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  作者: 左猫右雛
第一章
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18/38

18【密室トリック】

 さて、呼んでくるよう言われたが……探しても見当たらず。スマホを手に取り、通話十秒所在判明。なんたる便利か。

 コンビニに行っていたらしく、その手には包装紙に包まれた手土産用の菓子折り。レジ棚に陳列されているやつだ。

「まさかコンビニでそんなもん買ってるとはな」

「駅前のデパート遠いから。コンビニで見たのを思い出したの」

「まさか、然鳩さん向けか?」

「心ばかりの足しにでもね」

 その心意気は、あの場で示せ。

 その後、幸徳池が前を行く形で、しかつめらしい座敷へと戻ったのだったが。

「おば……いえ、然鳩はどこに行ったの?」

「どっか行くようなこと言ってなかったし。トイレとかじゃないの?」

 たぶん十五分程しか経ってない。

「ふうん……じゃ待ってましょうか」

 そして(ふすま)を閉めた直後――キーンと甲高い耳鳴りが襲う。

「うッ! なんだ耳が……!」

 三秒ほど。こめかみを抑えていることから察するに、幸徳池も同じようだ。

「幸徳池……まさか、お前もか?」

「ええ……同じタイミングでだなんて。それに――」

 あとに続く言葉は、『音が消えた』だろう。

 まるで防音室だ。一瞬、耳が聞こえなくなったのかとさえ思ったが、幸徳池の声はこうして聞き取れているのだから、そうではない。

「……どうなってんだ。ちょっと、外に出てみるか」

 縁側へ出ようとしたところ、何かに額を強打した。

「痛てっ! っつー、なんだ……?」

 手を伸ばしてみると、何もないはずの場所には確かに何かがあった。

「おいおい……冗談だろ、見えない壁みたいなのがあんぞ」

 障子はびくともしない。目の前にある板敷きの縁側に出ることすらも、ままならないようだ。すぐさま入り口も確認しに行ったが、やはり駄目。

「っく……はぁ、こっちもぜんぜん開かない。なんだよ閉めなきゃよかった。力任せでどうのってレベルじゃないな。そうだスマホ……て、圏外かよ。幸徳池、お前のスマホは……?」

 聞こえていなさそうで、真剣に考え込んでいる。

 さて……これは明らかに異常。さしずめ怪異現象と考えるのが妥当だ。

 僭越(せんえつ)ながら、経験を参考にするならば、林間学校の課外学習時に森の中でグルグルと同じところを彷徨ったことが類似例として挙げられ、そこから類推すると今回も場所的怪異である、と判断できる。あのときは時間で解決したが……やれやれ、俺ができることと言えば現状把握くらいだ。

 結果、おそらくモノの位置関係は逆になっていた。

 机も座椅子も全く同じで、違い棚に置かれている花瓶も恐らく来た時と同じ中央。これら全てにおいて、俺としちゃ何ら違和感は無い。が、右端にあったはずの木彫りに関して言えば、それはいま左にある。もっとも、然鳩の視線から逃れようとする俺の目が得た情報に、狂いが無ければだが。

 しかし、さらに注意深く見たところ、記憶違いの可能性は消えた。

 二つのグラスの位置が、反転していたのだ。然鳩は左で持っていた。左利きなんだな、と思ったから間違いない。でも、今は右手にある。もちろんこれだけなら、持ち替えた可能性は残ってしまうことだろう。しかし、俺は右で持っていた。それをわざわざ持ち替えちゃいない。ゆえに、俺のいた上手側の座椅子から見たとき、俺のグラスがあるべき位置は右となるが、いま実際には左。

「なあ、気づいたんだけどここって……」

「剣見君。巻き込んだ立場で非常に申し訳ないんだけれど、さらに怪異現象的なものにも巻き込まれてしまってるみたい」

「透明な壁に景気良く頭打ちつけたとこくらいから、勘づいちゃいたよ。頭を打って夢から覚めるならまだしも、夢の中に入ったようになるとは神妙だ。

 で、この原因なんだか分かるのか?」

「おそらくは、結界」

「バリアみたいな?」

「平たく言うと、そうなるかしらね」

「なんとかなんの?」

「結界の性質を、特定しないことにはなんとも」

「すぐに見当が付けられるもんでもないって感じか、言い方から察するに」

「残念ながら。でも最悪、時間的な解決を図ることが……まぁできなくもないけれど」

「まじで?」

「ただ、授業なんかとはやっぱりわけが違うから、一定時間待てばいいと思ってしまうのは違うわ。外の時間とは相対的で、体感的にどの程度になるかが不明瞭なの。

 長くとどまることで、気が停滞して身体をおかしくする可能性だって否めないし、いろんな面でやはりお勧めできないわね」

「ふむ……ま俺だって、終わりの見えない授業なんてまっぴらごめんだ。結界の性質の特定……俺には何が手伝える?」

「私が知りたいのは、この結界の性質なわけだけれど。それは、ザックリ三つよ。

 あくまで現実世界で物理的に閉じ込められているのか、同じような見た目の異空間に隔離され閉じ込められているのか、そもそも現実の私たちが意識を奪われている中で現実らしい夢へ誘導されて閉じ込められているのか。

 いっそ現実か異空間か幻想か、と言ってしまっても」

「結果は同じでも過程が違う……なんか証明問題みたいだな」

「結界の性質でによって、対処法も変わってくる。誤った対処法は、逆効果になる場合もあるから」

「無闇に動けないか」

「そうなるわね。不用意に部屋のものに触ってしまうのも良くないわ」

「おいもっと先に言えッ! 触っちまったよもう。で……なんで良くないの?」

「もし、具体的な物体を触れれば認識を強めることになる。そうすれば、空間における自分の存在を安易に認めてしまうようなものだから。いたずらに結界の効果を高めてしまう恐れもあるのよ」

「……ちなみに現状、考えられる性質はどれ? 若しくは、可能性として低いのは?」

「音が消えたことから考えれば、幻想の線は低いと思うわ」

「じゃあ二択か……現実か異空間」

「たぶんね」

「ふむ……ていうか、そもそも幸徳池って見えない体質なのに、よく巻き込まれたもんだよな。こんな怪異現象に」

 見えないならば、干渉がそもそも出来ないなんていう、たしか話だったと思うが。

「こういう場所的なものは、誰でも巻き込まれる可能性はあるわよ。神隠しとか、金縛りとか。

 ほら、タクシー運転手がナビを頼りにして車を走らせていたら、あるはずのない道に入ってしまった、とかそういうのもね」

「ああ……テレビで聞いたことあるな、そういうの」

逢魔時(おうまがとき)(うし)三つ時のように一時的にでも神域に誘ってしまう時間的な怪異現象も同様と言えるでしょうね。誰でも起こりうるし、誰かだから起こり得るわけじゃない。

 だから、狗神のように特定の条件下において誰かだから起こってしまう類のものとは、やはり一線を画されるべき」

 場所や時間的要件を含んだ街談(がいだん)巷説(こうせつ)は多く散見される。裏を返せば、それだけ誰でも関わってしまいやすいわけで、だから多くの怪談(ばなし)、もとい体験談ができるわけなのだろう。その流れは、極めてストンと胸に落ちるものがあった。

「とは言え、家の中で起こるだなんて」

「『結界』って言ってしまうと、どうしても閉じ込めるとか侵入を防ぐとかの意味合いが強くなってしまうきらいがあるけれど。広く言ってしまえば、それこそ襖とか縁側なんかも、結界なのよ。

 一般家屋でも、そういうのが複雑に干渉しあった結果、こういった怪異現象を生んだりしてしまうこともあるわ。だから無闇に家を複雑な構造にさせたり、御守りとかお神札(ふだ)といった霊的なものを、考え無しに飾りつけたりするのは好ましくないの」

「ほう、なるほどな……」

「でも、知っての通り。私は道具を作ったりしているわけで、それがなんらかの影響を普通より与えてしまっている可能性は、どうしたって否めないんだけど」

「ん? いやお前が原因かっ!」

「いえ、違くてね剣見君。最後まで聞いてほしいわ」

「……なんだ言ってみろ」

「それでも、私はもちろん細心の注意を払っていたし、可能性だけで言うならば相当に大きくないはずなのよ。他の何かが作用しているとしか、私には思えない」

「ふうん……まぁ、何にせよ、今更に起こっちまったもんをどうこう言っても始まらんしな。

 あ……それを言えば、さっき気づいたことがあったんだけどさ」

「なに?」

「ひょっとすれば別段関係しないのかもしれないけれど、この部屋の物ってたぶん反転してるっぽいぜ」

「それは……具体的にどういうこと?」

 さっき気づいた内容を、いつになく真剣な眼差しを向ける幸徳池に話すと、どうやら何か分かったらしい。

「解決の糸口……見えたかもしれないわ」

「ほんとかそれ!」

「よく気づいたわね……」

「おい説明してくれ。どうして反転していることで、性質ってもんが分かったんだ?」

「もし現実であったなら、反転する理由が無いのよ」

「ん? ていうと……」

「きっと、この異空間を生むための触媒となっているものが、この部屋のどこかにある。

 それは現実を模倣するのに適した材料でなくてはならないわ。例えば、鏡、水面、ガラス。そういうものをベースにして生み出された異空間というのは、どうしたって反転せざるを得ないの」

 鏡の国、的な感じか? 俺たちはアリスだったのか。

「……で、その材料になってるのはじゃあ――」

 俺たちはある一点へと目が向いた。その先はもちろん、机上のグラス。この部屋では、きっとこれしかなかった。

「そしてもう一つ。これはたぶんおそらく他でもない、然鳩の仕業ね」

「は? なんで然鳩さんが」

「分からない。まずはここから出ましょ。今から、私の言ったとおりにしてくれればいいから」

 俺たちはグラスを互いに持ち、それぞれ襖と縁側に向かって投げつけるのだった。

――パリンッ!!

 しかし割れたのはグラスではなく、目の前というか視界だった。そして驚くことに、然鳩は一服しながらさも平然とそこに座っていたのだった。

「――お疲れさん」

 落ち着き払ったこの言葉に、幸徳池は珍しく牽制(けんせい)するような態度で迫る。

「これ、どういうことなの。父と同じことが、できるの? どうして黙ってたのよ」

「ま座れ。知りたい事は、全部話してやるさ」

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