20【九穏クエスチョン】
日曜日のこと。
「――ねえねえ、知ってる?」
駅前でならび歩く九穏が唐突に言った。
「マメ柴かお前は。余計な豆情報よこすつもりだろ、さては」
「ははは。余計ではない。余分では、あるかもしれないけど」
「余分て」
なぜこんな取り合わせかというと、こいつが勝手についてきたのだ。
怒涛のゴールデンウィーク以降、幸徳池からは何も無い。そして九穏は、こうしてたまに俺のとこへやってくるようになった。
「実は、律って足から洗うんだ」
「へぇ……」
確かに余分だ。知った俺は、持て余すほかなくなってしまう。
「あと、律の持っている下着の色は、全部で五色ある」
なんだ? よこしまな俺の心が見抜かれたのか。
「知らなかったでしょ?」
「当たり前だろ。恋仲でもない俺が、そんなプライバシーにガッツリ食い込んだこと知ってたら、むしろあいつの問題だ」
「ここだけの話……五色の中じゃ、緑系は黒系より多いんだ」
「ほう」
「赤系は緑系より少し多いけれど、一番多くはない。白系は青系よりも、わりと多い。どれが一番多く持っている色か答えよ。但し、同数の色は無い」
「設問だったのかよ」
「ヒナには、難問だったかな」
無表情ながらも、目が小馬鹿にしたように細まる。
「まあ別に? 興味があるってわけじゃ決してないが。はぁぁ仕方ない……そうまで言われちゃ、解くしかねーな」
「やる気まんまんだね」
「うるせ」
さて、ではまず設問について。
これは、極めて典型的な推論問題と言えよう。条件が示され、個々の可能性を判断する問題だ。
さっき九穏はこう言った――下着の色は、『全部で五色』、『緑は黒より多い』、『赤は緑よりやや多いが、一番ではない』、『白は青よりやや多い』、『同数は無し』。
では、解いていこう。
まず、赤は緑より多くて、一番多くはないということはまず、赤と緑は共に一番ではないことは明白。
次に、緑は黒より多いと言っているのだから、多い順的にこの時点で、二番目以降が赤・緑・黒というふうになるだろう。
そして、赤より多い何かが一つ以上あるわけだが、それはつまり白か青、またはその両方なわけだが、白は青より多いと言っている。
なので、一番目を青にしてしまうと白の行き場がなくなる。つまり二番目以降が、青にならないといけない。
そこで、先に示した三つの順序に当てはめる。すると、青の順序は確定しないけれど、一番多いのは必然的に白となる。でなければ、確定している三つの順との整合性が取れないからだ。
「聞いて驚くな、答えは白だろ」
「あーあ……おめでとう、正解だ」
「正解してんのに、その反応おかしいだろ」
とは言え、九穏がこうしたことを知ってるのは、体に異常がないかチェックするためだったのかもしれない。そう考えると、然鳩はああは言っても彼女のことをわりと気にかけているのでは、なんて思えたりした。
「しかし九穏さんや……お前はアレか、暇神なのか?」
「拙は暇じゃない。むしろ暇なのは、ヒナの方だ」
「たしかに」
「暇といえば、暇に飽かせてヒナはたしか、五十四忘草を見つけて祓ったそうだったね」
「近所の雑草処理を請け負ったような言い方やめろ。
あ……それで思い出したけど、あのとき倒れちまったんだよ。幸徳池は、副作用的なことかもしれないと言っててさ。
これって、専門家的視点から見ると、さらっと原因判明したりするのか?」
ステッキをこれ見よがしにくるりと。
「教えてあげるのは、やぶさかではない。でもでも、その代わりと言っちゃなんだけど、何か欲しい」
「え、何かって?」
「じゃあねじゃあね……アレ、なんてどう?」
指差す先にゲームセンター。自動ドアの前に、入荷を知らせる大きな看板が見える。こいつみたいな服の、魔法少女フィギュアが載っていた。
「ふーん、まぁ良いけど」
わりとクレーンゲームが得意な方だった俺は、久しぶりの腕試しと言わんばかりに挑んだ。その結果、五百円で獲得。
「ほら、これで良いんだろ」
受け取り口から取り出した、ティッシュ箱ほどのそれを差し出す。しかし、ただでさえあまり表情のない顔は、ここぞとばかりにもっと表情を失った。
「え。違うよ、拙はクレープが欲しかった」
「は……いや確かに入り口に併設してたけれども! もっと先に言えよッ!」
「やりたいのかと思って」
「デートしてんじゃないんだから、彼に合わせるいたいけな女子らしくせんでいいわ」
「それはそれは、恐れ入谷の鬼子母神」
言葉選びがどうしてか古臭いのは、いったい誰の影響か。
「取っちまったし、しゃあない持って帰るか」
「待ちたまえ。全然要らないけど、でもせっかく拙に献上したいと思って取ってくれたのだし、無碍にはできまい。
やれやれ、仕方ないからこれでいいよ、よこしなさい」
有無を言わさずふんだくられた。
「ていうか、式神なのにクレープだなんてまず食べれるのか?」
「食べるというより、経験すると言った方が正しい。お腹を満たす訳じゃない。というか空かないし。うんちも当然、しないからね」
「オタク歓喜じゃん」
「つまりあれさ。供物を、現実的に食べる仏がいないのと同じだよ」
「……分かったような、分からないような――」
それから俺たちはゲーセンを出て、再び歩く。
「さて、倒れたことについてだったね。それは、とても簡単なことが起因していると考えていい。カレンダーを見れば済む話さ」
「え、なんだったっけ。普通に平日だったけど」
「その日は、赤口だ」
「あ……六曜ね」
「赤口というのは、午の刻のみ吉とされる日で、火や刃物といった、死を連想してしまうものを避けるべきとされてるんだけれど、その時使った札は、恐らく植物ベースの相手だったから火の要素を含んでいたはず。火は広がるもので、近くの者も影響を受けてしまう。それが赤口だったから尚更だった。効果は必要以上に強まってしまい、結果ヒナは倒れることとなったわけさ。
そういう時は、水の護符なんかを併用するのが定石だ。でもたぶん、こういうのって当たり前のことだからね、こちら界隈では初歩の初歩。
レシピで例えるなら苦瓜をカツラ剥きに、と言ってカツラ剥きとはどういうことかの説明が無いのと同じ。由遠の本には、きっと書いてはいなかったろう。
律は概ね間違ってないものの、やり方を誤った」
苦瓜はカツラ剥きにしないだろ。
「なるほどな、いろいろあんのな」
と、そこで俺は思いがけぬ客人。
「雛太どうしたの、どっかに遊び?」
「あ……」
振り向けば瓮がいた。その隣には、黒髪ロングの少女。そして九穏は、いつの間にか消え失せていた。
「……いやまーちょっとな。もう用事は済んだとこ」
「そっか。じゃあ、ちょっと付き合わない? 予定ないなら」
「あぁ、良いけど。むしろ良いのか? だって……」
「あゴメン。こっちはウチの後輩。一年生の笹野目紫苑。
紫苑、話してた雛太だよ」
少女は、愛想よく笑って会釈をしてきた。
「初めまして、紫苑です。どうぞよろしくお願いします」
「俺は剣見雛太、どう呼んでくれても構わないよ」
「お会いできて光栄です。剣見先輩のお噂はかねがね。ご本人を前にして、想像以上に優しげな方でますます安心できたところです」
「……いやいや」
なんてデキた娘だ。こんなに非の打ち所が無い『初めまして』を俺は知らない。全人類はすべからく、この娘の爪の垢を煎じて服すべきだろう。
「きっと素敵な方なのだろうと思ってたんですが、やはりそうでしたね。きっと――」
爛々とする笹野目を遮るように、瓮は口を開いた。
「まーまーそういうのはイイから。ほんじゃ、行こっか雛太」
瓮に連れられる形で、俺たちは駅前のスタバへ入った。
困ったことに、すっかりレトロ喫茶店に馴染んでしまってるから妙に落ち着かない。
ところで、瓮はまさか水でも頼むつもりか? なんて思っていたが……あにはからんや、ほうじ茶ラテなんて洒落たものを頼んでいたのだった。
いったいこれはどういう風の吹き回しだろうかと、その理由が知りたくて席で問うてみると。
「あはは。ウチ、あれからちょっとね、変わろうと思っていろいろ試してんの」
「頑張ってんのなぁ」
「爽羽先輩は努力肌ですもんね、私は凛々しいそんなお姿がとても可憐で尊敬しちゃいます」
よくそんな、立板に水で褒め言葉が述べられたものだ。
「そんなこと言って、紫苑も努力家でしょ。ウチなんて褒められたもんじゃないし」
「あのさ、二人って部活の先輩後輩なの?」
笹野目はどうみても、運動部よか文化部的な雰囲気がぷんぷんとするのだが。
「中学の時にね。陸上部のマネージャーだったの、紫苑は。今は違うんだけど、その流れで連絡は取り合ってて」
「へぇ、じゃあ今はまさか選手に転身とか?」
「まさか。こう言っちゃなんだけれど見ての通り、運動部向きな雰囲気じゃないでしょ。今は華道部に入ってるんだって。ね?」
「はい。お花を生けて鑑賞する、侘び寂びの世界は中学にありませんでしたので、お花たち同様にいま、私も新鮮な気持ちで部活動に励んでいるところです」
「はぁ……なるほど納得」
その後、瓮が話題を切り替えて本題らしいことを口にしたことで、この場がただ単にお茶をするためのものではない、ということが判明したのだった。
「――相談したいことっていうのは、実は紫苑にも関わることでさ。今日ウチらが会ってたのも、そのことだったりするんだ」
「へえ。友達付き合いすらロクにできちゃいない俺が乗れる相談なら、全然乗るけどさ」
「そういうのじゃなくってほら、おかしな方……」
アイコンタクトされた。
「ん……?」
と、傾げてから気づく。
「え、まさか……怪異絡みか?」
「それは、私の方からお話しさせて頂きますね―― 」




