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電波 第38話

 綾乃の携帯電話から聞こえてきた声は異様だった。


 まるで感情がない。


 人間が話しているようでいて、人間ではない何かが言葉を発しているような声だった。


「な、何なの……?」


 綾乃は気味の悪さを感じ、慌てて携帯電話を耳から離した。


 だが――。


 声は消えなかった。


『聞こえるか』


 携帯電話を離しているにもかかわらず、その声は聞こえてくる。


 いや。


 聞こえているのではない。


 頭の中に直接流れ込んできているのだ。


『苦しいだろう』


『疲れているだろう』


『もう考えなくていい』


 綾乃は思わず耳を塞いだ。


「やめて……」


 しかし声は止まらない。


『受信状態良好』


『神崎綾乃を確認』


『誘導を開始する』


 その瞬間――。


 キィィィィィン……。


 鋭い耳鳴りが頭の奥で響いた。


 視界が揺れる。


 周囲を歩く人々の姿がぼやけて見えた。


『前へ進め』


『そのまま進め』


 綾乃は首を振った。


「違う……」


『前へ進め』


「やめて……」


『進め』


 声が繰り返されるたびに、自分の意思が少しずつ薄れていく。


 まるで誰かに思考そのものを上書きされているようだった。


 綾乃は無意識に一歩踏み出す。


 そして、また一歩。


 気付けば人混みの中を歩き始めていた。


「私は何を……」


 そう呟いても足は止まらない。


 携帯電話を握り締めたまま、ふらふらと歩いていく。


 行き先も分からない。


 ただ、頭の中の声だけが彼女を導いていた。


『近い』


『そのまま進め』


『受信者を誘導中』


 夕暮れの街を歩く綾乃の瞳から、少しずつ意思の光が失われていく。


 その頃――。


 克己との通話を終えた拓哉は、嫌な胸騒ぎを覚えていた。


 何度も綾乃へ電話を掛ける。


 だが繋がらない。


「出ろ……神崎」


 拓哉は舌打ちした。


 克己の最後の警告が頭を離れない。


『次は相方のお嬢ちゃんだ』


 拓哉は走り出した。


 何かが起きている。


 そして、その予感は間違いなく現実になろうとしていた。

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