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電波 第31話

 科学警察研究所に到着した拓哉と綾乃は、すぐに茉里の研究室へ向かった。


 研究室のドアが開く。


 しかし、いつもなら軽口の一つでも飛ばしてくる茉里の様子がおかしかった。


 顔色が悪い。


 机の上には大量の解析データが散乱している。


「来たわね」


 その声にも余裕がなかった。


 茉里は二人を室内へ招き入れると、素早くドアを閉めた。


 さらに鍵まで掛ける。


 カチャリ――


 その音に綾乃は不安になる。


「茉里さん……?」


 茉里は答えない。


 そのまま机の前へ戻ると、例の携帯電話を静かに置いた。


 そして拓哉を見つめる。


「拓哉」


「一体、これは何なの?」


 拓哉は眉をひそめた。


「何がだ?」


「その携帯電話よ」


 茉里の声は震えていた。


「私は最初、違法改造された端末だと思った」


「でも違った」


 彼女は解析結果のファイルを机へ広げる。


 複雑な回路図。


 通信波形。


 暗号化されたデータ群。


 綾乃には何一つ理解できない。


 しかし茉里の表情だけで異常さは伝わった。


「この端末の内部構造は既存の携帯電話とは別物よ」


「通信装置でありながら通信装置じゃない」


「受信機でありながら送信機でもある」


 拓哉は黙って聞いている。


 茉里は続けた。


「しかも内部に組み込まれているプログラムの一部が、人間の脳波パターンに酷似している」


 綾乃が顔を上げる。


「脳波……?」


「そう」


 茉里は頷く。


「私は神経工学の専門家じゃない」


「だから断定はできない」


「でも――」


 彼女は携帯電話を見る。


 まるで危険物を見るような目だった。


「少なくとも普通の携帯電話じゃない」


 研究室が静まり返る。


 やがて茉里は低い声で言った。


「これは通信機器の皮を被った別の何かよ」


 拓哉が初めて口を開く。


「兵器か?」


 茉里はすぐには答えなかった。


 数秒の沈黙。


 そして静かに言う。


「そう呼ぶしかないと思う」


 綾乃の顔から血の気が引いた。


「そんな……」


 思わず机の上の携帯電話を見る。


 実夏が何気なく使っていた携帯電話。


 友達と一緒に契約しただけだと言っていた端末。


 それが兵器かもしれない。


 そう考えるだけで寒気がした。


「うそでしょう……」


 茉里は首を振る。


「私だってそう思いたい」


「でも、もっと問題なのは別にある」


 拓哉の目が細くなる。


「何だ?」


 茉里はモニターを操作した。


 画面に一つのグラフが表示される。


「この端末、電源を切っても活動を続けているの」


 綾乃が息を呑む。


「活動……?」


「ええ」


 茉里は頷いた。


「そして誰かと通信している」


 研究室の空気が凍り付く。


 拓哉は静かに訊いた。


「相手は分かったか?」


 茉里は苦々しく笑った。


「それが分からないのよ」


「発信元も受信先も存在しない」


「衛星でもない」


「基地局でもない」


「軍の周波数帯にも該当しない」


 そして茉里は震える指でモニターを指差した。


 そこには昨夜記録されたデータが表示されていた。


 通信開始時刻。


 ――22時13分。


 拓哉と綾乃は顔を見合わせた。


 それは携帯電話に表示されていた予告時刻と完全に一致していた。


「22時13分……」


 綾乃が呟く。


 その瞬間だった。


 机の上の携帯電話が突然震え始めた。


 ブブブブブッ――


 誰も触れていない。


 研究室の照明が一瞬だけ明滅する。


 そして画面が青白く光った。


 表示された文字を見た瞬間。


 茉里の顔が凍り付いた。


 《SUBJECT : KANZAKI MINATSU》


 ――対象:神崎実夏。


 綾乃の顔から血の気が消えた。


 実夏が――狙われている。

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