電波 第39話
拓哉は克己との通話を切るなり、自分の携帯電話を取り出した。
すぐに綾乃の番号を呼び出す。
発信。
だが――。
呼び出し音だけが虚しく続く。
『プルルルル……』
出ない。
もう一度掛ける。
しかし結果は同じだった。
「出ろよ……神崎」
拓哉は苛立ちながら携帯電話を握り締めた。
克己の言葉が頭から離れない。
『次は相方のお嬢ちゃんだ』
嫌な予感しかしなかった。
拓哉は走り出した。
夕暮れの街を駆け抜けながら、綾乃の行きそうな場所を必死に思い浮かべる。
その頃――。
綾乃は人気のない廃ビルの屋上にいた。
手には携帯電話。
その瞳はどこか虚ろだった。
風が吹き抜ける。
錆びたフェンスが軋む音を立てた。
だが綾乃には聞こえていない。
頭の中には、あの声だけが響いていた。
『そのまま前へ進め』
『恐れる必要はない』
『もうすぐ自由になれる』
綾乃はふらりと一歩踏み出した。
屋上の縁まで、あと数メートル。
『私は……』
綾乃の唇が微かに動く。
『自由になるの……?』
『そうだ』
声が答える。
『苦しみも』
『不安も』
『悲しみも』
『すべて終わる』
綾乃の瞳から光が失われていく。
だが、その心の奥底では必死に何かが抵抗していた。
違う。
何かがおかしい。
どうして私はここにいる?
実夏を探していたはずだ。
母から電話があった。
拓哉にも話した。
私は――。
『前へ進め』
頭の中に激痛が走る。
キィィィィィィン――
強烈な耳鳴り。
思考が掻き消される。
綾乃は再び一歩踏み出した。
屋上の縁まであと数歩。
『そうだ』
『そのまま進め』
『受信状態良好』
『誘導完了まで残り僅か』
綾乃の頬を冷たい風が撫でる。
その時だった。
ブブブブブッ――
手の中の携帯電話が激しく震えた。
画面には着信表示。
【火宮拓哉】
その名前を見た瞬間。
綾乃の意識の奥で何かが揺れた。
『出るな』
頭の中の声が命令する。
『無視しろ』
『前へ進め』
だが――。
拓哉。
その名前を見た瞬間、綾乃の脳裏に様々な光景が浮かんだ。
警視庁の前でぶつかった日。
無愛想な態度。
ぶっきらぼうな言葉。
それでも事件のたびに自分を助けてくれた姿。
『出るな』
声が強くなる。
『命令に従え』
綾乃の手が震えた。
そして――。
ゆっくりと通話ボタンへ指が伸びる。
その瞬間、屋上の扉が勢いよく開いた。
ガンッ――!!
誰かが駆け込んでくる足音が響いた。
綾乃が振り返る。
そこに立っていたのは――。
「神崎!!」
火宮拓哉だった。




