電波 第11話
糠田総監は、綾乃の視線を真正面から受け止めた。
だが、その問いには答えなかった。
代わりに窓の外へ目を向け、低い声で話し始める。
「今回の事件は――」
部屋の空気が静かに張り詰める。
「現在、都内各地の踏切、駅ホームで発生している不可解な変死事件の調査だ」
綾乃は思わず身を乗り出した。
「変死……事件?」
糠田は頷く。
「ここ一ヶ月で確認されているだけでも九件」
「被害者に共通点はない」
「年齢、性別、職業、全てバラバラだ」
火宮は無言で煙草の代わりにガムを口へ放り込んだ。
「共通点は?」
「全員、“着信音”を聞いている」
綾乃の背筋が凍る。
実夏。
妹の姿が頭をよぎる。
糠田は続ける。
「被害者周辺では、同時刻に大量の携帯端末異常が発生している」
「通信会社側にも記録は残っていない」
「そして何より――」
糠田は一瞬、言葉を止めた。
その目に、警察官ではなく“怯え”が浮かぶ。
「遺体の状態が異常だ」
ドサッ。
糠田は机の上へ分厚い資料ファイルを投げ置いた。
赤いラベル。
《M FILE》
綾乃は思わず息を呑む。
火宮は慣れた様子でファイルを手に取った。
ペラ……
無造作にページをめくる。
そこには。
踏切事故。
駅ホーム転落。
感電死。
そして。
“首のない遺体”。
綾乃は顔をしかめた。
「これ……本当に全部、同じ事件なんですか?」
火宮は資料を見たまま答える。
「違う」
「え?」
「同じ“音”だ」
綾乃は意味が分からなかった。
だが火宮の表情は真剣だった。
「音が人を呼んでる」
「そして何かを“選別”してる」
部屋の空気が重くなる。
糠田は深いため息を吐いた。
「……火宮」
「お前はどう思う?」
火宮は資料を閉じる。
そして、淡々と答えた。
「ECHO計画の残骸でしょうね」
綾乃が顔を上げる。
「ECHO……?」
糠田の目が鋭くなる。
「余計なことはまだ話すな」
「もう遅いですよ」
火宮は気怠そうにソファへ身体を沈めた。
「向こうは既に接触を始めてる」
その瞬間。
ザ……
部屋のスピーカーへノイズが走った。
綾乃の肩が跳ねる。
火宮だけは冷静だった。
「ほら」
まるで、待っていたかのように。
糠田は苦々しく顔をしかめる。
「……好きにやれ」
「ただし、他部署に迷惑はかけるな」
「はいはい」
「返事は一回でいい!!」
綾乃は思わず吹き出しそうになった。
警視総監相手なのに、この男は本当に遠慮がない。
だが次の瞬間。
糠田は机の引き出しを開けた。
そこから二冊の警察手帳を取り出す。
通常のものとは違う。
黒い。
表紙には銀色の刻印。
《S.P.D. TOKYO》
綾乃は目を見開いた。
糠田は二人の前へ手帳を置く。
「本日付で、お前たちは特殊資料対策室直属となる」
「表向きは未解決特殊事案担当」
「だが実際には――」
糠田は綾乃を見た。
「“存在しない事件”を追う部署だ」
綾乃の喉が鳴る。
火宮は手帳を開きもせずポケットへ突っ込んだ。
「で、現場は?」
「新宿駅」
糠田は静かに答える。
「既に公安が動いている」
「御影も来る」
その名前を聞いた瞬間。
火宮の目が細くなった。
「……面倒なのが出てきたな」
綾乃は二人を見比べる。
御影。
その名前を聞くたび、空気が変わる。
まるで触れてはいけない存在のように。
すると。
コンコン――
総監室の扉がノックされた。
秘書の篠崎美紀が顔を覗かせる。
「総監」
「現場周辺の監視映像、届きました」
「それと――」
美紀の表情が少しだけ曇る。
「また一件、発生しました」
部屋が静まり返る。
火宮は小さく呟いた。
「……始まったな」
その瞬間。
綾乃の携帯電話が震えた。
ブルッ。
画面には再び、あの文字。
《CONNECTED》
そしてスピーカーから、ノイズ混じりの声が流れる。
――次を回収する
綾乃の顔から血の気が消えた。
火宮だけが、静かに立ち上がった。




