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電波 最終話

 その頃――。


 綾乃たちがいた廃ビルの下では、一台の黒塗りのハイヤーが静かに停車していた。


 後部座席から白髪の老紳士が降り立つ。


 男は周囲を確認すると、アスファルトの上に散らばる破片へゆっくりと歩み寄った。


 綾乃の携帯電話だった。


 男は壊れた端末を拾い上げる。


 液晶は砕け、外装も破損している。


 だが男は満足そうに頷いた。


「回収完了」


 静かな声だった。


 するとイヤホンから声が聞こえてくる。


『対象の排除は失敗しました』


 男は表情一つ変えない。


「問題ない」


 そう答える。


「証拠は消えた」


 そして携帯電話をコートの内ポケットへ仕舞うと、再びハイヤーへ乗り込んだ。


 車は静かに夜の街へ消えていった。


 ――数日後。


 警視庁。


 Mファイル室。


 綾乃は今回の事件について報告書を書き続けていた。


 駅で発生した不可解な死亡事件。


 謎の携帯電話会社。


 人を操る異常な電波。


 そして失踪した関係者たち。


 だが決定的な証拠は何一つ残っていない。


 綾乃はため息をつきながら最後のページを閉じた。


「これで終わり……かな」


 報告書は糠田総監へ提出された。


 しかし総監は内容を軽く眺めただけだった。


「ご苦労だったね」


 そう言って報告書を閉じる。


「次の事件も頼むよ」


 あまりにもあっさりした反応だった。


 綾乃は少し拍子抜けした。


 これだけの事件だったのに。


 誰も真相を追及しようとしない。


 そんな違和感だけが胸に残った。


 部屋へ戻ると、机の上に小さな箱が置かれていた。


 横には一枚のメモ。


 見覚えのある乱暴な字だった。


 綾乃は思わず微笑む。


『お前の携帯を探したが見つからなかった。


 仕方ないから新しいのを買っておいた。


 気に入らなければ勝手に替えろ。


 火宮』


「もう……」


 綾乃は苦笑した。


 箱を開ける。


 中には新品の携帯電話。


 決して高価な機種ではない。


 だが、どこか拓哉らしい実用本位の機種だった。


「あ、ありがとう……」


 綾乃は小さく呟く。


 そして新しい携帯電話をポケットへしまった。


 その時だった。


 部屋のドアが開く。


 拓哉が缶コーヒーを片手に戻ってきた。


「終わったか?」


「はい」


 綾乃は笑顔で答えた。


「事件は解決したんですよね?」


 拓哉は一瞬だけ黙った。


 そして窓の外を見る。


 夕暮れの東京。


 無数の電波が飛び交う巨大都市。


「さあな」


 短く答える。


「俺たちが見つけたのは、ほんの一部かもしれない」


「え?」


 綾乃が聞き返す。


 だが拓哉はそれ以上何も言わなかった。


 ――その頃。


 都内某所。


 薄暗い部屋。


 男が報告書のコピーを静かに燃やしていた。


 炎に照らされた横顔。


 鋭い眼差し。


 男は燃え尽きる報告書を見つめながら呟く。


「Mファイルか……」


 机の上には別のファイルが置かれていた。


 表紙には赤い文字で記されている。


【人体発火事件】


 男――御影はゆっくりとファイルを開いた。


 その口元にわずかな笑みが浮かぶ。


「次の観測を始めよう」


 闇の中でページがめくられる。


 そして新たな怪事件が、静かに幕を開けようとしていた――。


 【File.1『電波』 完】

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