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  作者: 左猫右雛
第二章
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22/46

22【幸徳池アンサー】

 後日、俺は聞いたことをそのまま、例の喫茶店でクリームメロンソーダを口にする幸徳池に説明した。

 しかし、よくもまぁ毎回緑で飽きないものだ。いや、それを言えば俺も黒ばかりか。

 ともあれ俺は、生き字引きである幸徳池大先生ならばと、存分に期待して口が開かれるのを待っていたのだが……

「……あ」

「お、何か思い当たった?」

「いえ……分からないわ」

「え……?」

 じゃあなぜ喫驚じみた声を……と思ったがしかし、グラスを見れば原因判明。サクランボの実が取れて、氷の下に。それを掻き出そうとし始めた。

「んん……だから、分からないわ」

「分からないって……そんな怪異に心当たりがないと?」

「そうとも言えるし、そうとも言えない」

 奮闘する幸徳池とは裏腹に、氷が耳に良い音を立てる。

 いま欲しいのは『掬う』ではなく『救う』の方だ。笹野目姉妹を救って欲しいわけなのだが。

「どういう意味だよ」

 すると、やっと実を取り出すことに成功したらしい。

「はむ……つまりね、情報が足りないのよ」

「あ、そういう……」

「常識的に考えるなら私も同じ。怪異的な可能性は、勿論あるでしょうね。

 でも、私たちのように怪異を知る非常識側から見たとき、それは取り立てて珍しいものじゃなくなる。連続多発を除けば、ありがちなことと言ってもいい。だから何が原因と、それだけじゃ特定しかねるのよ。

 本人を差し置いて、周りにのみ影響を及ぼす怪異なんて聞いたことがないし」

「まじか……」

「性別も年代も場所も全てバラバラ。複数の怪異現象が、それぞれに影響した可能性だって無くはないわ。

 お腹を痛そうにしているという外見的症状から病名をピンポイントで言い当てるのが難しいのと同じよ」

 しかし、そこで気付く。

 そもそもの話だ。幸徳池は、対処すべき怪異現象をチェックするために学校観察を怠っちゃいないはず。時間があればそこらをブラブラとお巡りさんのように巡回したり、会話にこっそり聞き耳を立てている。

 だから校内では、風変わりというか変人として名高くもあるわけだ。であれば当然、彼女もおよそ事態は分かっていたのでは? と思って問うてみると……

「そうね。発生している事態については既知だったわ」

 ということは優先順位的には、低かったということか。

「ともかく、いまは本人の事情がもう少し見えてきて欲しいところ。倒れた人たちの詳しい状況なんかも聞き取れればベターかしら」

「承知……莉音に会って話が聞いてみたいとも思ってたし、出直してくるわ」

 出来るか否かは別として。

「ところで試験勉強は大丈夫なの、剣見君」

「まぁまぁかな」

「まぁまぁヤバいの?」

「ちげーよ。いま俺そんなヤバそうなトーン出してなかったと思うが。まあまあやってるから平気だろって意味だ」

「そうなのね。知っているとは思うけれど、今度の試験で赤点だと、『島送り』の対象になるから気をつけて」

 合宿形式で行われ、早寝早起きはもちろん運動もセットでやらされる茜高校名物、二年次夏期講習は本校において『島送り』と呼ばれている(実際に島へ合宿するわけではない)。赤点ラインが高くなるから油断禁物だ。

「ああ、分かってる。抜かりはない。だからそろそろ本腰さ。

 ところで、幸徳池は赤色って好きか?」

「なに? いきなり」

「いや、なんとなく」

「まぁ、好きか嫌いかで言われれば好きね。ハッキリしていて」

「ふむ……じゃあ青は?」

「青は、あまり好きじゃないかもね。

 子供の頃の話だけれど、クラスの嫌いな子の着てる服とか使ってる文具が、いつも青系だったのよ。だから、青はあまり良いイメージがないのよね、どうしても」

「へえ、お前にも嫌いな奴とかいんのな」

「そりゃあね。

 でもそうやって誤魔化そうとしても仕方がないのよ、剣見君。やっぱり本当は、正直なところはヤバいんじゃないの? もし、行き詰まったら教えてね。剣見君より勉強できるし」

「おい嫌味かそれ」

「何言ってるの、真実よ」

 正論である。

「ぐうの音もでねぇ!」

「教えるのは私、そんなに下手じゃないと思うの。猿の手ぐらいにはなれると思うわ」

「いや猿じゃねえよ、猫だろ。それじゃ望まない願望成就の呪物(じゅぶつ)になっちまう。ある意味、助けにゃなるんだろうがニュアンスは全く違う」

「そうとも言うのかしら」

「そうとしか言わん。

 しかしまぁ……なんだ、猫の手か。教えてくれるんだったら、世話になることもあるかもしんないけれどさ。最近、たしかに躓き気味な単元あるからな」

「わたし文理問わず、なんでも平気よ」

「ていうか幸徳池って苦手なものあるのか?」

「まぁ、鯖かしら」

 食べ物の好みを聞いたつもりじゃなかった。

「そいやそんなこと言ってたな」

「鯖だけは、どうしてもダメなのよ。子供の頃、近所のお店で鯖と目が合って怖くなって、それ以降食べれなくなったわ」

「幸徳池らしくない感のある理由だな。へぇ、お前にも小さい頃が俺たちと同様あったわけだ」

「そりゃそうよ。私は怪異じゃないんだし」

「まあ、そらそうだ――」


⭐︎


 後日、大江戸の手を借りて、倒れた生徒の一部から当時の話を入手することができたが、取り立てて情報に値するものは無し。強いて言えば、倒れる前の記憶がスッポリ抜け落ちてしまっている、ということくらい。

「うーむ……参ったもんだ」

 なんて口にしながら俺はこの日、相談っていうほどアドバイスを求めていたわけではないが、ちょっくら話を聞いてもらう程度の気持ちで図書室のベンチへ足を運んでいた。

「越後屋やってるかぁ?」

 越後薔新羅は、何故か俺が行くと都合よくいてくれることが多い。近所の野良猫みたいに。

「おやま。ようこそ剣見はん。おこしやすー」

 そう言って、たおやかというには物足りないお辞儀をしてきた。

「頭でも打ったのか?」

「京美人の薔新羅どすえー」

 なんだろう、この立ってるだけでアホに見える感じ。そういう意味では、まったく驚きを禁じ得ないところである。

「ひとつ教えてやろう。京美人ってのは、京都の歴史や文化そして風情なんかを内包していて、そういった背景に基づき培われた品位・品格を漂わす美的な女性を指すんだぜ」

「おお、私のことか」

「話聞いてたかお前。大前提、越後が着物なんて着たら七五三になっちまうだろ。千歳飴は買ってやれないぞさすがに」

「なんないしッ! 失敬だね剣見君。君は私をなんだとお思いか。

 そんでぇ? ここに来るということは、一人で抱えられそうだったけど、そうじゃなかった大きな悩みでも、また持ってきたということかね。やれやれだねぇ、お姉さんは君だけのものじゃないんだよ? まったくもう、まったくもー」

 なんだこいつ、いつにもましてウザさ増し増しだ。でもそんな雰囲気を、俺は嫌いになれない。

「いやいや、俺だけのなんて思ったことは、恐れ多くも一回もないけれど。まぁ大きな悩みってとこは、概ねその通りだな」

「長い付き合いですからね、分かっているよ。ほれほれ、まぁお座りなさいな」

 隣を叩いて促してきたのだが……この、よっこいしょみたいにベンチに腰掛ける姿が、何なら座ったら座ったで足を前後に遊ばせるその姿が、それはちょっと可愛らしく愛嬌こそあれど、着物を着るような品格ある美人が行う所作ではまずない、と言ってやりたいところだった。

「なんか、アレだな。ここにきたって感じだ」

 この景色を見る時には、いつも隣に越後がいる。ここに来た、という感覚は越後がいるから実感するのか、景色があるから実感するのか。

 もちろん越後に会いに来ているわけであって、景色を眺めに来ているわけじゃないから、そういう意味では越後がいるから実感出来るものではある。越後は三年生。あとどれくらい、こうして過ごせるか。

「なんだか感慨深げな顔だね。どこかで私のこと考えながら、一発ほどヌいてきたのかな?」

短兵急(たんぺいきゅう)に変なこと言うんじゃない」

「まぁまぁ、いいよ誤魔化さないで。男の子、だもんね。ねぇねぇところでさぁ、覚えてる?」

「え?」

「はじめの頃に剣見君、言い当てられてすごいビックリしたじゃん。変なものが見えるってこと」

「あー。見抜かれるなんて思ってなかったからな。しかもまさか、同じ匂いがするなんていう理由で。ビックリもするさ。

 今更だけれど、なんなの匂いって」

「ふーむ。直感とか第六感みたいな。よく分かんないけど」

「分からんのかい」

「でももし違っててもさ、おふざけだったってことで別の話題に切り替えられるし。ものは試し、ってのもあったかも」

「いやサブスクの無料お試しじゃないんだから、そんな興味本位で試されてもな」

「とは言え。存外、君は分かりやすかったけれど」

「そんな分かりやすいのかな、俺って」

「私の経験上、剣見君は分かりやすさナンバーワンよ」

「そんなにか?」

「お年寄りも安心の分かりやすさ」

「人の性格を、シニア向け格安スマホの料金プランみたいに言うな」

「いやぁ……もう一年ですよ、ここで初めて会ってからさ。早いよねぇ」

 俺と越後における小気味の良いやり取りは、わりと出会ってからすぐに始まったものだけれど、それはきっと相性の良さを表しているというか、きっと他の人ならこうなるまでに時間がかかっていたに違いないのだ。否、むしろ時間の問題でこそないのかもしれなかったが。

「ま、早いよなぁ」

「ね。さてと、ちょいと脱線させちゃったけれど、お悩みとは?」

「ああ、実は――」

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