿。おそらくそれが、付喪神だったのだろう。

 そんな姿と鳥影はしかし、浮かび上がった無数の文字に巻き付かれ、つむじ風に飲み込まれるように消え去った。ほんの数秒のことだ。

 残ったのは、雪のように舞う無数の紙片と、それを被って床に崩れる莉音の姿だった――

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