電波 第4話
「もう……それが姉に対する態度!?覚えてなさい!」
綾乃はそう言い捨てると、慌ただしく玄関を飛び出した。
「はいはい。精々、遅刻しないように頑張ってね」
実夏は苦笑しながら通話を切る。
そして携帯電話の電源を落とした。
画面が暗くなる。
朝の新宿駅。
ホームには通勤客と学生たちが溢れていた。
アナウンス。
電車の接近音。
いつもと変わらない朝。
その時だった。
実夏のポケットの中で、携帯電話が震えた。
ピッ……ピッ……
「……え?」
取り出す。
電源を切ったはずの携帯電話。
だが画面は点灯していた。
《着信中》
発信者表示なし。
「何これ……」
その瞬間。
周囲から、同じ音が鳴り始めた。
ピッ……
ピッ……
ピッ……
一人。
また一人。
ホームにいる人々が、一斉に携帯電話を取り出していく。
ざわめきが広がる。
「なんだこれ?」
「壊れてる……?」
「番号が出ないぞ」
だが、その音は徐々に変化していった。
単なる着信音ではない。
耳鳴りのような。
低いノイズのような。
ザ……ザザ……
実夏は思わず耳を押さえた。
頭の奥が、じわじわと痺れる。
その時。
一人の男が通話ボタンを押した。
「もしもし?」
ノイズ。
ザザ……
男の表情が止まる。
「……は?」
男はゆっくりとホームの端へ歩き始めた。
夢遊病者のように。
「ちょ、ちょっと!?」
周囲がざわめく。
すると、別の女性も通話を取る。
また一人。
また一人。
そして同じように、
ふらりと歩き出す。
ホームの端へ。
「……何なの……」
実夏の喉が乾く。
携帯が震えている。
画面。
《接続中》
「やめて……」
切ろうとする。
だが指が動かない。
ザ……
――聞こえるか
耳元ではない。
頭の中に直接、響く声。
低い。
感情がない。
「……っ」
実夏の視界が揺れる。
その瞬間――
轟音。
電車がホームへ滑り込んできた。
ブレーキ音。
風。
同時に。
鳴り響いていた全ての着信音が、
ぴたりと止まった。
静寂。
そして次の瞬間。
「きゃああああっ!!」
悲鳴。
ホームの端にいた男が、その場に崩れ落ちていた。
動かない。
駅員と数人の乗客が駆け寄る。
実夏は呆然と立ち尽くしていた。
男の顔は青白く、目を見開いたまま止まっている。
「救急車!!」
騒然となるホーム。
だが、その混乱の中で。
実夏だけが聞いていた。
微かに残るノイズ。
ザ……ザザ……
――適合確認
「……え?」
実夏の顔から血の気が引く。
その頃。
警視庁・地下三階。
S.P.D. TOKYO。
九条仁は、ソファに寝転がったまま古い通信データを眺めていた。
部屋は散らかり放題。
空き缶。
コンビニ弁当。
山積みの資料。
綾乃は呆れた顔で部屋を見回す。
「……信じられない」
「何が?」
九条は視線も向けない。
「警視庁の部署ですよね、ここ」
「たぶんな」
「たぶんって……」
その時。
九条の机の端末が警告音を鳴らした。
ピッ。
九条の目つきが変わる。
画面。
複数端末・同時接続。
発信源――不明。
「来たか……」
九条は立ち上がる。
「神崎、行くぞ」
「え?」
「新宿駅」
九条はジャケットを掴む。
「また“鳴った”」
その頃。
都内某所。
静かな和室。
一人の男が湯呑みを傾けていた。
テレビでは新宿駅のニュース速報。
『駅ホームで男性が突然倒れ――』
男は小さく笑う。
「始まったか……」
鷹城誠一。
政界の大物。
そして――
九条へ情報を流す男。
鷹城は懐から古びた封筒を取り出した。
そこには赤字で、こう記されていた。
《ECHO計画》
「困ったねぇ……」
鷹城は穏やかに笑う。
「まさか、まだ続いてたとは」
同時刻。
警察庁内・特務調整室。
静かな部屋。
モニターに映る新宿駅。
御影は無言で映像を見つめていた。
その目は、感情を映さない。
部下が口を開く。
「対象に反応が見られます」
「……そうか」
御影は短く答える。
「回収は?」
「まだ行えます」
わずかな沈黙。
御影は画面の中の実夏を見つめた。
「……いや」
「まだ観察を続けろ」
画面の中で。
実夏の携帯電話が、再び微かに震えた。




