電波 第42話
「神崎!」
拓哉はゆっくりと右手を差し出した。
夕暮れの風が屋上を吹き抜ける。
綾乃はビルの縁に立ったまま、小さく震えていた。
「大丈夫だ」
拓哉は落ち着いた声で言った。
「ゆっくりでいい。こっちへ来い」
綾乃は不安そうな瞳で拓哉を見つめた。
そして小さく頷く。
「……はい」
震える足を動かし、一歩踏み出す。
もう一歩。
あと少しで拓哉の手が届く。
その時だった。
足元のコンクリートが崩れた。
「きゃっ――!」
綾乃の身体が大きく傾く。
足を踏み外した。
身体が宙へ投げ出される。
「神崎!」
拓哉は反射的に駆け出した。
考えるより先に身体が動いていた。
伸ばした腕が綾乃の腕を掴む。
だが勢いが強い。
二人の身体はそのまま屋上へ転がった。
ドサッ――!
鈍い音が響く。
しばらく誰も動かなかった。
綾乃は自分が助かったことを理解できずにいた。
恐る恐る目を開く。
そこには拓哉の顔があった。
気付けば、自分は拓哉に強く抱き留められていた。
「だ、大丈夫か?」
拓哉が息を切らしながら尋ねる。
「怪我はないか?」
綾乃は呆然としたまま頷いた。
「は、はい……」
その瞬間。
自分が拓哉の胸にしがみついていることに気付く。
顔が一気に赤くなった。
「あっ……」
慌てて身体を離そうとする。
だが足に力が入らない。
恐怖が今になって押し寄せてきたのだ。
「無理するな」
拓哉はそう言って綾乃の肩を支えた。
綾乃は唇を震わせながら呟く。
「私……本当に飛び降りるところだったんですね……」
「……ああ」
拓哉は短く答えた。
綾乃は俯いた。
もし拓哉が来なければ。
もしあの電話が続いていたら。
そう思うだけで身体が震える。
「ありがとう……ございます」
消え入りそうな声だった。
拓哉は少し照れ臭そうに視線を逸らした。
「礼を言うのはまだ早い」
「え?」
「妹さんはまだ見つかってない」
その言葉に綾乃の表情が引き締まる。
実夏。
事件は終わっていない。
拓哉は立ち上がると、砕け散った携帯電話の残骸を見つめた。
「この事件の裏には、まだ何かいる」
風が吹く。
夕闇の向こうで東京の街の灯りが一つ、また一つと点き始めていた。
そしてその頃――。
都内某所。
薄暗い部屋の中で、一人の男がモニターを見つめていた。
画面には先ほどまでの屋上の映像。
男は無表情のまま映像を停止する。
そして静かに呟いた。
「火宮拓哉……」
その目はまるで獲物を観察する猛禽類のように冷たかった。
「やはり、邪魔だな」
男――御影はそう言うと、静かにモニターの電源を落とした。




