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電波 第12話

火宮拓哉は、机の上に置かれた黒い警察手帳を無造作に掴み取った。


 


銀色に刻まれた《S.P.D. TOKYO》の文字が、冷たい光を放つ。


 


糠田総監は二人を見据え、低い声で告げた。


 


「早速、事件の真相を探ってくれ」


 


重い沈黙。


 


だが拓哉は返事をしなかった。


 


ただ一瞬だけ、糠田総監の顔を見つめる。


 


その視線には、どこか探るような鋭さがあった。


 


そして何も言わず、資料ファイルを抱えたまま踵を返す。


 


スタスタと総監室を後にした。


 


「ちょ、ちょっと!」


 


綾乃は慌てて机上の手帳を掴む。


 


まだ状況を整理できていない。


 


Mファイル。

存在しない事件。

不可解な着信。


 


頭の中が混乱していた。


 


それでも、火宮を見失うわけにはいかない。


 


綾乃は総監に一礼し、慌てて部屋を飛び出した。


 


扉を閉める、その瞬間。


 


糠田総監の低い声が背中に届く。


 


「神崎君」


 


綾乃は振り返った。


 


糠田はいつもの厳しい表情のまま、静かに言う。


 


「君には期待しているよ」


 


その声は穏やかだった。


 


だが――


 


どこか、奇妙に耳へ残った。


 


まるで“願望”ではなく、“確信”を口にしているように。


 


綾乃は小さく頷き、総監室を後にした。


 


 


警視庁最上階の長い廊下。


 


夕陽が差し込み、床へ赤い光を落としている。


 


その先を火宮が無言で歩いていた。


 


ポケットに手を突っ込み、いつもの気だるい足取り。


 


まるで今の重大任務など、どうでもいいように。


 


「待ってください!」


 


綾乃は駆け足で追いついた。


 


火宮は立ち止まらない。


 


「何」


 


ぶっきらぼうな声。


 


綾乃は息を整えながら訊ねる。


 


「Mファイルって……何なんですか?」


 


火宮はしばらく無言だった。


 


廊下に二人の足音だけが響く。


 


やがてエレベーター前で立ち止まり、ゆっくり綾乃を見た。


 


その目は眠たげなのに、妙に冷たい。


 


「聞いてどうする」


 


「担当するなら知る権利があります!」


 


火宮は小さく鼻で笑う。


 


「権利、ね」


 


エレベーターの到着音。


 


チン――


 


扉が開く。


 


だが火宮は乗らず、綾乃をじっと見つめた。


 


「神崎」


 


「お前、今朝の着信で何を聞いた?」


 


綾乃の身体が強張る。


 


「え……?」


 


「ごまかすな」


 


火宮の声が低くなる。


 


「“聞こえた”んだろ」


 


綾乃は思わず携帯を握りしめた。


 


脳裏に蘇る、あのノイズ。


 


そして。


 


――聞こえるか。


 


あの不気味な声。


 


「どうして……それを……」


 


火宮は答えない。


 


代わりに静かに言った。


 


「Mファイルってのは」


 


「“観測されたくないもの”を記録するファイルだ」


 


綾乃は眉をひそめる。


 


「観測されたくない……?」


 


「そうだ」


 


火宮は窓の外を見た。


 


遠くに線路が見える。


 


無数の電車が都市を走っている。


 


「この世界には、人間が認識した瞬間に干渉してくる“何か”がある」


 


「そいつらは音や電波を媒体に現れる」


 


「だからMファイルの“M”は――」


 


火宮がそこで言葉を止めた。


 


その時だった。


 


ザザッ――


 


廊下の蛍光灯が一斉に明滅した。


 


綾乃が息を呑む。


 


次の瞬間。


 


窓ガラスに映った。


 


二人の背後。


 


廊下の突き当たりに。


 


黒い人影。


 


異様に細長い。


 


顔がない。


 


ただ、じっとこちらを見ている。


 


綾乃の全身から血の気が引いた。


 


「ひっ……!」


 


振り返る。


 


だが、そこには誰もいない。


 


再び窓を見る。


 


もう影は消えていた。


 


火宮だけが無表情で呟く。


 


「……見えたか」


 


「な、何あれ……?」


 


火宮はようやくエレベーターへ乗り込む。


 


そして閉まりかけた扉の隙間から言った。


 


「観測者だ」


 


「Mファイルの“M”は――」


 


扉が閉まる直前。


 


火宮の声が届く。


 


 


「Monitor(監視者)」


 


 


閉じた扉に、綾乃は立ち尽くした。


 


その瞬間。


 


ポケットの携帯電話が震える。


 


恐る恐る画面を見る。


 


そこには。


 


 


《WE ARE WATCHING》


 


 


と表示されていた。


 

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