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電波 第30話

 科学警察研究所の茉里に、実夏の携帯電話の解析を依頼してから数日が過ぎていた。


 その間、新たな犠牲者は出ていない。


 駅のホームで起きた不可解な変死事件も、世間では単なる事故として処理されつつあった。


 だが、拓哉と綾乃だけは違った。


 二人は警視庁の一角に与えられたMファイル室で、再び事件資料と向き合っていた。


 部屋の中には資料の山が積まれている。


 駅の監視カメラ映像。


 目撃証言。


 検視報告書。


 通信記録。


 どれも決定打にはならない。


「何も出ませんね……」


 綾乃は資料から顔を上げた。


「被害者同士の接点もないし」


「共通点は携帯電話だけ」


 拓哉はソファに寝転がったまま天井を見ている。


「そう思わせたいのかもしれない」


「え?」


「本当に関係がない人間が選ばれたとは限らない」


 綾乃は首を傾げた。


 相変わらず説明不足である。


 その時だった。


 突然、拓哉の携帯電話が鳴った。


 静かな部屋に着信音が響く。


 拓哉はゆっくり身体を起こした。


 画面を見る。


「茉里か」


 電話に出る。


「俺だ」


 受話器の向こうから聞こえてきたのは、少し興奮した茉里の声だった。


『やっと捕まった』


「結果が出たのか?」


『出たというか……』


 茉里は少し言葉を濁した。


『正直、私も何を見せられてるのか分からない』


 拓哉の表情が変わる。


 綾乃も身を乗り出した。


「どういう意味だ?」


『電話じゃ説明しづらい』


『というより、説明しても信じてもらえないと思う』


 珍しい反応だった。


 科学者である茉里がそんなことを言うのは初めてだった。


『とにかく来て』


『すぐに』


『それと神崎刑事も一緒に』


「綾乃も?」


『うん』


『たぶん彼女にも関係がある』


 電話の向こうで一瞬、沈黙が流れる。


 そして茉里は小さな声で続けた。


『あの携帯電話……』


『ただの携帯じゃない』


『少なくとも私たちが知っている技術じゃない』


 通話が切れた。


 部屋に静寂が戻る。


 綾乃が不安そうに訊く。


「何だったんですか?」


 拓哉は立ち上がり、上着を掴んだ。


「科警研だ」


「行くぞ」


「何か分かったんですか?」


 拓哉は数秒だけ考えた。


 そして珍しく真面目な顔で言った。


「分からん」


「だが――」


「茉里があそこまで慌てる時は、大抵ろくな結果じゃない」


 綾乃は思わず顔を引きつらせた。


 二人は急いで部屋を飛び出す。


 その頃――


 科学警察研究所。


 茉里は誰もいなくなった研究室で、一台のモニターを見つめていた。


 画面には、例の携帯電話から抽出した信号波形が映し出されている。


 人間の音声にも見える。


 だが音声ではない。


 通信データにも見える。


 だが通信でもない。


 茉里は震える手で再生ボタンを押した。


 スピーカーからノイズが流れる。


 ザザッ――


 ザザザッ――


 そして、その奥から微かに声が聞こえた。


『……キコエル……』


 茉里の顔から血の気が引く。


『……受信者ヲ……発見……』


 次の瞬間、研究室の照明が一斉に明滅した。


 バチッ――


 モニターが真っ黒になる。


 そして画面いっぱいに、たった一行の文字が表示された。


 《OBSERVER IS WATCHING》


 ――観測者は見ている。


 茉里は無意識に研究室の窓へ目を向けた。


 夜の闇の向こう。


 向かいのビルの屋上に、一人の男が立っているような気がした。

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