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電波 第22話

 係長の相沢は一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに営業用の笑顔へ戻った。


「さあ・・・私には分かりませんね」


 肩をすくめながら続ける。


「うちの携帯電話が何か問題でも?」


 拓哉は相沢の目をじっと見つめた。


 数秒の沈黙。


 だが相沢は笑顔を崩さない。


 やがて拓哉は小さく息を吐いた。


「いや・・・知らないのなら構いません」


 そう言うと実夏から預かった携帯電話を上着の内ポケットへしまった。


「お忙しいところ失礼しました」


 綾乃も軽く頭を下げる。


 二人はそのまま会社を後にした。


 自動ドアが閉まる。


 ガラス越しに見える相沢は、まだ笑顔のままだった。


 だがその視線だけは二人を追い続けていた。


 ――まるで監視するかのように。


 ビルを出てしばらく歩いたところで、拓哉が立ち止まる。


 そして不意に言った。


「神崎」


「はい?」


「今日はここまでだ」


 綾乃は首を傾げる。


「え?」


「少し寄る場所がある」


 拓哉は腕時計を見ながら続けた。


「お前は先に帰れ」


「報告書でもまとめておいてくれ」


 綾乃は思わず眉をひそめた。


「私も行きます」


「駄目だ」


 即答だった。


「どうしてです?」


「個人的な用事だ」


「それに・・・」


 拓哉は少しだけ言葉を濁す。


「まだ確証がない」


 綾乃はますます怪しく感じた。


 今日一日で分かったことがある。


 火宮拓哉という男は普段こそ気怠そうだが、何かを掴んだ時だけ急に動き出す。


 そして今の顔は明らかに後者だった。


「じゃあな」


 拓哉はそう言うと背を向ける。


 雑踏の中へ紛れ込むように歩き始めた。


 綾乃はその背中を見送る。


 数秒後。


「・・・怪しい」


 ぽつりと呟いた。


 そして決意する。


「ちょっとだけなら・・・」


 綾乃は物陰へ身を隠すと、拓哉の後を追い始めた。


 十分ほど歩いた頃だった。


 拓哉は都心の繁華街を抜け、人通りの少ない裏通りへ入っていく。


 綾乃は電柱の陰に隠れながら尾行を続けた。


 すると前方に古びた雑居ビルが見えてくる。


 看板もない。


 窓ガラスは曇り、昼間だというのに薄暗い。


 拓哉は迷うことなく、そのビルの中へ入っていった。


「何・・・ここ?」


 綾乃は息を呑む。


 ビルの入口には小さなプレートが掛かっていた。


 そこにはこう書かれていた。


 ――鷹城総合研究所。


 綾乃は首を傾げる。


 聞いたことのない名前だった。


 その時。


 背後から低い声が聞こえた。


「若いのに尾行は下手だな、お嬢さん」


 綾乃の身体が凍り付いた。


 ゆっくり振り返る。


 そこには白髪交じりの老紳士が立っていた。


 仕立ての良いスーツ。


 どこか飄々とした笑み。


 しかし、その目だけは異様に鋭い。


 綾乃は知らなかった。


 この男――鷹城譲一こそ、


 後にMファイルの運命を大きく左右する人物になることを。

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