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電波 第19話

駅長室の空気はまだ張り詰めたままだった。


発信者不明の着信。蛍光灯の明滅。ノイズ。


拓哉は実夏の手元を注視し、綾乃も息を潜めている。


実夏は震える指で通話ボタンを押した。


「……もしもし」


数秒の沈黙。


そしてスピーカーから聞こえてきたのは、年頃の少女の慌てた声だった。


「もしもし!? 実夏!? 大丈夫!? 駅のニュース見たんだけど!」


実夏の友達の声だった。


拓哉と綾乃は思わず顔を見合わせる。


あまりに普通の通話だった。


実夏は二人の表情を見て、小さく首を振る。


「ごめん、今ちょっと……。後でかけ直すね」


通話を切る。


さらに実夏は慌てるように電源ボタンを長押しした。


画面が暗くなる。


その時、綾乃の視線が実夏の携帯へ吸い寄せられた。


ケースが違う。


色も、機種も違う。


綾乃は眉をひそめた。


「……実夏。その携帯、どうしたの?」


実夏は一瞬だけ固まった。


「え?」


「前に持ってたの、白い機種だったでしょ」


綾乃は実夏の手元を指差す。


「それ、黒い……。別の端末だよね?」


実夏は困ったように視線を泳がせた。


「ホームで落としたと思ったの」


「それで駅員さんに探してもらったんだけど見つからなくて……」


「代わりに、これがベンチの下に落ちてた」


拓哉の目が細くなる。


「代わりに?」


「う、うん……。誰かの忘れ物かと思って」


「でも画面が割れてて、持ち主も分からなくて……」


実夏は黒い端末を見つめる。


背面にはメーカーのロゴも、ケースもない。


不自然なほど素の状態だった。


拓哉は静かに手を差し出した。


「見せて」


実夏はためらったが、端末を渡す。


拓哉は電源ボタンを押した。


反応しない。


もう一度押す。


無反応。


完全に電源が落ちているように見える。


だが次の瞬間――


画面が勝手に点灯した。


真っ黒な背景。


赤い文字。


《CONNECTED》


綾乃の背筋が凍る。


実夏が小さく悲鳴を漏らした。


拓哉は表情を変えない。


画面を凝視したまま、低く呟く。


「……この端末、普通じゃない」


さらに文字が切り替わる。


《SUBJECT : MIKA KANZAKI》


《OBSERVATION ACTIVE》


綾乃が息を呑む。


実夏の名が表示されている。


拓哉は即座に端末を裏返した。


だが、その瞬間。


駅長室の蛍光灯が一斉に明滅した。


ザザッ――


ノイズ。


そして裏返したはずの端末のスピーカーから、かすかな声が漏れる。


『観測継続』


室内が静まり返った。


綾乃は震える声で訊く。


「……何なの、それ」


拓哉は端末から目を離さない。


その目に、初めて明確な警戒が浮かんでいた。


「十年前のMファイルにも、同じ表示が残ってる」


彼は静かに言った。


「“観測端末”だ」


窓の外で、駅ホームの電光掲示板が一瞬だけ文字化けを起こした。


赤いノイズが流れ、すぐに通常表示へ戻る。


だが拓哉だけは、それを見逃さなかった。


「……来る」


その言葉と同時に、黒い端末が再び震え始めた。


ブルルルル……。


今度は着信音が鳴らない。


ただ、振動だけが不気味に続いていた。


画面には新しい文字が浮かび上がる。


《TRANSFER READY》


《WAITING FOR SUBJECT》


実夏の顔から血の気が消えた。


綾乃は妹を庇うように抱き寄せる。


拓哉だけが、端末を見つめたまま静かに呟いた。


「……始まってる」


その瞬間、駅長室の壁時計が止まった。


秒針だけが、カチ……カチ……と同じ位置を空回りしている。


そして、誰も触れていないホームのスピーカーから、低いノイズが流れ始めた。


ザザ……ザザザ……。


その音を聞いた実夏が、怯えきった声で呟く。


「この音……ホームで聞いた音と同じ……」


拓哉は端末をポケットへ押し込み、立ち上がった。


「神崎」


「今から実夏ちゃんをここから出す」


「もうこの駅自体が、安全じゃない」


窓の外では、ホームの照明が一斉に暗転しかけていた。


ノイズは、まだ止まらない。


ザザ……。

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