24【オシエドリ】
ということで架電……呼び出し一回、繋がった。
「幸徳池? いま話したところなんだけれど、少し分かったことがあってさ」
「…………」
「……おい聞こえてる?」
「聞こえてるわよ。なんで?」
だったら相槌の一つでも打てよ。そういうとこだよ、電話がいつもやりにくいのは。
「で、わかったことって何かしら?」
「や……まぁ、それがだな――」
今のことを全て伝えてみると、幸徳池はまず考え込むような声を出すのだった。
「何か、分かりそうか?」
「そうね。まあ、分かると言えば分かるけど……」
向こうでボソボソと。
「え? なに?」
「そういうのが聞こえることから察するに、確かに思い当たるモノはあるのよ。古くは『陰陽変化録』に名前があって、教える鳥と書いてオシエドリ」
「とり……の怪異か?」
「見た目はセキレイの幼鳥とよく似ているらしいわ。日本書紀に出てくるセキレイもまた同名で呼ばれているのだけれど、そこからいただいた形ね。ただ、歴史書のオシエドリは愛を教える鳥で、怪異書としてのオシエドリは穢れを教える鳥。
つまり、そういう悪しき心や醜い心を告げ教えてくれる鳥なのよ。教えられた人間は、その相手と距離を取るべきだと分かるし、場合によっては対策を立てられるし先手だって打てる。
だから見方や状況によっては、利益とも取れる怪鳥。大昔には実際、その怪異のおかげで朝廷が謀反を事前に回避できた、なんてふうな逸話があるのよね。その怪異を捕まえるための、大捕物もあったそうな」
「へえ。そんな由緒というか、有名な歴史的怪異だったのか。じゃあいま、それが莉音に取り憑いているの?」
「いいえ。これは憑依するものではないの。行き合っても、狗神のように憑依しないから繋がりは深くなく、一定期間だけ影響を及ぼす程度の存在なの。
莉音さんはきっと、死んだ鳥をどこかで目撃した。そして、近づいておそらくは触れたはずだから、それを聞いてみてくれる」
「え……怪異なのに死んでんのか?」
怪異に生き死にというのもおかしな話に聞こえる。
「正確には、死んだように見えるだけね。きっと、綺麗な亡骸に見えていたはず。
オシエドリはそうやって、その亡骸を見て哀れみを向けた者から生力を奪う。その代わり、悪しき心を告げる鳥なのよ」
「もしかして眠いってのも……なるほど。ちょっと待って、聞いてみるよ」
ということで聞いてみると――それを見た、埋葬したと言うのであった。ちょうど入学直後、校内の敷地でのことだそうだ。
「――もしもし幸徳池、どうやら心当たりがあるみたいだ。鳥が死んでいたから埋葬したんだと。四月の初めの方らしい」
「そう。じゃあまず、その埋葬したところに行くべきね」
「お、じゃあこれで問題解決か」
「いえ……解決とはならないわ。オシエドリの性質に合致しているのだけれど、でもそうすると、倒れてしまった人たちというのは別件で考えなくては、やはりいけなくなってしまうから」
「はあ、ていうと?」
「オシエドリは教えるだけ。別に周囲の人に害を齎す怪異ではないし、普通そんなにひと月以上にわたって長く影響を及ぼすものでもないのよね」
であればしかし、別件だったとして話が済むのでは、と思ったが……どうもそうはいかないようだった。
「正直、タイミングが合いすぎていて妙というか、気持ちが悪いっていうのかしらね。一連の騒動の幕開けとオシエドリに行き合った時期というよりは、心の声を聞き取った時期と彼らが倒れた時期という意味で、これらがあまりに連動しすぎているような気がするの。
だから単純に別件として二つを分けて考えるにしても、何か引っかかってしまうのよね。いま理解していることが、どうしても表面をなぞってしまっているだけのように思えてしまって……」
「待って、話を一旦整理するとだ。
えっと、つまり……オシエドリっていうのは、見せかけの亡骸で人前に現れて、哀れんで触れた人間から生力を吸い取る。その代わりに悪意を告げ教えていく怪異だけれど、普通ならばその影響は一ヶ月も持続しないし、まして誰かに害を及ぼすものでもない。
ところが現状、悪意を聞いた直後に、その声の持ち主が次々と倒れてしまっていて、それを莉音も自覚していた。
で、莉音は確かに四月はじめにオシエドリと思しき怪異とは遭遇して埋葬をしたというわけだけれど……既に一ヶ月は経っている。要するに、それは本当にオシエドリなのかどうか、みたいな感じで合ってるか?」
「いえ、厳密には本当にオシエドリなのか、ではなくって。本当にオシエドリだけなのか、かしら」
「だけ……?」
「そういう特徴の怪異って、他にいないのよ。だからオシエドリが莉音さんに関与している、とはまず思うのだけれど。それ以外に何か関わっているとすれば、それはいったい何なのか」
オシエドリの影に潜む何かがある、と。
「複数の怪異に行き合っている、つまりはそういうこと?」
「いえ、複数の怪異に同時に行き合うのは、それはそれでなかなか考え難いのだけれど……まぁ、ゼロと断言はできないけれど。
ごめんなさい私も少し混乱していて、もう一度資料を読み返して頭を整理したいわ。関連して何かないかも調べてみたいし。そういう古風な怪異について取りまとめた本がたしか、蔵にあったはずなの」
幸徳池が悩むとは珍しい。
「そっか、ならそっちは頼むよ。俺たちはいま、どうすればいい?」
「オシエドリを見つけることを、まず優先して良いと思うわ。
埋葬した場所を掘り起こして、その姿を確認しておいて。顔が黄色っぽくなく、ハッキリとした白に変わっていたら、数日のうちに勝手にいなくなるはずよ。もし見つけても、直接触れなければ影響は受けないし、向こうから動くこともまずないわ。基本的に自分からは何もしないというか、できない怪異のはずだから」
「分かった。じゃあ、それをまず先に調べておこう――」
電話を切ったあと、俺は莉音に伝えようと振り向くのだが……あにはからんや、さっきまでそこにいたはずの莉音は忽然と姿を消していたのだった。
「え……莉音?」
木々の隙間から西陽がチラつくここには何故か、俺だけしかいない。まさか帰ったなんてことは、一人でオシエドリを見つけに行こうとしたなんてことは、よもやあるまい。だって、カバンがベンチに残されたままなのだから。
「おーい、莉音!」
まさか、オシエドリの影に隠れ潜んでいた別の怪異の仕業か? そう思ってしまった俺は、胸騒ぎを止められない。
「おいおい……マジか」
しかし、声を出しながら鳥居の階段を下ろうとした矢先のことである。
驚いたことに莉音は、いつの間にか境内の裏手にいたようで、胸の前で何かを握りしめたままこちらへよろよろと歩いてくるのだった。
「なんだよ……心配したぞ、てゆか大丈夫かよ」
「すいません。でももう……平気なんで」
「嘘をつけ、顔だってそんな脂汗滲ませて真っ青じゃないか」
「別に……たいしたことじゃ、ないので」
「そうは言ったってな……それは?」
握られた物が気になって問うてみると、莉音は見られたくないものだったのか、慌ててポケットに入れようとした。しかし、ポケットに収まることは結局なく、その場に転げ落ち……彼女もまた、そこへ倒れ込んでしまったのだった。
「嘘だろ、しっかりしろっ、おい!」
目がやや虚ろだが、意識はある。
「平気……ちょっと、眠いだけで。私はだい、じょうぶ。なんで……」
肩を貸してベンチへ横たわらせると、彼女はゆっくりと目を閉じた。深い眠りにつくように。
「……何が起こってんだよ。あっ、そういえばさっき何か落としてたな」
それは、小さいぬいぐるみというかマスコットというか、そんなようなものだった。
赤一色の無地。手のひらサイズ。短い両手足は、小さく四方にピンと伸び、顔はのっぺらぼう。和柄のちゃんちゃんこみたいなのを着せられていて、どっかの民芸品ふう。ご当地グッズとかでありそうな気がしなくもないが、女子高生の間でいま流行っているのだろうか。綺麗に扱っているようだし、きっと大事な物なのだろう。俺はとりあえず預かっておくことにした。
その後、紫苑や幸徳池に連絡を試みた。が、紫苑も幸徳池も出なかった。そうしてみてから、それもそのはずなのだったと気づく。紫苑はそもそも部活中だ。あと一時間半ほどは、連絡が取れないだろう。
「さーて……困った」




