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電波 第14話

拓哉にかかってきた電話は、新たな事件の発生を告げるものだった。


 


通話を終えた火宮は、無言で携帯電話を上着のポケットへ押し込む。


 


その顔から、いつもの気だるさが消えていた。


 


代わりにあるのは、鋭い緊張感。


 


「事件だ」


 


低く、短い声。


 


「先に現場へ向かうぞ」


 


綾乃は息を呑んだ。


 


頭ではまだ整理できていない。


 


Mファイル。

怪奇事件。

観測者。

そして――妹の実夏。


 


だが迷っている暇はなかった。


 


「は、はい!」


 


綾乃は慌てて頷き、火宮と共にエレベーターへ飛び乗る。


 


扉が閉まる。


 


下降する箱の中。


 


無機質なモーター音だけが響いていた。


 


綾乃は震える手で携帯を握りしめる。


 


さっき表示された《SISTER ACQUIRED》の文字。


 


まるで妹が“何か”に捕らえられたような、不吉な言葉。


 


「火宮さん……実夏は無事なんですよね?」


 


綾乃が震える声で訊く。


 


火宮は前を向いたまま答えた。


 


「わからん」


 


「そんな……」


 


「だが、生きてる可能性は高い」


 


その言葉に、綾乃はわずかに息をつく。


 


火宮は続けた。


 


「“あれ”は獲物をすぐには殺さない」


 


「観測する」


 


「反応を確かめる」


 


その説明が余計に恐ろしかった。


 


チン――


 


一階到着。


 


二人は足早に警視庁を飛び出す。


 


外はすでに夕暮れ。


 


ビル群のガラス窓が赤く染まり、都市全体が不気味な血色を帯びていた。


 


その時だった。


 


道路脇に停まる一台の黒塗りのハイヤー。


 


後部座席のスモークガラス越しに、一人の老人がこちらを見ていた。


 


白髪。


 


端正なスーツ。


 


老紳士然とした風貌。


 


だが、その目は異様だった。


 


まるで標本を観察する研究者のように、冷たく二人を見つめている。


 


綾乃は思わず立ち止まった。


 


「……?」


 


次の瞬間。


 


火宮が綾乃の腕を引く。


 


「見るな」


 


「え?」


 


「目を合わせるな」


 


その声音は、冗談ではなかった。


 


綾乃が振り返った時には、ハイヤーは静かに走り去っていた。


 


ナンバーは見えない。


 


まるで最初から存在しなかったかのように。


 


「今の人……誰ですか?」


 


火宮は答えない。


 


ただ舌打ちした。


 


「面倒な奴まで出てきやがった」


 


 


二十分後。


 


新宿駅南口ホーム。


 


現場は騒然としていた。


 


規制線。


 


警官たちの怒号。


 


泣き叫ぶ女子高生。


 


ざわめく群衆。


 


そしてホーム全体に漂う、異様な静電気のような空気。


 


綾乃の鼓動が跳ねる。


 


「実夏……!」


 


規制線の向こう。


 


ベンチ付近に座り込む少女が見えた。


 


制服姿。


 


肩を震わせ、俯いている。


 


間違いない。


 


神崎実夏だった。


 


「実夏!!」


 


綾乃が駆け出そうとした瞬間。


 


火宮がその肩を掴む。


 


「待て」


 


「でも!」


 


「よく見ろ」


 


綾乃は息を呑んだ。


 


実夏の周囲だけ、空気が歪んでいる。


 


陽炎のように揺らめく黒いノイズ。


 


そして。


 


彼女の耳元へ、誰もいないはずなのに――


 


何かが囁いていた。


 


ザザ……


 


ノイズ混じりの声。


 


ホームのスピーカーが勝手に起動する。


 


 


――観測完了


 


 


駅全体が静まり返る。


 


その直後。


 


ホームの電光掲示板が一斉に文字化けを起こした。


 


赤い文字列が流れる。


 


 


《SUBJECT : AYANO KANZAKI》


 


《TRANSFER BEGIN》


 


 


綾乃の携帯電話が激しく震えた。


 


ブルブルブルブル――


 


画面を見る。


 


そこには。


 


 


《WELCOME TO M-FILE》


 


 


そして実夏が、ゆっくりと顔を上げた。


 


その瞳は。


 


真っ黒だった。

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