電波 第26話
「す、すみません……」
綾乃は気まずそうに頭を下げた。
さすがに盗み聞きが見つかったのだから言い訳はできない。
拓哉も小さくため息を吐く。
「悪いな」
そう言って克己を見る。
「今度の相棒なんだ」
「先に帰れとは言ったんだが……」
「聞く耳を持たなくてな」
「ちょっと!」
綾乃が抗議する。
だが室内には笑いが起きていた。
克己は面白そうに綾乃を見る。
「なるほど」
「火宮の相棒か」
そして優しく言った。
「まあ、そんな所に立ってないで中に入りなさい」
「追い返すつもりはないよ」
綾乃は戸惑いながらも部屋へ入った。
壁一面のモニター。
通信機器。
大量の資料。
警察署とも研究所とも違う空間だった。
『何なの……ここ』
綾乃は圧倒される。
その様子を見た克己が笑う。
「驚いただろ?」
「ここは世の中の“変な話”が集まる場所だ」
「警察も政府も扱いたがらない話がね」
綾乃は思わず拓哉を見る。
拓哉は慣れた様子でソファへ腰を下ろした。
そして本題へ戻る。
「それで?」
「さっきの話の続きだ」
「その兵器を研究していた国とは?」
室内の空気が少し変わった。
克己はしばらく黙り込む。
やがて机の上に広げられた資料を見ながら口を開いた。
「正確には国じゃない」
「ある共同研究計画だ」
拓哉の眉が動く。
「共同研究?」
「ああ」
克己は頷いた。
「十年以上前に存在した極秘プロジェクトだ」
「目的は通信技術の革新」
「離れた場所へ瞬時に情報を送るシステムの開発」
綾乃は首を傾げる。
「それの何が問題なんです?」
克己は苦笑した。
「途中で研究の方向性が変わったんだ」
「情報を送るだけじゃない」
「人間へ直接信号を送る研究になった」
部屋が静まり返る。
綾乃は思わず聞き返した。
「人間に?」
「脳へだ」
克己は真顔だった。
「音として聞こえない信号」
「見えない命令」
「感覚への干渉」
「理論上は可能だと言われていた」
綾乃は半信半疑だった。
だが拓哉は真剣な顔をしている。
「その計画はどうなった?」
克己は資料を閉じた。
「中止になった」
「少なくとも表向きはな」
「だが研究データの一部が消えた」
「関係者も何人か消息不明になった」
拓哉の目が細くなる。
「盗まれたのか」
「その可能性が高い」
克己は静かに答えた。
「そして今回の事件」
「駅」
「携帯電話」
「謎の通信会社」
「全部が偶然とは思えない」
その時だった。
机の上に置かれていた実夏の携帯電話が突然震えた。
ブブブッ――
誰も触れていない。
しかし画面だけが勝手に点灯する。
室内の全員が振り向いた。
黒い画面に白い文字が浮かび上がる。
《SIGNAL DETECTED》
《RECEIVER FOUND》
綾乃の顔から血の気が引いた。
「受信者……?」
克己の表情も消える。
拓哉だけが静かに画面を見つめていた。
そして低い声で呟く。
「神崎実夏だけじゃない」
「まだ他にもいる」
画面には次の文字が表示されていた。
《NEXT CONTACT : 22:13》
その数字が示す意味を、この時の彼らはまだ知らなかった――。




