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  作者: 左猫右雛
第二章
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29/39

29【莉音ストレンジ】

 紫苑は語る。

「ひょんなことから莉音と口論になって、そのときバッグにつけていたサルボボをちぎって投げつけてきたんです。そうやって憐れまれるのが一番イヤなんだと言って。他にも、鬱積(うっせき)した苛立ちみたいなものを、一気にぶつけて来た感じで。

 私も良かれと思ってやったことが、そんないけないことだったのかと、このときカチンと頭にきてしまって……そこからは記憶も飛び飛びですが、その中でサルボボを莉音がハサミで切りつけたんです」

「めちゃくちゃ殺伐じゃねーか」

「私が莉音の大事にしていた縫いぐるみを、勢いで窓から捨ててしまったから、それで怒って……みたいな。

 でも、怒りの火っていつまでも燃え続けることはできないですから。ある程度でおさまって、仲直りというか停戦になりました。踏み込まないようにする方向性が示された、という感じでしたね。

 それから暫くして、莉音は自分でサルボボを直そうとしていたみたいで、気づいた私はそれを直しておいたんです。もっとも、本当に直したかったのは、子供の頃のような素直な関係ですが。

 この時から不即不離(ふそくふり)な距離感は、出来上がった感じなのです。

「なるほどな……あのサルボボはそういう、人生の憂き目に立ち会っていて、感情の波が行き交う中で共に過ごしてきたってわけか」

「はい……ある意味、思い出の品です」

「確かにそりゃあ、学生が親からもらってカバンにとりあえずぶら下げてるような学業成就の御守りとは、話が違うわな。

 分かったよ、ありがと。話してくれて」

 そこで、俺はふと立ち返る。サルボボに縫い目なんて、しかしあっただろうか——


⭐︎


 翌日土曜日。喫茶店で俺は幸徳池に、紫苑の話を伝えた。奇病の件は伏せて。

「ふむ……サルボボ。なるほど、そういう事柄を経験してきたモノならば、大いにあり得るわね。それ以上に、サルというのを聞いて少しというかだいぶ納得したわ」

「サルが、何か付喪神と関係あんのか?」

「サルという漢字は干支で表す場合、ケモノへんではなく、申すの方になるのだけれど。それって、神という漢字の右側を構成している形なのよ」

「あ……! たしかに。ヤバいな、まったく気付かなかった」

「そういう字面の繋がりというのは、妖力を惹きつけてしまうから、少なからず影響しているでしょうね。

 付喪神が、女子高生の持ち歩くようなモノに簡単に宿るとはなかなか考え難いものだったけれど、莉音さんに起こった出来事、茜高校の特異的な状況……これらを鑑みれば十分にあり得る。およそ、サルボボが付喪神の本体と考えて良いと思うわ」

「俺は……そうとは知らずに触っちまってたのか、んな物騒なもんを」

 いやでも、守神ならそう悪い物でも無いのか?

「それと、おかしく感じたという話だったけれど? 紫苑さんに聞いたより、どうしてか綺麗な状態に見えたとか」

「あーそれな、勘違いかもしんないけど、縫い目なんてなかったふうに記憶しててさ。

 ただ……よくよく考えるとだぜ? そこまで長い間使ってた物なのに、綺麗すぎた気もするんだよ。大切に使ってるからかもしれんけど。にしちゃ、あまりに使用感がなくて、むしろ違和感があるんだよな」

「付喪神と考えるのならば、綺麗な状態になっていても何らおかしくはないわ」

「そういうもんなの?」

「あったはずの傷が無いとか、付いていたはずの汚れが無いとか。それはつまり、本来とは異なるものになってしまっている証拠よ」

「じゃあ本当に……サルボボが」

「となれば、次は莉音さんを付喪神に向き合わせることが必要ってところかしらね。

 付喪神は性質上、物本体を大事にしてもらおうとする。だから、所有者にわりと積極的に関与する傾向が強い。つまりもうとっくに、莉音さんは付喪神の姿は見ているはずだけれど、それを妖怪的な『何か』ではなく、付喪神として確かに認識して、つまり『神』として認めたうえで、所有者の意思によって役目の終わりを告げることが必要」

 莉音に神を認めさせ、別れを告げさせる。それは簡単なように聞こえそうだが、しかしそうはならない。

「サルボボっていう証拠から、莉音に追求することはできるはずだけれど、あの性格だからな……」

「それなのよね……私ではたぶん、うだつが上がらなさそうというか、相性が悪そうなので。だから剣見君に頼めるかしら、引き続き」

「まぁ分かっちゃいたよ」

 さて……莉音が周囲に与える怪異現象の正体は、これで突き止められた。あと一歩だ。


⭐︎


 家に帰ると、俺はあることを考え込んでいた。莉音が見せる、不可解な点についてである。

 一つ目――あるべきオシエドリの姿が無く、羽だけが残されていたことに、驚きらしい驚きを見せなかったのは何故か?

 二つ目――幸徳池に、他に妙な事が無いか問われた時、恐らく既に付喪神を認識していたのに、なぜ見ていないと嘘をついたのか?

 ここで俺は、一つの仮説を提示したい。

 サルボボに宿った付喪神がオシエドリを捕食したまさにその折、莉音は居合わせていた――という説である。

 つまり、莉音はサルボボが付喪神だと知っていたし、オシエドリが捕食されたのも知っていた。

 ならば、はじめからそれを相談すれば良かったのでは? ということになるかもしれないが、心の声を聞くようになったのは、あくまでオシエドリと関わりを持った以降。これを忘れてはならない。

 それまでは、およそ異変なく過ごしていたのだろうし、彼女にとってのトラブルはあくまでオシエドリだ。それさえなんとかできれば、心の声を聞くことがなくなり、事態も収束へ向かうと考えていたに違いない。

 だからこそ、出方を見るように情報を絞って出してきた。余計なことを言わずに、元凶だけをなんとかしてもらおうと目論んだわけだ。

 あの公園で莉音は、サルボボを少なくとも忌まわしいものとしては扱っていなかった。むしろ、その逆だ。

 莉音はサルボボを大事にしている。それは何故か? 姉妹の絆がそこにあるからだ。

 事情があって距離を置いちゃいるものの、莉音は紫苑を大切に思っている。紫苑の想いが秘められたお守りも然り。

 だから莉音は動いた――御守りを、守る為。

 知られざる姉妹の絆を、他人から無闇に触れられ、あるいは万が一にでも壊されたくなかった。しかし、怪異は解決させたかった。そんな板挟み。

 そう考えると、随所の辻褄はパズルピースがハマるようにしっくりと合うことだろう。


⭐︎


 月曜日――早朝にかかってきた一本の電話から、それは始まった。

「もっも、もしもしッ! 剣見先輩ですかっ!?」

 血相を変えた様子の紫苑からだった。

「うえ……な、どーしたいきなり」

 寝ぼけ(まなこ)の俺は起き上がる。

「あ、あのあのッ……すっすいません。でもどうしたらいいか分からなくて、わたし……わたしどうすればッ……!」

 向こうで鼻を啜る音。尋常じゃないことは、すぐに莉音絡みだろうと察せる。

「おい落ち着け。まずはほら、息を整えようぜ。深呼吸してから、ゆっくり話そう、な?」

 電話越しに聞こえる、深い呼吸音。

「もう一回、吸って……吐いて。どーだ、ちょっとは落ち着いたか?」

「はい……申しわけ、ありません」

「いいよ。どうした。何があった?」

「莉音が……莉音がずっと、起きないんです。何をしても全然……起きなくって、苦しそうで。でも風邪とかじゃないんです。腕に羽みたいなのが生えてて。おかしくて!

 怪異のせいですよね……? 剣見先輩助けてください。莉音は、どうなっちゃうんですか……助けてください!」

 このあと、俺は幸徳池に連絡し、揃って学校を休んで紫苑の待つ家へ向かった。そこで退っ引きならない事実と、考えの甘さを知らしめられることとなる。

 オシエドリは捕食に失敗している——つまり、オシエドリはまだ存在している。消滅せずに、いまだどこかに潜んでいるということになる。そこにもっと、注意を向けるべきだったのだ――

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