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  作者: 左猫右雛
第一章
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14【大江戸エピソード 上】

 『思い立ったが吉日、その日以降は全て凶日』ではないが、俺はその日、瓮へ例の嘘を打ち明けに行った。

 ところでマネージャー業務とは言え、それは俺が想像していたよりずっと大変なものらしい。記録取りや部費の帳簿付けなど事務作業、練習器具やジャグの管理にマッサージだとかの力仕事。

 慣れないことに忙殺(ぼうさつ)されているなんて笑いながら話していた瓮は、ちょっぴり汗の香りにデオドラントを漂わせ、部活終わりの足で待ち合わせ場所の公園にやって来たのだった。瓮の真相に迫ったあの公園だ。

 さて……真実を打ち明けたことに対して瓮は、とんでもなく予想外な言葉を返してきたのだが、なんだと思う?

 ちなみに俺は、怒ったり拗ねたりこそしないだろうが、一助の精神を踏み(にじ)られたことに対してのもどかしさ、あるいは残念な気持ちだったりを、たぶん彼女のことだからサバサバとした物言いで。

 『なんだ、それなら仕方ないけど。なら早く恋しなよ、ウチ聞くから』

 みたいに言ってくるのでは? と踏んでいたのだが、実際はこうだった。

 『あぁ……そのこと? ははっ、ほんとを言っちゃえばウチ、途中から知ってたんだよね』

 顔厚(がんこう)忸怩(じくじ)

 うまく騙せていたと思っていたら、騙されてくれていたというわけだ。このときの俺の顔は、たぶん熟れたリンゴだった。

 いつ気づいたんだよ? なんて、それでも平静を装って問うてみると、これが何故か瓮はそわそわとした様子で、ちょうどここで話をした日のちょっと前だった、と言う。

 ならば、越後先輩とはなんとか距離を縮められたよありがとう、みたいな礼の言葉を俺は平らに言ってのけたと思うのだが、瓮は嘘を既に分かっていて話を呑んでくれたということになろう。

 いやあっぱれ。お瓮様は、ご度量が大変にお深くあらせられるようだ。笑いたくば、このへそ茶の顛末(てんまつ)を快く哄笑(こうしょう)し、指差し(あざけ)ってくれ。だがしかし、一番そうしてやりたいのは誰にも勝り、この俺だ。

 そしてもう一つ。瓮は俺のことをなぜか、下の名前で呼ぶようになった。下で呼ばれるのは大江戸を除いてほかにいないから、ちょっと新鮮だ。嬉しいか否かは想像にお任せするとして、悪い気はしない――


 ところで大江戸といえば、そろそろ彼のことについても語らねばなるまい。

 というか、そもそも読者諸(けい)は覚えているだろうか? ズボンのファスナーが壊れて全開になっていたのを最後に教えられるという(はずかし)めを幸徳池から受けた俺があの日、彼女と別れたあとに会話した、あいつのことを。

 シンキングタイム――いかがだっただろう?

 フルネームを思い出せなかった人はそのままで、特に気にすることはない。思い出せた人はご一緒に、せーの――そう、大江戸太陽である。

 とは言っても、改めて語るほどの特別な出来事なんて、幸徳池や瓮なんかと比べればこれっぽっちもない。

 というか、語るほどの事柄が無いことに、いま俺自身が気づいてしまった。だから語るのではなく、ここは駄弁(だべ)ることにしておこう。その程度の雑談めいた世間話ふうにしておこう。

 興味のない人は、すっ飛ばしてもらって構わない。辞書で調べたい文字のとこまでサラサラとページを送るときのように。

 それでは始めよう、ちょっとした雑談(ばなし)を――


 大江戸太陽。サッカー部レギュラー、イケメンで女子ウケが良いのは既出だと思う。ここでは、俺にとっての彼の立ち位置的なものを掘り下げていきたい。

 彼は、意見を汲んでまとめ上げるリーダーではなく、意見を踏んでアッと言わせるパイオニアと言える。

 大江戸太陽がそこにいると、周囲は彼に先導されてしまうし扇動されてしまう。大江戸太陽が口を開くと、周囲は彼の言葉を聞き入れてしまうし鵜呑みにしてしまう。

 つまるところ、彼は場を制する力に長けている。制された場では彼に従うことが得策であり、逆に反対の立場を取ればそれは周囲を敵に回しかねない。長い物には巻かれろという(ことわざ)の通りだ。

 とりわけ女子人気が高いのも助けて、たぶん本来以上に彼の発言力や意向というのは、強く反映されがちなこともあったりはするのだろうけれど。

 とは言え本質的には、大江戸の見た目だったり態度だったり考え方だったり……それこそ、カリスマ然とさせる複合的要素が彼のカリスマ的根本をなしているに違いない。それをひとことで何と具体的に示すことは、ゆえにできかねる。

 そんな彼とは、一年のとき同じクラスで途中からは隣の席だった。そこじゃ来る日も来る日もあいつは、相槌を打つか聞かれたら答える程度の俺に、さながら長い旅路から帰ってきた仲睦まじい兄のように話しかけてきた。そんなことだから俺も根負けしたというか、交友レベルを他より引き上げてしまった。

 そんなある日、あのエピソードが起こる。

――財布紛失事件。

 財布を無くしたことに、俺が気付いたのは昼休み開始直後。購買にパンを買いに行こうとしたとき、自分の席でだった。

 鞄を探しても見当たらず首を傾げる俺に、隣の大江戸はすぐさま気付き、どうしたのかと声をかけてくる。俺はここで、彼に財布が見当たらないことを溢してしまった。普通なら、何でもないよなんて返しそうなところを。

 すると彼は、本当に持って来ていたのかを問うてきたので俺は振り返る。結果、持って来ていたことは確かだった。

 家を出る間際、呑気に寝癖をつけて欠伸なんてしてやがる姿が妙に腹立たしい姉から、帰りに雑誌を買ってくるよう頼まれたのだ。そのとき貰ったお金を俺は財布にしまった。そして鞄に入れた。いつもならポケットに入れているのだが、額が大きかったから移動中に落としてもやだなと思って鞄に入れたのだ。いつもと違うことをしていたからこそ明確に、それは覚えていた。

 しかし、学校に来てから鞄から出したのかどうか、出したならいつポケットにしまったのか、はやはり記憶が無かった。

 もしかしたら、カバンから引き抜いてポケットにしまっていたことで、廊下かどっかで落とした可能性はある。

 と、こんな経緯を聞いた大江戸は三秒くらい考えてから、いきなり教壇に立って声を発したのだった。これから購買に向かおうとする生徒や、弁当を手にした生徒達の注目が一気に集まり、そこで俺の財布を探すための協力を彼は要請したのだ。

 このとき、まさかみんなが貴重な昼休み時間を割いてまで、まして俺のために動いてくれるわけは無い、なんて思っていたのだが……驚くことにクラスメイト達は協力的だった。

 しかしそれは、俺なんかのためではなく、大江戸のためにこうなったのだと言えよう。

 そして俺は、大江戸に促されるまま衆目(しゅうもく)の前で、財布の特徴や歩いた場所などについて説明をする。

 クラスメイトは、ほぼ総出で探し回ってくれた。厳密にはクラス外の人にも、この一件が知らされていたようだったから、もしかしたらいくらか手伝っていた可能性もある。大江戸はコネクションの化け物だ。

 当時のクラスの光景を一言で表すなら大事件の捜査本部、と言っても過言ではない。大江戸が中心に統率がとれたさまは、俺からしたら少し異様だったが、しかし社会というのはそういうものなのかもしれないとも思わされた。頭となる人が音頭を取り、下のものが的確に事をなす。ただそれだけであって、恐らくはそれがこの狭い社会、クラスという小規模だから目立っていたに過ぎないのかもしれなかった。

 さて、結果から言うと、さほど時を待たずして無事に財布は見つかったわけなのだが……それは些か妙な形だった。

 同じクラスの男子生徒が、『トイレの中で見つけた』と言って俺に手渡してきたのだ。中身は無事だった。

 これにクラスは、そんなオチかよなんて笑える空気で一件落着。俺は感謝を伝えた。

 大江戸はと言うと、そこで一致団結する強さみたいなのを説いていたんだっけか。なぜ彼が、そうまでして一致団結して何かを成し遂げる実績を、必要以上にここでアピールしていたのかは、この先控えている文化祭を意識していたんじゃないか、というような気があとから考えるとしないでもない。彼は実行委員だし。

 昭和から平成にかけての学園ドラマじゃないが、エモくて小っ恥ずかしくなってしまうようなことだったと俺は感じたが、それはしかし青春というもので、そういう青春の中ではそういったものがきっと実際以上の価値、輝きを有するのだろう。

 で。いったいこれのどこが妙だったのかというと……俺は昼休みまでに、一度もトイレへ行っていないのだ。

 だから、昼休みにそんなところで財布が見つかるわけが、そもそもない。同時に、トイレで見つかるということは何者かが俺の財布に手を出し、そこへ動かしたという不穏な事実を示してもいる。

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