電波 第37話
拓哉と克己が電話で話している頃――。
綾乃は一人、都内を走り回っていた。
実夏の通う高校。
友人の自宅。
よく立ち寄る喫茶店。
思いつく場所を片っ端から回ったが、実夏の姿は見つからない。
日はすでに傾き始めていた。
「実夏……」
綾乃は携帯電話を握り締める。
胸の中の不安は大きくなるばかりだった。
その時だった。
プルルルルル――
突然、携帯電話が鳴った。
綾乃は反射的に画面を見ることもなく通話ボタンを押す。
「実夏!?」
だが――。
返ってきたのは妹の声ではなかった。
ザーッ……
耳障りな雑音。
まるで電波状態の悪いラジオのようなノイズだった。
「もしもし?」
綾乃が訊く。
返事はない。
ザーッ……ザーッ……
雑音だけが続く。
「誰ですか?」
綾乃は立ち止まった。
その時だった。
『聞こえるか』
低い男の声。
感情のない声だった。
綾乃の背筋が凍る。
「誰?」
返事はない。
代わりに雑音が強くなる。
そして再び声が聞こえた。
『受信状態良好』
『神崎綾乃を確認』
綾乃の顔色が変わった。
なぜ自分の名前を知っているのか。
『指示を開始する』
「何を言って――」
その瞬間。
頭の奥で鋭い耳鳴りが響いた。
キィィィィィィン――
綾乃は思わず携帯電話を耳から離す。
だが耳鳴りは消えない。
むしろ強くなる。
そして男の声が直接頭の中へ響いてきた。
『前方のビルが見えるな』
綾乃は無意識に顔を上げた。
道路の向こう。
十数階建てのオフィスビルが見える。
『屋上へ行け』
「……え?」
『屋上へ行け』
『そして飛び降りろ』
綾乃の瞳が揺れる。
飛び降りろ。
その言葉が何度も頭の中で反響する。
飛び降りろ。
飛び降りろ。
飛び降りろ。
まるで誰かが脳に直接命令を書き込んでいるようだった。
綾乃は一歩前へ踏み出す。
そしてまた一歩。
自分でも理由が分からない。
だが身体が勝手に動こうとしていた。
「私は……」
飛び降りろ。
「違う……」
飛び降りろ。
「やめて……」
飛び降りろ。
飛び降りろ。
飛び降りろ。
綾乃の額から汗が流れる。
必死に抵抗する。
その時だった。
ブブブブッ――
もう一台の携帯電話が震えた。
拓哉からだった。
その振動に意識が引き戻される。
綾乃はハッと我に返った。
次の瞬間。
耳鳴りが止む。
雑音も消える。
携帯電話の画面を見る。
通話はいつの間にか切れていた。
「な、何なの……」
綾乃は荒い息を吐いた。
全身が震えている。
そして気付く。
自分がいつの間にか、そのビルの入口まで歩いて来ていたことに。
もし拓哉からの着信がなかったら――。
綾乃は恐ろしくなった。
一方その頃。
携帯電話を耳に当てていた拓哉は、繋がらない綾乃の番号を何度も見つめていた。
克己の警告が頭から離れない。
『次は綾乃かもしれん』
その言葉が現実になろうとしていた。




