27【ツクモガミ】
莉音を待つ間、思いがけぬ来客。
「――おやおや、奇遇だね」
この声と口調は、間違いなく奴だろうと思い振り向けば、ステッキが頬にぐにゅりとささる。
「んぐ……やめんか。指でもねえ、ステッキでしかも」
「はははは。振り向きざまに、随分とご挨拶だね」
お前がな。
「で。何をきなきなと、これみよがしに思い悩んでいたの?」
俺は九穏に莉音の件を説明した。それは、奇病も包み隠さず。誰にも話さない約束はしたが、その『誰』というのはあくまで人間だ。九穏は式神、つまりギリセーフ。
「――ていうことがあってさ。勝手に笑ってしまう奇病って、実は怪異のせいとかあるのかな」
「それは普通に、持病なんじゃない」
「え……そんなあっさりと」
「緊張で発作的に笑ってしまうなんて。ジョーカー、みたいだね」
「たしかに様相は、アーサー・フレックを呈してるけど。本当の悪は、勝手に笑ってしまうその笑顔の中に、謎と共にあるわけだけれど。あいつはな……コメディアンの夢もなければ、カウンセリングを受けてもないんだよ。
というか、真面目に考えろ」
「お言葉だけど、真面目に考えて欲しいのはこっちさ。なんでもかんでも、怪異のせいにするんじゃない」
「な……っ」
そのきらいがあったことを、自覚させしめられた俺は言い返せない。
分かんないからと言って、十把一絡げに怪異のせいにしてしまうのは良いとは言えない。クラスで問題が起こったら、どうせまたガキ大将の仕業だろうと、大して調べもせずに容易く決めつけてしまうのと同義である。
「……仰る通りだ」
「そういう病だってあるのだろうさ。神経性のどうのこうの、精神的などうのこうの、スピリチュアル的などうのこうの」
「ふむ……」
「つまり、怪異のせいでそうなったのではなく、そうであるから怪異を寄せた。因果関係の逆転だ。
律が立てた推測……それはたぶん、付喪神だろう」
「百年を前に捨てられた物が、恨みから化けて出る。みたいなアレか?」
「『みたいなアレ』とも限らないけれどね。確かに付喪神は、『つくも』という白髪を意味するし、九十九という長い年月を示唆する表現もされる」
「ああ、そういえば九十九って書くよな」
「でも実際は違う。百年経ったからといって、百年を前に捨てられたからといって、確定されるモノじゃない。
第一、そんなことが許されようものならば今日日、付喪神で巷は溢れかえっているよ。コンビニで百円で売られていてもおかしくはない」
「怪異のインフレ状態か」
「作り手や所有者の想いの強さだったり、モノ自体が経験した出来事の強弱だったり、奴らが生まれ出でる要因は、それこそモノの種類ほどある」
「ううむ……」
「とは言っても、百年経てばいろいろ経験値も溜まってしまうわけで、怪異になる蓋然性が増すのはあるけどね」
「それはそうと、莉音はじゃあ付喪神とやらに過去に行き合っていたと見て、じゃあ間違いないのかね」
九穏はそこで、ステッキをくるりと遊ばせて言った。
「さぁね、知らない」
「いや……じゃあ付喪神である可能性に関して、ハイアンドローで言えば。それは、どうなんだ?」
「はいはい。そういうことならハイだろうね、ハイよりの」
なんでちょっと面倒臭くなってんだ。
「んん……その、付喪神っていったいどういうもんなんだろうか。危険の程度とか、性質的な意味では」
「付喪神は、モノに宿る。その本質は、結局のところやっぱりモノだ。
だからモノとして振る舞っているときは、キッカケがなければ判別がつかないことは多い。隠れ蓑があるってとこかな。
そのくせ『神』と名のつくだけあって、さらに実態として形を有しているだけあって、力は相応にある。専門家によっちゃ、一番嫌う相手でもあったりする。
つまるところ、一筋縄では見つけることが難しく、拙が血眼になって探し回ってあっさり見つかるものでもないって話」
この話を聞いた俺は、面倒臭そうな相手が出てきたもんだと、やはり思わざるを得ない。
「ただ、モノという憑代ありきでの怪異だ。
モノである以上、本来の道を踏み外すことはできない。壊れてもなお、付喪神という体裁を保つことはできないのさ。物が壊れたら使えなくなるのと同じでね」
「なんだかアレだな。それを聞いてしまうと、見つけ出すのは苦労しそうだけれど、やり方は無くはないって気がすんな」
「調子に乗るな」
「乗ってねーよお前どっちの味方だ。
あ、そいや神ってついているからこそ、力が増すってことだけれど、お前式神だもんな。だから強いってことに、ひょっとしてなるのか?」
「式神のコンセプトは、それこそ式によって導かれた強い呪術の産物だ。単純にそうなるわけでもない。
つまり、拙はもともと強いんだ」
「……ふーむ」
「なんだいその顔。さては信じていないのか、拙が強いということを」
「めんどくさいな」
「心の声が出てるよ」
「あ、悪い。しかしなぁ、たかだか名前の一つで……」
「このまえ拙といる時に現れた、腹筋割れてそうな日焼け娘。アレは瓮って言うんでしょ?」
「なんで瓮がここで出てくんだ」
「狗神の症状の進行がたぶん想定より早かったんじゃない? 律も予期せぬくらいに」
「確かにそう言っちゃいたよ。あん時は詳しい原因はさておき、イレギュラーだったと幸徳池も困惑の色は見せていたな」
「だろうね。その原因もまた、名前にあるわけさ」
「え……どゆこと?」
「公を瓦に乗せるのではなく、母に袋が並ぶ方だったなら、そこまで早く結びつきが強まって、症状が酷くなることはなかったろう」
その指摘はすんなり合点のいくものとは、俺にとってならなかった。だがそれ以前に……
「ていうか、よく瓮の名前が分かったな。漢字まで把握してるとか」
「まぁね。生徒の名前なんて全て把握しているよ」
「無駄に高いスペック……その優秀さには脱帽だ」
「脱げる帽子も無いのにね、よく言うよ。
ともあれ、瓮という字はこういう意味を持ち合わせるのさ――口が広い大きめの甕。酒や食材を入れて保管する、あのカメね。甲羅の方じゃないよ?」
「いや分かるわ、そんな補足しなくとも」
「甕は御神酒などの捧げ物でもよく利用される。何かを入れて保管する意味では、憑依する狗神と相性が良かったわけだ。おっと失言、この場合、悪かったと言うべきだったかな。
そして、影響力を増加させた原因はもう一つ。カメ、それは犬を意味する言葉でもあるのさ」
「カメがイヌ? んなの初めて聞いたけど」
「昔は犬のことをカメと呼んでいた時期がある。明治時代の『明治事物起原』に記されてる通りだ。西洋文化の流入と共に起こった、転訛さ」
「全然知らなかったぜ……」
「甕という要素、犬という要素、それらは呼び水として大いに機能したことだろう。しかもこの高校での事だから、場所もそれを助ける形となったわけさ」
偶然か必然か知らんが、どっちにしたってなんて不条理なことか。いやしかし、怪異とはたぶんそういうものである。
「かく言う拙も、式神として名前で縛られているしね」
「なに、どういうこと?」
「然鳩、の鳩には漢数字の『九』が入っているだろ?」
「きゅう……あ、確かに」
まったく気づかなかった。
「そういうわけで、大なり小なり、名前っていうのはその形や音が持つ意味を影響させてしまうことは少なくないのさ」
まったく韻鏡十年である。こうして九穏に教えを受けられたのは幸いか。
このあと俺は九穏との会話もそこそこに切り上げると、連絡をよこしてきた紫苑と一度、合流する運びとなった。
幸徳池には、あの続きを電話で聞いてみたわけだが、九穏と同じようなことをだいたい話していた。付喪神が、黒幕というか元凶なのだろうと。
そう思う理由というのは、莉音を守るようにして、その力が振る舞われていることを置いて他ならないと言う。
莉音の持つ、お守りのような役目を自認する何かに付喪神が宿り、本懐であるところの『守る』をし始めた。そして、オシエドリと行き合ったことで、心の声が敵意となり、付喪神を動かす因果へと結びついた……そういう推察を、幸徳池はどうやらしたようだった。
俺の次なるミッションというのは、莉音が持っているであろうお守りのようなもの、付喪神の本体らしきを探し当てることだ。
しかし、俺はそこでふと思う。
幸徳池は、付喪神に行き合っていたのなら、必ずその姿を見たことがあるはずだと言う。しかしそうだとして、どうして莉音は見ていないなどと嘘をつく必要があったのか。この怪異現象の渦から解放されたいのか、されたくないのか……それでは、分からないではないか。
気づいていないなんてことは、幸徳池曰くあり得ないと言うし。まったく、莉音には不可解な点が多すぎる。
くわえて、もう一つ腑に落ちない点があった。
莉音がオシエドリの羽を見つけた時、そこまで驚いている様子はなかったこと。
もしオシエドリの本体を埋めたのであれば、まずはいなくなっていることに驚くべきだろう。土に紛れてしまっていることを指摘するくらいに冷静だったのは、妙な感じがしてならない。
だって、それじゃはじめから羽だけを埋めたか、既に喰われたものを埋めたかしたようだ。
謎が謎を呼んで雪ダルマならぬ謎ダルマ状態だが、紫苑との待ち合わせとなる公園へ、俺は自転車を走らせる――




