電波 第36話
「なぁ、克己!」
拓哉は人気のないビルの廊下で携帯電話を握り締めた。
「頼む。助けてくれ」
受話器の向こうから苦笑する声が聞こえる。
『悪いな』
『今は俺たちも逃げるので精一杯だ』
背後では慌ただしい物音が聞こえていた。
誰かが機材を運んでいるような音。
『正直、お前さんに構っている余裕はない』
「何が起きてる?」
『聞くな』
克己は即答した。
『知らない方が長生きできる』
拓哉は舌打ちした。
「そんなこと言ってる場合か」
『だからせめて一つだけ教えてやる』
克己の声が急に真剣になる。
拓哉は無意識に身構えた。
『お前さんがこの前持ってきた携帯電話』
『あれだけじゃない』
「何?」
『神崎実夏が持っていた携帯電話と同じ細工が施された端末が、まだ他にも存在している』
拓哉の表情が変わった。
「何台ある?」
『分からん』
『だが少なくとも一台じゃない』
「根拠は?」
数秒の沈黙。
そして克己は低く呟いた。
『信号だ』
『あの端末は互いを探し合っている』
拓哉は眉をひそめる。
『受信者を選別するためにな』
嫌な予感がした。
「まさか……」
克己は続ける。
『お前さんの相方のお嬢ちゃん』
『神崎綾乃』
拓哉の心臓が跳ねた。
『あの子が持っている携帯電話』
『機種は違う』
『メーカーも違う』
『だが内部構造が一致している』
「何だと?」
拓哉は思わず声を上げた。
『細工されているんだよ』
『実夏の端末と同じようにな』
風の音が受話器の向こうで鳴る。
克己はさらに声を潜めた。
『おそらく偶然じゃない』
『神崎姉妹は最初から監視されていた可能性がある』
拓哉は言葉を失った。
綾乃も。
実夏も。
最初から標的だったというのか。
『急げ』
克己が言う。
『実夏だけじゃない』
『次に狙われるのは綾乃かもしれん』
「どういうことだ?」
『受信者は一人とは限らない』
『実験が最終段階なら、複数人が必要になる』
拓哉の背筋に冷たいものが走った。
『だから急げ』
『時間がない』
「克己!」
『それと――』
克己の声がさらに低くなる。
『もし、空を見上げて呟く人間を見たら近付くな』
「何?」
『そいつはもう受信を始めている』
拓哉が聞き返そうとした瞬間だった。
突然、激しいノイズが混じる。
ザザザザザ――――
『くそっ……見つかった……!』
克己の焦った声。
そして。
ブツッ――
通話は途切れた。
「克己!」
何度呼び掛けても返事はない。
拓哉はしばらく携帯電話を見つめていた。
やがてポケットへ仕舞う。
そして急いで綾乃へ電話を掛けた。
嫌な予感がしていた。
もし克己の話が本当なら――。
行方不明なのは実夏だけではない。
綾乃自身も、すでに事件の渦中にいることになるのだから。




